プロローグ
あの日、私は異世界トリップというものを体験した。
八月九日、大学生になって初めての夏休みも十日近く過ぎた時のことだった。
私は大型トラックと奇跡の出会いを遂げた。
朝、休みということで気を抜いていたのが原因かバイトの時間を勘違い、寝起きのまま(私は私服でねるためパジャマなどという洒落たものはない)台所にあった食パンを咥えて家を飛び出した。
その時私は食パンを咥えたまま荷物のチェックをしていたため前を見ていなかった。
それがいけなかったらしい、見通しの悪い……それでいて不自然に広い事故多発地帯と言われる場所で、私は十八年間培ってきた感覚から慢心したのかろくにかくにんもせず飛び出した。
あとは先の通り、大型トラックとごっつんこ、補助道具はトラックのみという世にも珍しい飛行術を使う羽目になった。
最悪だった。事故にあったことではなくこんな古典的な男女の出会いをトラックの、それも50代くらいであろうおじさんに、生身対金属の塊という勝ち目のない状態で出会うというのもまた最悪だがそれ以上の最悪があった。
私は空中にいながら周囲が異様にゆっくりと見えていた。
いつにもまして人通りが少なく、というか私とトラックしかいない状況で、トラックの運転手の顔が真っ青になりながらも周囲の状況を確認し何かを覚悟したようにハンドルをしっかり握りしめたのを、私は地面に叩きつけられながら確認した。
その後はピクリとも動かない体とそのシルエットを肥大化させていく……つまり近づいてくるトラックのタイヤがあった。
そして、あとはご想像の通りだろう。もと女子大生のひき肉が出来上がった。
私はその光景を何もない真っ白な空間で見ていた。
真っ白な空間、ここは異世界トリップでお約束の神様の空間とやららしい。
そこにいる理由がわからなかった私は神様とやらになぜここにいるかなどを追及、すぷらったな映像を見せられたというわけだ。
だが、私が聞きたいのはもっと別にある。
言い方は悪いが私以外にも地球では何百という人が命を落としている。
なぜその中で私なのかということだ。
聞いてみた。
「君とは契約があってね」
これが神様の答えだった。
「契約とは?」
「天界の規則で記憶やらをロンダリングしなきゃいけないから覚えていないと思うけど君は私とある契約を結んだんだよ。
前世のことかな、君は我々のミスで命を落としてしまったんだ。そこで謝罪をしたら君は『謝罪はいらんから俺にチート能力よこしてあんたのもとで働かせろ』との賜ったんだ。」
「なぜ?」
「うん、不思議に思って聞いてみた『俺の仕事は異常がある世界に派遣されて観測と以上の排除を行うこと、これならたった一回の異世界トリップだけで終わることはない!ハーレム作ったりとか最強の冒険者になったりとかいっぱいできる!』と言ってたよ。
こちらとしてもそう言う人間がいると仕事が楽になるかなって契約しちゃった。」
「つまりそのために私はひき肉にクラスチェンジしたと」
今私はこの世の理不尽に激しい憤りを感じている。
「それに私の前世は男でしたか、ずいぶん下劣な男だったんですね」
前世の自分の行いは絶対に聞きたくないと思う今日この頃。
「まぁそんなわけでお願いね、自分で言い出したことだしやってくれるよね」
実質行ったのは私であって私ではないのだが仕方ない。
今更あのひき肉の体に戻ってもどうにもならないわけだし過ぎたことだ……そう思って違和感を覚えた。
いくらなんでもプラス思考すぎる、私はさっき理不尽に殺されミンチにされた。
恋愛らしい恋愛もしておらず未だに未通女、処女、初物、責められたことのない城と言われるっ存在だった。
なのに、破瓜より先に墓となってしまった。
私とて多少腐っているとは言え婦女子だ、恋愛くらいしたかった。
なのに何故……あぁそうか、目の前にいるのは神様だ、そして前世の私は無駄なこと、特に自分が楽しむために頭を働かせるのが得意だったらしい、つまりこいつらのせいだ。
一発と言わず何発も殴りたい。
そんな衝動を抑えて改めて質問をぶつける。
「それで私のお仕事はなんですか?」
「うん、魔王のお嫁さん」
えぇ殴りました、荒事が大嫌いでトラブルは常に避けていたのですがつい咄嗟に手が出てしまいました。
私のボディブローから始まりサマーソルトで終わるコンボが見事に炸裂して神様をノックアウトしました。
たぶん人間としては前代未聞の偉業だと思います。誰がなんと言おうとこれは偉業。
そしてまた気づいた、サマーソルトができた、身体能力が上がっているようだ。
ほかにもいろいろ力を感じる……ひとまず神様が起きるまで待機するとしますか。