夕焼けの姉弟1
遠く映える夕日が、春めく山の稜線に接触した。
「すごい。青っぽい」
ロロはグローブジャングルの頂上で、色を変えた空と、ハイライトを帯びた雲の腹を見つめていた。
「青っぽい……? 今日は晴れてるし、ずっと青かったよ」
トトはグローブジャングルをゆっくりと回す。ロロの瞳を通過した夕焼けの光彩は、その輝きを増して、見上げるトトの顔を染める。
公園には二人しかいない。人の気配は、すべて公園より外にあった。
ゆっくりと回転するロロの視界は、見れば見るほど青っぽかった。雲も、木々も、電柱も、ビルも、飛ぶ鳥さえ、みんな遠く青っぽかった。
「違うよ、トト。そうじゃなくて、夕日のせいだよ。青っぽい夕日なんて、僕は知らなかった」
「夕日ならオレンジ色だよ。ロロの顔もオレンジ色」
興奮した面持ちで空と町を眺めていたロロ。トトに言われて、はたと自分の顔を撫でてみるが、そんなことで、自分の顔が見えるはずもなく、ロロは残念そうにうな垂れたてしまった。砂場に作った拙いお城も、同調するように風で少し崩れた。
「そろそろ帰ろう。お腹空いてきたし!」
トトは足にますます力をこめる。グローブジャングルは、ますますロロの視界を引き伸ばした。新鮮な色で飾られた世界は、ぜんぶ、ぜんぶ、素麺みたいに細くて長い、なんだかわからないものに変わる。
「あぶない、あぶないよ。降りるから止めて」
ようやく回転がゆるくなり、ロロは軽いめまいの中、グローブジャングルからおりた。もうトトは公園の出口へ向かっている。はやくはやく、と手を振っている彼女の腕にある飾りも、彼女の満面の笑顔も、やはりロロには青っぽく見えた。
「あ、博士だ! ばいばーい!」
ロロが出口に向かっていると、公園の横を通学路としている高校生が、二人へ小さく手を振ってくれた。
その高校生は博士と呼ばれている。とくべつ物知りという訳ではないのだが、冴えない寝癖頭と黒縁眼鏡、色白というよりは青白い肌、全体的に線が細く、“なんだか博士っぽい”という理由で、ロロがそう呼び始めたのだ。
「博士! 空、青っぽいよね?」
ロロは空を指差し、家路を辿る博士に向かって、珍しく大きな声を出した。
立ち止まり、ぼんやりと辺りを見回した博士は、ふんにゃりとした笑顔を浮かべ、そうだね、と頷く。
「たしかに青っぽい。でも、青っぽい以外の名前もあるよ。調べてみなよ、ロロ」
そう言い残して、博士は猫背を携えて歩き去った。
「ね?」
博士に同意を貰い、嬉しさのあまりこぼれたロロの笑顔は、やはりトトにはオレンジ色に染まって見えた。
「なによ、すごい得意げな顔して……」
「だって、博士も青っぽいって言った」
トトは小さく溜息を吐き、
「ロロと博士は変なのよ」
と、可笑しそうだった。
「ロロは、たぶん紫色って言いたいんでしょ? それなら、なんとなく分かる」
トトの言う紫を、ロロは頭の中で咀嚼した。そして、首をふる。
もちろんロロも紫色くらい知っている。でも、今日の夕日は、そんな単純なものじゃない。もっと新しい、今まで知らなかった色なんだと、ロロは確信していた。だから、紫とは言わずに、青っぽいと言ったのだった。
「きっと新しい紫があるんだよ、帰ったら父さんに聞いてみよう」
「それ、お父さんに答えられるかな」
ロロは可笑しくなった。彼らの父親はもちろん大人だ。大人は子供よりも知識を持っている。それがロロの認識だ。それなのに、まだ小学生のトトが、大人である父親の知識に不安を覚えている。それが、なんだか彼にはとても面白いものに感じたのだ。
「ひどいよ、トト。父さんがかわいそうだ」
「だって、いつもテレビのクイズで間違うじゃない?」
「うん、間違うね」
二人の笑い声が、家路に長い影をおとす。その笑顔は、二人それぞれの夕日で染まっていた。
2017/10/06 段組を修正。