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人を殺す手

 客間の用意をするエドと、びっこ引きながらそれを手伝うユウコを残し、俺は静かに部屋を出た。

 深夜の散歩を装いつつ、周辺の安全を確認し、万が一の逃走経路を模索する。殺し屋にとってもはや職業病とも言える癖だ。

 階段を昇る途中で、懐の携帯電話が鳴った。

 嫌な予感がした。師匠の嘲笑う声が脳裏に甦る。

 五秒無視して、通話ボタンを押した。

「もしもし、こちら草加せんべい発信基地『ウリはカタさだ』 本部事務所です」

『・・・・・・』

 おや? 沈黙している。

 いや、待て。雰囲気が師匠のそれと違う。

「・・・・・・あー、冗談だ。こちらナガレ。そちらは?」

『下手な冗談だ。シラけて体温が下がった』

 妙に澄んだ声には聞き覚えがある。

「・・・俺のユーモアセンスって、魔法使いには高等すぎて理解できないらしいな」

『魔法じゃない。言霊による呪術だ』

 どっちも同じようなもんじゃないか。

「橋なんぞぶち壊しやがって、国土交通省に悪いと思わないのか」

 さっきも同じようなことを言ったな。頭の隅でつぶやきながら、足音を殺して階段を駆け上がる。

 近くにいるなら、俺の姿は見えるだろう。それは同時に、俺からも見えるということだ。この手の勘には自信がある。

「さっきはどうやって先回りしやがったんだ? 尾けられてはいなかったはずだが」

『占いさ』

 本気か嘘か計りかねる口調であっさりと言う。もう、なんでもアリだな。

『可能性事象に関しては言霊は専門だからな。確率の問題ではあるが、おおよそお前の行動を読むことができる』

「その割りに、今まで何日か顔を見せなかったな。魔法も万能じゃないってわけだ」

 五階の踊り場から、周囲を見回した。怪しい人影も車もない。動くものは、野良猫一匹。

「ところで、用件はなんだ? デートの申し込みでもなかろう」

『デートの申し込みだよ』

 こいつ頭がおかしいのか?

『正直に言おう。確かに、呪術も万能ではないが、今のお前の居場所はわかっている。少なくとも草加市ではない』

「・・・嘘つきが正直になるのは、決まって悪いことの前兆だ」

『挑発しても無駄だよ。精神修養は、お前より積んでいる』

 そりゃご立派だ。



 部屋へ戻った俺は、リビングにいるエドへ「車はあるか?」 と不機嫌丸出しで訊ねた。

「ええ。でも、大型の4WDよ。旦那さんの趣味でね」

 つまり、殺し屋が乗るような代物ではない、目立つ車ということか。

「かまわん。貸してくれ」

「ちゃんと、無傷で返してよ。廃車にでもなったら、あたし、夫になに言われるかわからないわ」

 わざわざ怯えた表情まで作って芝居している。今までにないコケティッシュなエドの姿は、新鮮というより不気味だ。

「ユウコさんは?」

「客間でアルジャーノンと遊んでる」

 猫と遊んでいるというより、猫で遊んでるという方が適切だ。ふて腐れているアルジャーノンをユウコが一方的にいじくっている。アルジャーノンは、さきほど食らった蹴りのダメージで、逃げようにも普段のパワーが出ないらしい。

「ユウコさん、少し話がある」

 俺はベッドの脇に腰かけた。

 なに? という感じに見上げてきながら、アルジャーノンを撫でまくる手は止まっていない。

「最初に言ったことを覚えてるか? 殺人依頼に関する五日間のクーリング期間だ」

「五日間は殺し屋と依頼人は会わない、ってやつね」

「本当は、その後も依頼人と顔を合わせることは、基本的にない。俺たちは俺たちの方法でターゲットを消し、確認してもらった上で後金をもらう。以後は二度と会うことはない。俺たち殺し屋は、依頼人の人生に一瞬だけ触れて、後は完全な無関係となるわけだ」

「・・・・・・なんか『うまい言い回しだな』 とか自分で思ってない? おじさん。それはね、自己陶酔っていうの」

 話しづらい子供だ。

「日付が変わったから、今日が五日目だ。つまり、あと二十・・・二時間ほどで、五日目が終わる。その時、最終的なゴーサインを出すかどうか、ユウコさんは決断しなきゃならない」

「あたしの気持ちはハナっから決まってるわ。ゴーよ、なにがあってもゴーゴーゴー」

 そう言うだろうと思ったよ。

「殺し屋は殺し屋を殺さない。そうも言ったね」

「ちゃんちゃらおかしいわ、そんなの」

「コロシの依頼ってのは、大抵が怨恨か金が絡んでる。その中でも、殺し屋をターゲットにする依頼は十中八九怨恨が理由だ。殺し屋を殺さない、それは殺し屋への怨恨を認めていない者が言い出した言葉なんだ」

「おじさんは、肉親を殺されたことがないから、そんなことが言えるのよ。殺し屋を恨むのは当たり前じゃない。まあ、おじさんの殺し屋だし、同業者をかばうのもわかるけど」

「殺し屋っていうのは、ただの道具なんだよ」

 なんともうまく説明できない。内心イライラしながら、俺は拳銃を抜いた。

 ユウコが驚いてのけぞる。

「なに?」

「拳銃とは、人を殺す道具だ。そうだな」

 こくこくとうなずくユウコの目の前で、俺は遊底をスライドさせて、薬室から銃弾を一発抜き取った。

「本来なら、人を殺せば返り血を浴びる。つまり、血で汚れる。離れた位置から人を殺せる銃という道具は、その意味で、革新的な発明だった。汚れることなく、人を殺せる」

「なにが言いたいの?」

「だが、実際に人を殺すのは銃ではなく、これだ」

 銃弾の先端部分を指差した。

 ユウコが、物珍しそうに弾頭を見つめている。

「薬きょうに詰まった火薬が爆発し、そのエネルギーによって小さな弾丸が秒速600メートルで銃口を飛び出し、離れた人間に襲いかかる。わかるだろう? 人を直接的に殺傷するのは弾丸なんだ」

「それで?」

「しかし、だ。弾丸だって、自然発生的に飛び出したわけじゃない。存在理由を発揮できたのは、引き金を引く人間がいたからだ。その意味で、やはり、人を殺すのは人である、という言い方もできる」

「・・・・・・」

「殺し屋は、この弾丸だ。けして依頼人を汚すことなく、確実に人を殺す銃弾。だが、それは同時に、引き金を引く者がいなければ、活躍することができないという意味でもある。つまり依頼人だな」

「なにが言いたいのか、よくわからないわ」

「話っていうのは、最後まで聞かないと理解できないものさ。――殺し屋を雇うということは、ターゲットへ向けた銃の引き金を引くということと同義だ、と言いたいんだ。血で汚れはしないが、依頼人が相手を殺したことに違いはない。殺し屋はただ、弾丸のように飛んでいっただけ。文字通りの道具。だから、殺し屋は殺し屋を殺さない。銃弾を殺す銃弾はないのさ」

 たまに勘違いしている依頼人もいる。殺し屋を雇えば、良心の呵責なしに殺人を犯せる、と。大きな勘違いだ。

「なぜこの話をしたかというと、つまり、なんだ、あー」

 なんだっけ?

「ああ、そうだ、クーリング期間の話だ。もう少し慎重に考えた方がいい、と言いたかったのだ。殺人の依頼なんていうのは、思っているより、ずっと重いものなんだから」

「五日間程度で、なにも変わりはしないわ」

 いつの間にか猫を撫でる手が止まっている。

「あたしは五年も、悔しくて哀しくて寂しい思いをしてきたんだもの。もしこの手に拳銃があって、たくさんのSPやヤクザや、あのわけわかんない小さな女の子やなんか、全部潜り抜けて近寄れるのなら、迷いなく弾丸をぶち込む。だけど、それができないって、親切な人にも教えられたから、あなたを雇ったの」

 彼女は毅然として言い放った。

「覚悟はとうにできてるわ」

「・・・・・・そうか」

「でも、一つだけ考えを変えてあげる」

「・・・・・・なんだ?」

「確かに、殺し屋はただの道具ね。拳銃と一緒よ。道具を恨むんじゃなくて、撃った人を恨むのが筋だものね。だから、パパを殺した殺し屋のことは、忘れてもいい」

 ・・・・・・そうか。

「これをあげよう。お守り代わりにはなる」

 取り出した銃弾を、ユウコへ手渡した。

「危険だから、後で火薬を抜いてやる。ペンダントにでもすればいい」

「・・・・・・センス悪い」

 悪かったな。

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