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デートの約束

 車は見事なランドクルーザーだった。

 狭いくせに隅々まで整備されている日本の道路には、最も相応しくない車種だ。

 もちろん、殺し屋にとっても不適切。俺たちは、できるだけ街中に溶け込まないといけない。最も売れている車種、最も人気のあるカラー、大きいよりは小さく、若くて美人な車より、中年でくたびれた車を選ぶ。

 赤の他人に運転を任せるリスクと、赤とシルバーの図体のでかさとを秤にかけて、タクシーよりまだマシだと自分に納得させた。



 前もって約束していた路地で、テイシンは待っていた。

 住民の半数以上が逃げ出した都内の一角だというのに、街灯は明々と地面を照らしている。日本人が環境問題を考えてるなんて言うのは、真っ赤な嘘だな。

 車から降りて、俺は周囲を見回した。

 人の気配はない。この時間でもにぎわっている場所はいくらでもあるが、その分、住宅街とその周辺や、まともな商店街なんかは静けさを増す。まして、この辺りは田畑がところどころ残るような場所なのだ。もっとも、田畑と言っても、ほとんどは大型テロの後で、違法滞在者が開墾したようなものが多い。

「テイシン、車は?」

 テイシンの指差す先に、白の軽が止めてあった。懐かしい恋人に出会ったような気がした。もうデカい車はゴメンだ。

「ユウコさんを頼む。相手は占い好きらしいから、一箇所にとどまっていると危険だ」

「了解です。それにしても、まだユウコさんは粘ってるんですか? これだけ狙われれば、すぐに根をあげると持ってたんですよ」

「俺もそう思ってた。しかし、さっき意思を確認すると、ますますやる気満々だった」

 自分の命が狙われているというのに、平気な顔で生活するユウコを、サイドウインドウ越しに見やる。膝の上のアルジャーノンは、もう好きにしてくれ、と言いたげに四肢を伸ばしていた。

「まあ、たいした子だよ」

「血、ですかねー」

「ああ・・・・・・ん?」

「そういう父親だったんですよね?」

「よく知ってるな」

「日記に書いてありましたよ、例の『紅の涙逃亡日記』。ああ、さっき見たら更新されてました。気をつけてくださいねー」

 くそ。最近妙に書き込みが多い。あの腐れ外道め、近くで俺のこと観察してやがんのか?ストーカー行為で訴えるぞ。これだけ不愉快な思いをさせられ、物理的に迷惑まてこうむっているのだ、確実に立件できる。

「・・・・・・それはともかく、テイシン、今回は助かる。今度メシでも奢るよ」

「Dリストメンバーと食事ですか? 命がいくつあっても足りませんね」

 嫌なことを思い出させないでくれ。



 練馬区の大泉という名の街だ。さすがに県境とあって、都内特有の狂気の雰囲気もずいぶんと薄れてはいるが、さすがにこの時間では、通りも閑散として人や車の往来もない。

 左右を等間隔の街路樹が並ぶバス通りは、驚くほどひたすら直線に、住宅街の真ん中を突っ切っている。並びには背の低い雑居ビルや人家が軒を連ね、昼間の平穏が想像できる風景だった。

 あの言霊使いの男は、潰れたスーパーを左に曲がれと言っていたが、その言葉通り、しばらく走ると左手にスーパーらしい建物が見えた。その手前を左折する。

 狭い路地が縦横に走るこの手の住宅街にはありがちな、一方通行標識の山を横目に、周辺の住宅を何気なく観察する。

 どちらかというとおおらかな構えをした建物が多い。閑静な住宅街を絵に書いたみたいだ。昼間も静かなのだろう。

 あの男の言葉通り、左に公園が見えた。下町にある猫の額ほどのちゃちな公園ではなく、小さなステージを備え木々も植えられた本格的な癒しの空間だ。しかし、今の俺には広大な戦場にしか見えない。

 遊具までが手の込んだもので、一見するとどう遊ぶのかわからないようなオブジェまであった。

 そのオブジェに背を預けて、男は立っていた。

 公園の入り口で周囲を探る。

 広い上に障害物も多く、誰か潜んでいるか探るには骨が折れそうだ。少なくとも雑魚オーラ丸出しのチンピラヤクザはいないと判断して、ますます心細くなった。

 チンピラどもなら、何十人相手でも負ける気はしないのに。

 勢い込んで来たものの、さて、困った。どうしよう。

「俺一人だよ」

 男が、からかうように言ってきた。よく響く声だが、周辺住民を気にしてか、低く抑えていた。

「怖がる必要はない」

 逡巡を見抜かれていたということに腹が立った。野郎、なめやがって、と無理矢理に普段なじまない罵り方で心を奮わせて、一歩目を歩き出した。

 男も歩いて来る。

 二人の距離が縮まる。

 男の口が動いたら即座にグロッグを抜くつもりだった。魔法なんぞは使わせない。

 抜き撃ちで確実に標的を狙える距離を越え、やがて跳び蹴りの射程圏をくぐり、拳の当たる位置に来て、ようやく、男は足を止めた。

 俺はその後に立ち止まる。

 勝った。

 意味もなくチキンレースの勝者気分を味わってから、さあ、どうする? と男を睨んだ。

 デートの誘いを受けたのは、相手を再起不能に落とすため。この男の腹積もりだって同じに違いない。ユウコのいない場所で、正面きってやり合おうというのだろう。

 それにしては、場所も相応しくないし、妹の姿のないのも気になるが。

 男の右手が動いた。

 肉弾戦か? 望むところだ。

「さっきはすまなかった」

 差し出された手の平を、俺は不覚にも呆然と眺めてしまった。

「カナを撃てるチャンスで、はずしたな。殺さずとも、腕に当てる技量はあるだろうに」

 罠か? 手の平にナノメートルの針を仕込んで俺を毒殺するつもりか?

「ただの握手だ。怖がるな」

 この野郎。

 むらッと怒りがわいた。内心を見抜かれたことと、それを恐れだと決め付けられたことへの怒りだ。

 必要以上に力強く、俺はこいつの手を握った。

 男の顔が歪む。

 しまった。手加減を忘れてた。一般人はヤワだから・・・・・・

「気にするな。こういうことは、妹の相手で慣れている」

 またも心を見透かされたか。

「なんでもわかるんだな。それも占いか?」

 皮肉を言うと、男は「人生経験から推測するただの当てずっぽうさ」 と右手を揉みもみしながら笑った。

 こいつを前にしていると、心の平静が保てない。不思議なやつだ。人をからかうのが上手いだけ、という感じではなかった。

「妹で慣れてるってことは、やっぱり・・・・・・?」

「限界まで肉体を強化してある。あの子がその気になれば、オリンピック全種目で金が取れるだろうな」

 肉体の強化。それは筋肉増強、骨格硬化、五感の鋭敏化に神経の伝達速度アップを目的とした、薬物から外科手術にいたるまでの人体改造を差す。限度を越える無理を人体に強いるわけだから、様々な副作用が当然のように引き起こされ、短命やホルモンバランスの崩壊は序の口、時には・・・・・・

「カナが手術を受けたのは七年前だ。あれから、体は一切成長していない。だから、子供だと思って手を手心をくわえる必要もない」

 俺は口をへの字に曲げた。

「別に、外見に惑わされたから撃たなかったわけじゃない。俺は――」

「知っている。紅の涙はターゲット以外の者を誰一人として殺さない。だから、俺もこうして安心して会えるのさ」

「殺さなくても再起不能にすることはできるぜ。歯を全部引っこ抜けば、言霊は操れないだろ?」

「ああ、言霊か」

 男はステージへ向かって歩き出した。足取りが軽快だ。

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