追いつ追われつ
携帯電話の画面に、地図を出した。アルジャーノンの首輪に仕掛けたGPS発信機の位置が、十分おきに表示される。
「テイシンちゃんのケータイは?」
「つながらない。エドも、試してみたんだろ?」
白い軽自動車の運転席で、俺は外に立つ中年女のエドへ笑いかけた。
「なに、心配はない。アルジャーノンと一緒にいるかぎり、見失うことはないからな。猫の首に鈴とはよく言ったもんだ」
「・・・・・・そうね、今、別のエドが猫の鈴のデータを拾ったわ。近くにいるエドで手伝えることもあるだろうから、遠慮なく言ってね」
拾った、って、本物の鈴じゃないんだが。組織が末端構成員のために運営しているサービスで、セキュリティーは万全のはず。まあ、情報屋だからお手の物というわけか。
「それじゃ」
挨拶もそこそこに、俺は車をスタートさせた。
別れてそれほど経っていないが、ずいぶん離れたものだ。それにしても、妙な動きをしている。
十分おきの過去の位置からして、気楽なドライブという感じではない。十分間隔では細かくは知れないが、あっち行ったりこっち行ったり。追われてでもいるのか。
光点を目指して、俺は車を走らせた。
今は府中にいるようだ。この二十分ほど、多摩霊園の周囲をぐるぐる回っている。あの辺りは大きな公園や大学があって、夜中は静かな場所のはずだが。
追われているランドクルーザーを見つけて頭痛に襲われた。
銃声が静かな街中に響き渡る。
テイシンは必死の形相でハンドルを回し、後部座席のユウコは今にも吐きそうな青い顔をしていた。
とりあえず、追跡車の一台へ向けて、グロックをぶっ放した。
弾はどこか致命的な場所に当たったらしく、コントロールを失った車が街路脇に突っ込む。
一台減った。
しかし、まだ五台もあるよ。どうしよう。
携帯電話が鳴ったので、素早く耳に当てた。
『どういうことですかー!?』
テイシンのわめき声が聞こえる。
位置的に言って、テイシンが先頭、それを追う五台の車、その後ろに俺だ。
『こんなの聞いてないですよー!』
俺も聞いてない。
誰か、知ってる人がいたら教えてくれ。
『きゃー!』
銃声をバックにテイシンとユウコの悲鳴があがる。
胸に怒りがわいた。
容赦なく追跡車両へ銃弾をぶち込む。十三発でそいつも車道を離れ、なにに引っかかったのか派手に横転した。
左手一本で弾倉を取り替える。薬室に一発残してあるから、遊底を引く手間はいらない。
追跡車たちは、それまで連携プレーでも見せていたかもしれないが、後方からの新たな敵にまともに足並みを乱していた。
この、素人どもが。
無理矢理甲州街道に乗ったランドクルーザーが、車線も無視に暴走していく。
それを追う四台の車。さらに追う俺。
おい、テイシン、あんまりスピード出すなよ、軽じゃきつい。
こっちにサブマシンガンを向けた男へニ、三発撃って牽制しつつ、携帯電話の向こうにいるテイシンへ指示した。
「このまま真っ直ぐだ。そのうち八王子の山ん中だ。そこで勝負をかける」
『えー!? 聞こえないです、なんですかー!』
「だから、山の中で」
『きゃー!』
こいつら、いいかげん撃つのをヤメロ。
ちょっと殺意がわいた。
『きゃー、分かれ道、どれ、どこ、どっちぃー!』
「え、っと左だ」
『遅いです!』
頭が痛い。
しかたない。街中だが、ここでカタつけよう。
ハンドルを左足で固定し、窓から体を乗り出す。
グロックはあくまで拳銃。命中率という点では信頼性に欠ける。だが、完璧固定した体と、両手射撃、さらにターゲットの馬鹿みたいな直進。俺に有利な要素もある。
タイミングをはかって、先頭車のタイヤを狙った。
突然スピンを開始した先頭車両に巻き込まれて、後続車が次々と玉突きを起こす。
俺は、左足で操作するハンドルで、彼らのわきを素通りしていった。
ランドクルーザーは見事に蜂の巣となっていた。もし彼女らの乗る車が軽自動車だったら、とっくに爆発炎上していてもおかしくない。それぐらいぼこぼこだった。
「エドに怒られる・・・・・・」
思わず呻いたが、テイシンらは無視して軽に乗り込むと、早く出してとせっついてきた。
「いきなり襲われたんです! 来ますよ、何者ですか、あいつら!?」
「知らん。高見清介のところのチンピラか、若手のDリスト・ハンターか。それより、あの車、捨てるのか?」
「なに言ってんですか、紅の涙ともあろう人が。あの程度の車、何台だって買えるでしょ?」
「いや、俺はそんなに儲けてないぞ。税金は取られないが、その分組織に手数料やら保険料やら払わないといけないからな」
「そんなこと聞いてません」
テイシンは俺のサングラスをむしり取り、直に目を睨んできた。
「発進です。あの車はどうせ廃車ですから。都に回収してもらいましょう。都民の血税はこんな時のためにあるんです」
彼女の誤った認識は置いておいて、確かに、いつまでも止まっていていい場面ではない。都内では、ヤクザやマフィア同士の撃ちあい程度なら腰の重い警察も、そろそろ動き始めているはずだ。
考え方を変えよう。なぜあの男たちがテイシンたちを狙ったのか知らないが、言霊兄妹にナンバーをつかまれた車は、どのみち危険であることに違いはないのだ。
「サングラスを返せ」
「いやです。夜の運転でグラサンなんて、危なくてしょうがないじゃないですか。よくこんなのかけて、タイヤなんか狙い撃ちできましたね」
「ぬははは、まあな」
「褒めたんじゃありません。呆れたんです」
「ははは、そうか・・・・・・」