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移動内の会話

「捕まえたぜ、ユウコちゃん」

 男の下卑た笑い声。

 ユウコの震えが、手のひらに伝わってきた。恐怖は、人の心と体のタガをはずし、自律神経を冒す。

 心配はないとの意を込めて、彼女の細い手首を強く握ってやった。

「あー、お前たち。捕まえた、はちょっと気が早いな。彼女は、まだおたくらに捕まったわけじゃない」

 男は奇妙な顔をした。

 考えていることは、おそらく、こうだ。なんだ、このやせっぽちの、かっこつけしいの、不細工なグラサンかけた怪しいおっさんは?

 ・・・・・・殺意がわいた。

「なんだ、この兄ちゃ・・・・・・」

 男の喉元へ、立ち上がりざま頭突きをかます。もっとスマートなやり方もあるが、言葉を止めるには最も手っ取り早い。

 一瞬ひるんだ左右の男は、しかし、さすがは土佐犬みたいな顔してるだけあって、すぐさま闘志をかきたてたようだ。

 最初に左の男が動いた。

 襲いかかってきた右ストレートを難なくかわし、勢いのまま体を回転させて後ろ廻し蹴りをくらわせる。と同時に、もう片方の男にも廻し蹴りを見舞って、ジ・エンド。

 なんだ、こいつら、人生の立派なあぶれ者のような顔をしてたくせに、呆気ない。当たり所が悪かったかな?

 ユウコがしがみついてきたが、無視して、男の一人の髪をつまみあげた。

「どこの者だ?」

「・・・・・・」

 いかん、喉を潰したやつだった。

 えーと。

「おい、どこの者だ?」

 駄目だ、こいつは完全に白目むいている。

「おい、そこの、お前」

 あっちは体がびくびく痙攣してる。

 困ったな。やりすぎた。

 たまにあるのだ。力加減を間違えることが。なんといっても、一般人の体は脆すぎる。

 車に運転手を残しているはずだが、と見ると、黒いセダンが猛スピードで走り去るところだった。

 困ったな。



 六本木、と言えば聞こえはいいが、表通りから離れた下町風情の残る一角に、アパートはある。

 建設当初は洒落た建物だったであろう、四階建ての鉄筋コンクリート製。部屋の造りがなにもかも大ぶりなのは、欧米の建物を意識して建てられたからかもしれない。壁はレンガ地で、窓の外には小さなテラスもある。

 今はただの老朽建築物、住人だって三人と二匹しかいない。

 帰宅すると、まず外出前と比べて異常がないか調べた。

 殺し屋家業を五年も無事に勤め上げると、当然のように謂れ無き恨みを山ほど買うことになる。以前住んでいたアパートでは、帰宅と同時にC4爆薬でワンフロア丸ごと爆破されたことがあった。

 部屋の中に、異常があった。

 殺伐とした生活に潤いを、と思い立って飾った花が、花瓶ごと倒れている。

 犯人が何者かを、瞬時に直感した。

「アルジャーノン、どこだ?」

 いつもなら、帰宅と同時に現れて新鮮な餌を要求する彼女が、今は影も形もない。

 出てこないということは、自らの罪を、獣の分際で自覚しているということだろう。

「アルジャーノン、怒らないから出ておいで」

 猫なで声まで出しながら、寝室のベッドを探り、小さなテラスを見渡し、キッチンのアルジャーノン用餌皿まで確認する。

 いつも通り、用意した餌を少しだけ残して食べ終えていた。

「アルジャーノンって、だれ?」

 後から部屋へ入ったユウコが訊ねてきた。

「ユウコさんには関係ない」

「そうもいかないわ。しばらくご厄介になるんだもの」

 そう、彼女の身柄は引き取った。

 頭を抱えたくなる。

 なぜだ?なんでこうなった?



 アパートへ帰るまでの電車とバスの中で、話は聞いた。

「つまり、きみは高見清介に狙われている、と」

「そう」

「・・・・・・ちょっと信じられない話だが」

「原宿とか渋谷の近くなら、同年代が多いから、隠れるにはもってこいだったのに、もう見つかっちゃった。まいったなー、最後のトリデだったのよ、このアイデア」

「他に隠れる場所はないのか?」

「ないわ。いろいろ考えたんだけど、けっきょく素人じゃ限界があって」

 そうだろう。聞いた話では、高見清介に狙われ始めたのは一週間ほど前。実際に追って来るのが低能チンピラヤクザでも、女の子一人でその期間を逃げ切れるとはたいしたものだ。

「親切な人が助けてくれたから。最近は連絡がつかなくてさー」

「その親切な人っていうのは?」

「いろいろ教えてくれた人。逃走経路の確保のしかたとか、廃屋の鍵の壊し方とか、一番簡単にお金が手に入る詐欺の手口とか」

 子供に物騒な真似を教えるその人は、どう考えても親切ではない。女の子を犯罪者に仕立ててどうする。

「親切な人って、誰だ?」

「名前は知らない。二日くらい一緒にいてくれたんだけど、名前は教えてくれなかった。だから、あたしは、あの人のこと『親切な人』 って呼んでるの」

「まぎらわしいな」

「そう? この街って、親切な人なんていないもの、固有名詞になりうるわ」

 この少女は、不幸な対人関係に囲まれていたらしい。こんな街でも、善人はいるのだが。

 少し考えて、当面の最大の問題がなにか探った。

「ユウコさん、きみとの契約は、今日からスタートだ」

「え、うん」

「しかし、契約締結から五日間は、冷却期間として、殺し屋と依頼人は会ってはならないというルールがある」

 一時の激情で殺しを依頼したが、後になって後悔する。実はよくあるパターンだ。それを防ぐため、最低五日の冷却期間を置き、依頼人には頭を冷やしてもらい、あらためてゴーサインを出すか否かを決めてもらう、というシステムだ。クーリングオフ制度に似ている。

「ところが、今回、その五日間を、きみが無事に乗り切れるかどうかわからない。そこで」

「全然平気だよ」

 なんだ、そうか。思わずホッとした。

 限界だとか隠れ場所もないとか言っていたから、よほど緊迫しているのかと思ったが。ま、確かに目の前の少女からは、緊張感とか不安とか恐怖とかいうものを一切感じない。雰囲気はいたってナチュラルだ。

 案外、奥の手があるのかな。

「おじさん家に泊まるから」

 固まった。

「おじさん強いよね、なにあれ、空手?」

「ちょっと待った。なんでお、お、おじさんの部屋に?さっきも言ったように、依頼人と殺し屋は最低五日は会ってはならないルール」

「え、でも、親切な人が言ってたよ。殺し屋がもしナガレって名前だったら、部屋に泊めてもらいなさい、ってね」

「ちょっと、待て。いいから、待て。その人は、ナガレ、という名前を口にしたんだね?」

「?・・・・・・うん」

 「ナガレ」 は今回のミッションのために与えられたコードネームだ。コードネームは仕事のたびに変わり、依頼人に伝えられる殺し屋の名前は一つとして同じものはない。

 それを、一週間近く前から知っていた人物。

 『親切な人』とは、組織の人事課辺りの人間か?それとも・・・・・・

「ねぇ、おじさん家、って、どういうとこ?」

 この後は部屋まで無言を通した。つまりは、こういうことなのだ。

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