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ロロとトト  作者: 麻婆
10/10

ロロと博士と雪のバリエーション



 博士は、今日も下校時に捕まった。

 マフラーに顔を突っ込んで、眼鏡を曇らせながら歩いていた彼を、顔のない弾丸が襲ったのだ。はじけた白い弾丸が、まだ彼のお尻にその痕跡を貼り付けていた。


「いたたた……」


 お尻を払いながら博士が振り返ると、ぱあーんと気持ちのいい音が彼のすぐ横で弾ける。水位観測所に続く小ぶりの橋。その欄干で、顔のない白い弾丸は粉々に砕け、博士に降り注いだ。


「まったく……。トトだろ。もしくは血迷ったロロ。大穴で越後屋」


 博士は犯人に目星をつけた。隠れているつもりが、先端だけ見えているニット帽。

 天気の良い河川敷。捨てられた大量の雪。土嚢のように積み上げられた雪の壁から、またも顔のない弾丸が放たれた。


「あぶねっ!」


 敵は河川を背にした河表。堤防の上から落とされた雪。こんもりと積もったその壁に隠れている。一方、博士は神社を背にした川裏へ走る。雪を捨てるためのルートは車道沿いのため、足元は除雪もなにもないズブズブの雪藪だ。気を付けていないと、堤防から後ろ向きに転げ落ちそうである。しかし、雪藪と斜面は敵も同じ。違うのは壁の有無であった。

 容赦のない弾丸は、博士の逡巡をあざ笑うように飛んでくる。雪まみれになることを厭うてはいられないと、博士は斜面に伏せる。徹底抗戦の構えであった。


 そして、戦いは泥沼化した。



 ◇



「ぼくはなにをしているんだ……」


 博士が雪にまみれた眼鏡を曇らせ、戦いの無情を嘆いたとき、運の悪い通行人が巻き込まれようとしていた。

 少し不機嫌そうにも見える真顔を貼り付けた女生徒。彼女に手を引かれ、とことこと歩いている小さな少年。越後屋とロロである。これまで戦ってきた相手の正体が、確信から正解に変わった。

 彼女らが巻き込まれてしまうのは必至。ならばせめて、仲間にしなければならない。博士はそう判断し、小さく手を振り、支援の要請を出す。


「越後屋、ロロ。助けて!」

「なにしてんの……」

「またトトか……」


 越後屋とロロ、どちらも呆れ顔であった。


「ベニー、こっちよ!」


 ついに顔を出した死神は、上気した顔をにこにこと綻ばせ、越後屋を迎えようとしている。牽制のための投擲も忘れない。恐るべき子供である。

 頭上をかすめた弾丸に、博士は思わず斜面に突っ伏した。なおも連続して投擲される雪の弾丸。博士を劣勢とみなしたのか、他に理由があるのか、越後屋は少し笑いながらトトの陣営に加わった。


「なんでだよ! ねえ……、ロロ。君は助けてくれる?」

「戦争は悲しい」


 ロロはひとつ呟いて、水位観測所への橋の影に隠れた。非武装地帯(DMZ)で静観という構えらしい。手袋を外した手のひらに雪をのせ、融けていく様子を眺めている。我関せず。ひとり遊びを始めてしまった。



 ◇



 現在の戦局において、人数の増減は致命的であった。

 みるまに、川裏の博士軍は押されていく。腕を出せば当てられ、様子を伺えば当てられ、隙を衝こうとするも三段撃ちならぬ二段撃ちで迎え撃たれ、孤軍である博士は息も絶え絶えだ。


「博士」

「ロロ!? ありがとう!」

「いや、混ざらないよ。ぼくが入ったって、ナツノムシだよ。トトがすごい目でこっち見てるし」


 姉よりも強い弟はいないのか、ロロは勝てない戦いに参加するつもりはないらしかった。


「これが本物の弾だったら、博士はもう死んでるよね?」

「ま、まあ、そうだね。いまだってわりと死にそうだけどね」


 ぜえぜえと息を切らせて、ロロの問いに答える博士。すでに、彼はどうしてこの戦いを続けているのか分からなくなっていた。そもそもの始まりさえ、とっくに忘れてしまっている。


「人が死んじゃったら、その人と同じ人は二度と生まれないよね?」

「だね」


 ぱーん、と博士の肩に雪玉が命中する。


「人は、ずっとずっと昔らからそうだよね?」


 ロロの問いは止まらない。雪玉の往来も止まらない。


「うん。どうしたの、ロロ」

「二度と同じ人は生まれないのに、よく無くならないよね、ばりえーしょん」

「なんの?」

「新しい人の」

「た、たしかに……」


 呆けてしまった博士の頭で、カーブを描いた緩めの雪玉が砕けた。


「あー、また博士が死んだ」

「いるのかもよ、同じ人」

「どういうこと!?」


 ロロは目を輝かせて、橋の欄干から顔を出した。


「時代とか育つ環境が違うから――」


 ぽいっと、博士は雪玉を相手陣地へ投げ入れ、ロロとの会話を続ける。


「振る舞いが違ってくるだけで、元の中身がまったく同じ人、いたりするのかも知れないね」

「ふるまい……、かんきょう……」


 ロロはメモ帳を出して、ごそごそとメモを取った。あとで辞書を引くのだろう。


「なんでそんなこと考えたの?」


 博士の戦闘意欲はすでに無いも同然で、ロロとの会話に意識が移っている。


「雪が融けると、水になるでしょ? 水は蒸発して雲になって、また雪になるでしょ?」

「うん」

「雪の結晶って、よく見ると少しずつ違うんだ」


 そう言って、ロロは堤防を挟んで行われている雪合戦を見やり、「戦争は悲しい」とまた呟いた。


「時代が違って、ふるまいも違うなら、やっぱり雪も人も違う人だよ。同じ雪は二度と降らない」

「そうかもね」


 自らが掴んだ雪を見て、博士が少し物悲しい気持ちに襲われたとき、彼の携帯電話が着信した。電話はロロとトトの母親からで、見つけたら風邪を引く前に帰りなさいと伝えて欲しい、という連絡だった。


「あっとうてき武力をほこる第三せいりょくのかいにゅうだ!」


 母親からの連絡を知り、ロロが慌てると、トトもまた慌て始める。戦争は一気に終結へと動いた。


「ロロ、いまはいったいどんな本を読んでるの……」


 ロロの物言いに、彼がいま読んでいるであろう本の影響を見た博士は、苦笑いをこぼした。


「帰ったら見せるよ」

「わかった。さあ、みんな、風邪引く前に帰るよー」

「はーい」


 博士の戦争終結宣言に、全員が声を揃えて応答する。かくして、泥沼化した戦争は終わりを告げた。



 ◇



 後日、博士とロロが風邪を引き、越後屋とトトに馬鹿呼ばわりされたのだった。


2017/10/06 段組を修正。

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