表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

02 駅のとなりで――生と死の狭間

昔、東京に住んでいた時の事。

当時の住処は駅の近くだった。

近くどころか--駅のホームと壁ひとつ。

ホームから見れば、線路の向こうの広告などがある壁の向こう。


だから震えるのだ。

特急や準急がその駅を通過すれば、大きな音と共に家が

地震のごとく震えるのだった。体感的には震度2程度か。


さらには聞こえるのだ。

「特急が通過します。白線の後ろまでお下がりください~」

駅員さんの声が。

「なんだコノヤロー!」

乗客が争う声が。

「ピカピカ~あきれ~ほど~うっ」

酔って上機嫌の鼻歌が。


その夜。

マンガを寝転がりながら読んでいた僕は、平和で和やかな雰囲気の

中にいた。

今は覚えていないが、きっと、少しはいいことがあったのだと思う。

「お~お~お~お~お~お~お~スナ!」

鼻歌まで歌っていた。


しかし、一瞬だった。

「あーーーーーーーーっ」

男か女かわからない、一瞬の叫び声。

そして。

「キキキキーーーーーーーーーーーッ」

悲鳴だ。それは特急電車の悲鳴だった。

普段は轟音と振動ともに走り抜ける特急電車が、カナキリ声を発しながら、

急停車している音だ。

僕は音の方向に--窓の方に顔を向けたまま、身動き一つできなくなった。

いつのまにか、平和で和やかな雰囲気だった部屋の空気が、

冷たい氷のような海の底に変わっていたのだ。

圧倒的な水圧に押しつぶされそうな空気。


僕の部屋からは駅のホームは見えない。

音が聞こえるだけだ。


「…ただいま当駅において事故が発生いたしました。現在、状況を確認しております。


 しばらくおまちください…」

駅員さんの声が震えていた。

事故だ。

そして、おそらくは、人が電車にひかれたのだ。

電車にぶつかったのか、ホームに落ちたのか、それとも--飛び込みなのか。


人が--人の一生が壁の向こうで終わったのかもしれないのだ。

身動きできない僕の脳裏をある思いがはしる。


「ここで、マンガなんか読んで、鼻歌をうたっていた僕が、今の状況を聞いていて

 いいのか。ゆるされることなのか。誰かが死んだかもしれないのに--」


それは罪悪感によるものだったのか、それとも突然の事にショックを受けていたため

なのか--僕の体は冷や汗まみれで、身動きひとつできない状態だった。


ざわめく人の声、駅員さんの放送、やがて聞こえてきた救急車のサイレンと

パトカーのサイレン。


どのくらいの時間がたったのか--いつのまにか寝ていた僕は、壁越しの

駅で発生した事故が、どのような結末を迎えたのかわからない。


だが、わかる。

今は特急の電車が駅を通過する轟音と振動が蘇っているという事。

駅のホームから聞こえる音は、日常の音だった。


非日常なんて、いつだって、どこだって、そこのちょっと影にひそんでいて、

いつでも、どこでも、簡単に、日常とひっくり返るのだ。


あの日、それを実感したのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ