07 ビルの谷間の暗闇に――気づかれぬ死
昔、JR神田駅の近くで働いていた事がある。
山の手線神田駅の回りはビルが乱雑しており、
場所によっては、ビルとビルの間が30cm強くらいしか無い
密集状態になっている所もあった。
そんな場所で、ある事件が起きたのだ。
そして、僕はその事件の間近にいたのだった。
お昼ご飯は会社の食堂か、神田駅周辺に出かけていって食べる。
JR神田駅のガードの下には安い定食屋がたくさんあるのだ。
イカ天定食、550円、鳥天定食、550円、とんかつ定食 550円。
味噌汁と一品ついて、ご飯は大盛りだ。
下手な社員食堂で食べるよりも安いし、たらふく食べられる。
そんな神田駅に向かうには、大通り沿いに向かうルートと、
昭和通り方面に抜ける小道のルートの、おおよそ2通りの方法があった。
大通りルートは、脅威の、3車線一歩通行という恐ろしい大通りであり、
車の通行が激しいため、空気はよくないわ、信号待ちは長いわ、で、
僕は昭和通りに抜ける小道ルートを愛用していた。
大通りとはちがって、それほど人の通りも無く、車もたまにしか通らない。
しかし、道の脇にはしっかり大小ビルが立ち並び、ビルの隙間は猫一匹
くらいしか通れないような密集状態だった。
いつのころからか、ふと、あるビルの前を通る時、違和感がしたのだ。
よくは解からなかったが、そう、誰かに呼ばれ、いや、見られているような
感覚だったように思える。
僕はボーっとして妄想しながら歩いている事が多いのだが、なぜか、そ
ビルの周辺で違和感を感じる事が多かったように思えた。
ある日。
ニュース速報サービスに、ひとつの事件が掲載された。
「千代田区神田**町**丁目~のビルとビルの間に死体が発見されました。
ビルとビルの間に挟まって、身動きが取れなくなっていたようです~」
僕はゾオッとした。
その住所が指し示す場所は、例の違和感を感じた場所近辺だったのだ。
そして、同時に思った。
東京のど真ん中、それも神田駅周辺で、ビルとビルの間にはさまって身動きが
取れなくなり、日毎に衰弱し、ついには亡くなったその方は、どんな思いだった
のだろうか、助けは呼ばなかったのだろうか、誰か気がつかなかったのだろうか…
いや、もしかしたら。
みんな気がついていたのではないか?
僕も、違和感などと言っておいて、実は聞こえていたのではないか?
「助けて…」
という言葉が。
もう、すべて遅い。
今はただ、亡くなった方のご冥福をお祈りするだけである。
同時に、気がつけなくてごめんなさい、と心の中で謝ります…