紅の涙
マッキーくんTシャツの袖を無理矢理破ってタンクトップにし、その上に網目のカーディガンを羽織って、下はあちこち裂いたジーパン。ファッションについてはよく知らないが、少なくともユウコには気転の良さと思い切りが同居している。
将来有望だな、と思いつつ、はてなにに有望なのか? と自問したりしながら、テイシンに電話を借りた。
この調子では、俺の携帯電話も腐れ師匠に盗聴されかねない。
コール二回で相手が出た。
『もしもし、ナガレちゃん? おヒサー』
いつもなら耳に心地よいであろう美声が、今は俺の体からただ無駄に力を吸い取っていくようだ。
全身脱力して、俺はソファに沈み込んだ。
「あー、エド・・・・・・二つ、質問がある。なんで俺からの電話だと知っていた? それと、俺のコードネームは・・・・・・いや、後の方はいい」
『コードネームはネットにばら巻かれてるじゃない。今さら秘密なんて』
だからいいと言ったんだ。
『池袋駅前でバイクの謎の爆発、目撃情報からナガレちゃんとテイシンちゃんを確認。おまけにセンセイの事務所の番号からの電話、となれば、答えは一つよ』
さすがはエド、五本の指に入る情報屋を自称するだけはある。日本国内での五本ではない。世界で、だ。
小さな疑念が頭をよぎった。
「・・・・・・もう一つ質問だ。もしかして、あのいやがらせはお前か?」
『紅の涙逃亡日記? よして、あたしならもっと確信的な情報をもっと確実に流すわ。あんな、ありえないニセ予想まで交えたあやふやな書き方しないわよ。麗しい師弟愛ね?』
うるさい。この仕打ちが愛であってたまるか。
「そこまで知ってるなら、訊きたいこともわかるだろ。あの人非人の居場所を探してくれ」
『無理』
五本の指に入る情報屋は即座にケツまくった。
『あなたの師匠の居場所なんて、ペンタゴンだって把握できないのよ。知ってる? 最新のあの人のあだ名』
「・・・・・・スモーカーってやつか?」
『肝臓男』
「なんだ、そりゃ」
『肝臓って無口な内臓でね、取り返しつかなくなるまで痛みもなんにもないの。あの人とそっくりでしょ? にっちもさっちも行かなくなるまで、姿をあらわさない。さあ大変、どうしましょ』
「・・・・・・お前、もしかして楽しんでるのか?」
『ええ、もちろん! ブログにもコメント投降しちゃった。続きが楽しみです、って』
なんだろう。これが普通の対人関係なのか? それとも、俺の周囲だけがおかしいのか? しょせん情報屋と殺し屋、お互いがどうなろうと知ったこっちゃないと割り切っているのか?
『そんな無駄話より、本題に入ったらどうなの?』
「とっくに本題だ」
『馬鹿ね。高見清介のことよ』
おお、そうだった。すっかり忘れていた、今回のターゲット。
『逃げ回るより、さっさと仕事を終わらせることね』
それはそうなんだが・・・・・・
俺は、テイシンと楽しそうにお喋りに興じるユウコを振り返った。
「・・・・・・高見清介の今後の予定を知りたい。それと、なぜ高見がユウコさんを狙うのか、その真意を」
『了解。お金はいつも通りに、お願いね』
「・・・それともう一つ」
脳裏に、非常識な強さの女の子と、その相棒の男の姿があった。
「二人組みの、おそらく個人営業か少数組織の殺し屋だ。ちょっと調べてみてくれ」
『特徴は?』
「面差しが似ていたから、たぶん兄と妹だろう。二十歳前後と十歳頃、妹の方は本格的に体術を学んでる。指一本で人が殺せるというたぐいのやつだ。兄は、あれは・・・・・・」
呪術的とさえ思えるあの男のつぶやきが耳に甦る。
「おそらく呪術師。言霊関係の」
『言霊使い? また珍しいわね。でも、若い兄妹なんて、あたしのデータベースにも心当たりがないわ』
「俺も聞いたことがない。呪術というやつも、見たのは初めてだ」
『いい経験ができてよかったわね』
炎上するバイクと正面衝突しかけるのが、いい経験なのか?
『調べておきましょ。それだけ?』
「今のところは。すまんが、頼む」
受話器を置くと、ニヤニヤ笑っているユウコと目が合った。
「なんだ?」
訊ねると、ユウコがプッと吹き出して向こうを向いてしまった。
・・・・・・なんなんだ、いったい。
「おじさん、紅の涙、って呼ばれてるの?」
テイシンを見やると、彼女はそっぽを向いていた。
「そういう通り名だ。誰も俺の本名は知らないからな。それがなんだ?」
師匠が面白半分で広めた通り名。
「似合わなすぎー!」
げらげら笑う。苦しそうに腹をよじる。
「くく、くれ、くれ、くれないの、なみ、なみだ、ぶっふふふふ、あ、あんた何様よー! レディコミにだってないわよー! アッハッハハハー!」
あー、笑えばいいさ。似合わないのは自分でも知っている。だが、一度広まると、自分ではどうすることもできないのだ。殺しの現場に別の名前を残して行ったこともあるが、誰も見向きもしてくれなかった。
テイシンまでが笑っていた。
「あたしは、凄く似合うと思うんですけどねー」
いいんだよ、知らない誰かが俺のことなど知りもせずに使うあだ名だ、相応しくなくたって、別にいいのさ。
知ったこっちゃない。
「でもねー、ユウコちゃん。通り名で呼ばれるっていうのは、殺し屋さんにしても、情報屋さんにしても、板前さんにしても、凄腕って認められているってことで、凄いことなんですよ」
フォローになっていないから、テイシン。