08 病院夜勤見回り――地下にて
これは母の体験談である。
母はある病院で仕事していた事があった。
夜勤で、夜の見回りをする時間が迫っていた。
母の担当であった。
地下には…霊安室がある。
その日の昼間、急患があった。
青森の方から長距離トラックを運転してきた男性が事故にあい、
ほぼ、即死の状態で病院に運ばれてきたのだそうだ。
23歳くらいの男性だった。
男性の家族には連絡がとれて、今、急ぎ、夜行列車でこちらに向かっている。
男性は、地下の霊安室で、静かに家族をまっているはずだった。
霊安室では、お線香とロウソクに火をつけている。
火気の確認も必用だし、また、お線香とロウソクに火が消えていたら、再び、
火を灯さねばならない。
正直、地下の見回りはすごく怖いそうだ。
ましてや、一人での見回りなのだ。
とりあえず、地下は後回しにして、懐中電灯を手に、病室を見回り始めた。
まだ寝ていない患者さんには、
「早く寝なきゃだめですよ~」
と声をかけつつ、消灯した暗い廊下を歩く。
しかし、いつかは地下に行かねばならない。
地下の廊下は人気が無かった。
緑の非常灯だけが光る暗い廊下は上の階の病室とは異世界だった。
物音は自分のサンダルの音だけ。
それも妙に反響して、心細さに拍車をかける。
頼りは手にする懐中電灯のみ...。
しかし、逃げるわけにはいかなかった。
霊安室の前にたどりつき、扉を開けた。
昔の扉につきいものの、ギイイイイイイイイイイイイ~と錆びた鉄の軋む音がした。
霊安室には木造の棺が横わっていた。
頭側のところにお線香とロウソクがあった。
この棺の中に、あの青森から運転してきた男性が眠っている...。
ん?
今、なにか音がした。
とんとん
音がする。
とんとんとんとん
木を叩くような音が、連続で。
まるで、木造の棺の中から、足で蹴っているような音だったそうだ。
足で蹴る!?
とんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとん
音がする! 木造の棺の中から、何かを叩くような音が!
そして、
「んんんんんんんんんんんんんんんん~~~~~~~~~~~っ!」
うめき声がしたそうだ。
母は腰を抜かしたとのこと。
そう、男性は--生き返ったのだ!
即死とされ、体中の穴に消毒されたガーゼをつめこまれ、白装束に、
両手を胸前で縛られていた男性が、自由になっていた足で棺を蹴り、
ガーゼで声が出せない状態でうめき声を上げたのだった。
翌朝、喪服で駆けつけた男性の家族は、予期せぬ事態に、幸せの笑顔だった。
母いわく、ものすごく怖かったが、男性が生き返った事に気がつけてよかった、とのこと。
今、その男性は運転手をやめ、農家を継ぎ、お孫さんと幸せにくらしているそうです。