夕焼けの姉弟3
それから数日が経ち、公園で遊んでいたロロとトトは、通りかかった博士を見つけた。
「あ、博士!」
走り寄ってくる二人を見ると、博士は目を細めてふんにゃりと笑う。
「元気だね、二人とも」
トトは砂で汚れた手をかざし、博士の制服に触ろうとして彼を追い回した。ぜぇぜぇと必死に逃げ回る博士は、とても体力がない。あるいは、トトがしつこすぎるのか。
「まったく……」
諦めた博士はどすんと地面に座り、息もたえだえにトトへ非難の視線を送った。どうして、という問いは、彼らに対しては無効だと、博士は知っていた。子供にとっては、なによりも自分の興味が優先されるのだ。二人の遊びに付き合わせれてから、それを痛感した博士だが、どうやら言わずにはいられなかったようだ。
「どうしたっていうんだよ、急に……」
そして、やはりと言うべきか、ただ笑い転げるトトを見てしまっては、博士は呆れた笑いを乾かすほかなかった。仰ぎ見た空は夕日に染まり、博士の眼鏡は何色を反射したのだろうか。
「京紫」
ずっと走り回る二人を眺めていたロロが、いつのまにか博士の隣に座っていた。
「きょうむらさき? なにそれ?」
「赤紫の一部を、そうやって呼ぶこともあるんだって」
へぇ、と博士もロロの父親同様、興味深そうに空を見つめた。大人しくなったトトも、やがてロロの隣で空を見上げている。人の気配は公園の外にあるだけ。風は上空に吹いているだけ。ゆっくりと移ろう雲が、山の稜線に隠れようとする太陽に照らされ、波打つ水面のように、見事な色を湛えていた。
「わたしには、やっぱりオレンジ色にみえる。夕焼けはオレンジだよ」
「今日の夕焼けも、ぼくには京紫にみえる」
トトとロロは言い合い、一瞬組み合わせた視線を、二人同時に博士へと転じた。
「そうだなあ、詳しいことはよく分かんないけどさ。二人が見ている夕焼けは、たぶん実際に違うんだよ」
博士は空を見つめたまま、少し泥の付いた眼鏡を押し上げて話し始めた。
「ここから見て、夕日に近い場所とか、雲の日が当たっている所は、オレンジ色とか赤色にみえる。逆に、夕日から遠い場所とか、雲の陰の部分なんかは、紫色に見える」
たしかにそうね、とか。やっぱり博士だ、とか。小さな二人は感心している。
「見たままを言っているだけなんだけどね……」
少し照れくさそうにしてから、博士は続けた。
「この景色をオレンジ色だと思うトト、赤紫色だと思うロロ、それは二人の感性の違いなんじゃないかな」
言い終え、博士は制服の汚れを払って立ち上がった。そろそろ帰るよ、と、ふんにゃり笑う。
「かんせーってなに?」
ロロは長いまつ毛を瞬かせ、大きな瞳を博士へと向けた。つられるようにして、トトも博士を見つめている。吸い込まれそうな目が、とてもよく似た姉弟である。
「そうだなあ、調べてみるといいよ」
「あー! メンドくさがった!」
トトの糾弾が始まり、博士はカバンを引っ掴むと、脱兎の如く逃げ出した。
「博士、速く走れるんだね……」
ロロは感心したように呟き、ポケットから取り出したメモ帳に、“かんせー”と書いた。遠くの方で、トトが大きく手を振っている。早く来いと言っているのだ。
「もう帰ろうよ、トト」
小さな足が届く範囲は限られる。反して、興味はどこまでも飛んでいく。世界はまだまだ不思議でいっぱいだ。ロロとトトの未知への冒険は、たぶん、まだ少しだけ続く。
2017/10/06 段組を修正。誤字脱字の修正。