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エドの謎

 電車の中で、ユウコはずっと怒っていた。

 足をくじいたぐらいで済んだのだから、感謝してもらいたいぐらいなのに。

「百歩譲って、あの場所から逃げる方法が他になかった、っていうなら、この程度の怪我、許してあげてもいいわ。そりゃあ、あたしだって危険な目には何度も合ってるし、殺されそうにだってなったんだしね」

 今までも思ったことだが、今回は感心した。この子は案外、肝っ玉が太い。

「でも、許せないのはその後。か弱い女の子が足くじいて痛いよ苦しいよ、って言ってるのに、肩も貸さずにずんずん歩いていってさ。デリカシーないんじゃないの? せめて心配するセリフの一つも吐いたらどうなのよ。ひと殺すしか能がない社会人失格者ね、あなた」

 そこまで言うか?

 確かに、駅までの距離は遠く、途中でタクシーを拾うまで無理をさせてしまった。だが、おんぶもダッコも嫌だと言ったのは、ユウコの方ではなかったか。

「女性の扱い、いいえ、人の扱いがまるでわかってないのよ。おじさん、友達いないでしょ?」

 俺の忌み嫌う東武東上線の車両の中だ。

 タクシーから乗り換えたのは、もう車は勘弁だと思ったからだ。公衆の面前にいた方が、いきなり襲われる心配は減る。

 最終便とあって、人の数は少ないながらゼロではない。ギリギリまで残業していたのか疲れた顔のサラリーマンと、ギリギリまで飲んだくれていた老若男女。中学生に叱責されるおじさんという立場の俺は、彼らの視線が痛い。

 アルジャーノンはユウコのシャツの中で療養中だ。おそらく、報復の手段を考えるのに必死で、他のことには気も向かないのだろう。

「・・・・・・さっきから気になってたんだけどさ、グラサン変わってない?」

 サングラスは常に二つ三つ持ち歩き、気分と状況に合わせて変えている。俺流おしゃれの基本だ。

「凄い変」

 やかましい。



 エドから聞いた住所は、川越駅で降りて数分歩いた先の、大きなマンションだった。

 221号室のインターフォンを押して一分と待つ必要はなかった。

 ドアが開く瞬間、体に緊張が走る。腰の後ろで、拳銃のグリップに触れていた。用心に越したことはない。

「早かったわね」

 二十歳後半の女が微笑んでいた。短い髪が活動的な印象をふりまき、明るいグリーンのシャツがよく似合う。

「エド、か?」

 女はにこやかに左手を見せた。指にはめられた指輪は、銀のフレームに埋まる、緑色の小さな石。

「さっきの男、あれが噂の言霊使いね? それに怪力の妹さん」

「ああ」

 俺は後方へ声をかけた。エレベーター前に待たせていたユウコが、片足を引きずりながらやって来る。

「彼女、怪我をしたの?」

「足首をひねっただけだ」

 ユウコはむくれた顔で「骨折したかもしれないわ」 と俺を見上げる。

 いいかげんにしてくれ。

「あたしがユウコです。お姉さんは?」

 俺よりも明らかに年上の女性まで「お姉さん」 扱い。女はいくつから「おばさん」 になるのだろう?

「エド、よ」

 ユウコは怪訝そうに首をかしげた。

「ここじゃなんだから、さ、入って」

 廊下や部屋に飾られた写真は、家族のものより風景を写したものが多い。この部屋の主は、写真の撮影か鑑賞か、どちらかの趣味を持つのだろう。

 家族のものを見つけて、俺は顔をしかめた。

「旦那がいるのか。こんな夜中に押しかけるのはマズくないか?」

「平気よ。この女性の旦那さんは、不思議なタイミングで長期出張押し付けられて留守。親戚の女の子が遊びに来るとは、伝えてあるし」

 なるほど、エドならサラリーマンのスケジュールなど好き勝手できるだろう。

「お腹空いてない? 簡単なものならすぐ用意できるわよ。コンビニにも寄らずに走りっぱなしだったものね」

「俺は平気だが。今度はまたえらく気の回るエドだな」

「言ったでしょ? 本人の性格に影響受けるのよ。あっちのエドは、ちょっと気配りの苦手なタイプだったの」

 ソファに腰かけたユウコが、不思議そうに話を聞いている。まあ、エドを知らない人間なら、この会話は理解しづらいだろう。

「あの男、助かったのか?」

「ええ。救急隊が駆けつけるまでもったから。今ごろは病院のベッドの上でしょう」

「今のあいつはわからないのか?」

「もう切断したし、指輪もないし。ただでさえ、男性を扱うのは難しいし、ね。知っていて? 男と女じゃ脳の構造が異なるのよ」

 ねぇ、と辛抱できなくなった様子のユウコが会話に割り込んできた。

「エドっていうのは、なにかのグループの名前なの?」

 キッチンから戻ってきたエドが、驚いた顔でオレンジジュースと紅茶をテーブルへ並べた。

「説明していないの?」

「面倒だ」

 と、言うより、どう説明すればいいのかわからない。

 エドは笑って、自分の指輪を取り外した。

「いつもは結婚指輪をはめてるんだけど。はい、ユウコちゃん、これ持ってみて」

「・・・・・・?」

 エドの指先からユウコの手へ落ちていくその途中で、俺は慌てて指輪をふんだくった。

「やめろ! そういう悪趣味な真似も、その女の性格の影響か?」

「ちょっとだけ」

 エドがいたずらっぽく舌を出す。

「いいか、ユウコさん」 ユウコは目が点である。「この指輪は端末だ。仕組みはよく知らないが、この端末に触れた者を、エドは好きに操ることができる。だから、この指輪に触れてはならない。説明は以上だ」

「わかんないわ、そんなの」

 そりゃそうだろう。

 指輪を受け取ったエドが、艶然と微笑んだ。

「この指輪を通して、あたしと他人の精神がつながる、と言えばいいかしら? そして、たとえばこの女性」 とエドは自分を指差し、「この人の心には眠ってもらって、あたしは彼女の体を少し借りるの」

「催眠術かなにか?」

「それとはちょっと違うわね。テレパシーと言った方が、この感覚は説明しやすいわ。テレパシーによる遠隔操作」

 一瞬遅れて、はっ、とユウコが頭を押さえた。

「考えてることとかわかっちゃうの?」

「大丈夫よ。精神の接触は、指輪に触れていて、なおかつチャンネルの合う人としかできないし、表面的な記憶をなぞる程度しかわからないものだから。テレパシーの変種ね」

「じゃ、おじさんはチャンネルが合わないのね。平気で指輪に触ってた」

 なんという柔軟な適応力だ。テレパシーなどという胡散臭い超能力を、ものの数秒で信じきってしまった。俺なぞ、エドの説明を飲み込むのに一ヶ月、慣れるため半年が必要だった。それでも、トリックがあるに違いないと今だに思っている。いつか見破ってみせる。

「彼の場合、チャンネル云々より、強さの違いね。この人の心に触れたら、あたしの方が負けてしまうから」

 そんな話は初耳だ。と言ったら、

「だって悔しいじゃない? だから適当言って誤魔化してたの」

 平然とした笑顔で答えるエド。

 エドにしろテイシンにしろ、なんでもかんでもユウコに話して、なぜか俺に冷たいような気がする。

 なぜだ?

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