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お買い物に関する相違

勘違いにより、新宿と原宿の表記に間違いがあり、それにともなう誤謬もありました。

謝罪いたします。

訂正は八月三日でしたが、それ以前に読まれた方へ。

読み返すほどの訂正ではありませんので、このままお付き合いいただければ幸いです。

 池袋駅東口を出て、宝くじ売り場の怪しげな呼び込みをかわし、閑散とした道路を横切り、右へ折れた。

 かつては昼も夜もなく人と車でひしめきあっていた副都心は姿を変え、まるで捨てられた排街のように静かだ。ろくに店舗の入っていない雑居ビルがドミノ倒しでも企てるかのように並び、その間にある小道に、汚れた格好をした老若男女がところどころ群れている。

 渋谷区や新宿区はまだ活気がある。ジャパニーズ・ヤクザを背景に持つストリート・ギャングが占拠し、あるいは都政にさえ食い込む中国系マフィアの勢力が絶大であるからだ。だが、池袋の周辺区域は、悪辣な組織の手が伸びておらず、それがかえって活気を逃す結果になっていた。

「おじさん、道が違うわ。パルコも三越もアルタもあっち」

 今回の目的はショッピングだ。身の回りのものを原宿の隠れ家に置いてきたというユウコのために、服と雑貨を買いにきたのだ。

「そっち行ったって、飲み屋とパチンコ屋しかないわ」

 そんなことはないと思うぞ?

「殺し屋がサンシャインの地下で呑気に買い物できると思うか?」

 と、むくれる彼女に、苦笑で答えた。

 去年のクリスマス、六本木ヒルズの上層階が爆破され、展望台でいちゃついていたカップルたちが全員死んだ。ヒルズとは、普段は建物一つを差して表す言葉ではない。いくつもの周辺施設や広大な公園にも客は多く、雨と降る瓦礫によって膨大な犠牲者と、美術品などの重大な損失があった。いまだに修築もされず封鎖されているのは、ビル崩壊の可能性を専門家が調べているからだ。

 戦後の五大テロ事件の一つに数えられるこの爆破事件のおかげで、超高層ビルは警察による厳重な警戒対象となった。当然、池袋にある有名な超高層ビルの存在のため、多少なりと人の集まる大通り辺りから向こうは警戒厳重だ。

 と、つれづれ話して聞かせると、ユウコは妙な表情で駅ビルの百貨店を指差した。

「じゃあ、ここで買い物しようよ」

「駄目だ」

「なんで?」

「西武ライオンズが嫌いだから」

 ユウコが目をしばたたく。

 ふむ、たまにはわがままを言うのも気分がいい。

「じゃ、駅の反対側にある百貨店は?」

「昔、東武東上線で痴漢に合ったからイヤ」

「合った? おじさんが痴漢したんじゃなくて?」

「俺より一回り年上のおっさんに、ケツ撫でられた。東武と名のつくシロモノに触ると、あのおぞましい感触が甦る」

 ユウコの顔を見て、思わず笑った。

 おお、これがいわゆる、「目が点になる」 という表情か。俺は師匠の前でいつもこんな顔をしていたのだな。

「じゃ、どこ行くの? こっちにブティックとかあるの?」

「ええっと、あった、ここだ」

 彼女の問いに答えず、小さな雑居ビルの入り口へ入る。各階に一店舗が間借りする、エレベーターで直通というタイプのビルだ。

 この規模のビルでエレベーターが動くことは、繁華街周辺では奇跡的だ。大抵電力カットか故障かいずれかの理由で止まっている。

 目的の居酒屋に入り、昼間だというのに薄暗い店で「友人」 と落ち合う。彼の話す言葉は中国語と日本語のチャンポンで、隣のユウコはちんぷんかんぷんという顔だ。

 おお、俺もこんな顔で師匠の横に座っていたことがあったぞ。

 俺はビールを飲み干し、メニューをしかめつらしく睨むユウコを無理矢理引っ張って、店を出た。



「なんだったの、今の! きちんと説明してよ、あたしは依頼人なんだから」

「はい、これ」

 男から受け取ったボストンバッグを、俺はユウコへ手渡した。

「中、見てみ。服から靴、歯ブラシにコップ、かみそりまで用意してやったぞ」

「はい!?」

 しばらく呆然としていたユウコは、くんくんと鼻を鳴らすと、顔色を変えて、抱いていたバッグを地面に叩きつけ、仇のような荒々しさでチャックを開いた。

「やっぱり! なにこれぇ! ダサッ、キタナッ、クサッ、どこで拾ってきたのよ、こんなボロ服!」

「失礼だな。きちんとした商品だぞ。あー、あれだ、リサイクルだ、古着だな。古着って高いんだぞ」

「これは古着じゃなくてお古! っていうか廃棄処分確定品!」

 苦笑しか出なかった。

 たしかに、染み一つないワンピースを着ていた彼女なら、色あせてピンクがスモークピンクになったキャミソールなど、まるで魅力を感じないだろう。ところどころ色そのものがはがれているし、汚れてもいる。

 だが、これらの古着、ユウコの言う廃棄処分確定品が、この街では最も目立たない服装だった。大多数の人間が身にまとうものなのだから、と丁寧にユウコへ説明する。

「この街には二種類の人間がいる。貧者と、富者だ」

「別にブランドとかで贅沢は言わないけどさぁ、デザイン最悪なんだけど」

「中間はない。彼らはテロに怯えて逃げ出したからな。それはわかるだろう?」

「このパンツなに? ジャージ? これジャージ?」

「だから、小奇麗な格好は部外者か金持ちかっていうのを宣伝しているようなもので」

「ちょっと見てよ、このシャツ、『僕マッキー、よろしくね』 ってパクリの上にダサすぎ。なにがマッキーくんよ、すでに末期ーだわ」

 俺の説明は聞いてくれているのだろうか?

「つまり、少々くたびれていても、こういった服の方が一番安全だ。狙われているならなおさら、裏道に入ればたいていたむろしている不法滞在者たちに紛れ込むためにも」

 一通り真意を伝えたが、ユウコのじと目は俺の顔を向いて離れない。

 まいったな。事前にしっかり説明しておくべきだったかもしれない。しかし、子供の扱いなんて俺は知らないんだ、どうすればいいか、最善がわからないのも無理はないさ。

 さて、どうしよう。

「・・・・・・でも、原宿に集まってた子はきれいにお洒落してたわ」

「例外だな。ストリート・ギャングは、ヤクザから落ちる些細な金に群がる。飼いならされているわけだ。ギャングはその手法を真似して、ギャング予備軍に金をばら撒き、飼いならす。そしてさらに下へ・・・・・・きれいな服一枚のために自分の体を粗末に扱う子と、同じでいたいか?」

 ユウコがうつむいて、バッグの中を意味もなくかき回している。

 頭の悪い人間ではない。理解はできているはずだ。

「おじさん、いろいろ言い訳してたけど」

 ・・・・・・あれ? 理解してるよね?

「簡単にぶっちゃけ言えば、あたしのお買い物に付き合うのが面倒臭かったんじゃないの?」

 ずばりと本質を突かれて、俺は思わず狼狽した。

 いかん、バレている・・・・・・

 頭を抱えそうになったその時。

 不意に頭の中で警告ランプが灯った。

 危険を告げる、俺の独特の勘が騒いでいる。

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