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ポスターの中の再会

夢を諦め、心が冷え切った元脚本家の女性。

古いポスターと健太の料理が、消えかけていた創作の火を

再び灯し、彼女を新たな物語へと駆り立てる。


二月の深夜、健太は閉店後の店内で、先日映

写技師の男性が置いていった古い映画ポスタ

ーを眺めていた。

それはモノクロの異国の街並みが描かれた、

数十年も前の名作のポスターだった。


「どこか、この路地裏に似ているな」


健太がレジの横にそのポスターを仮止めした、

その時だった。

ガタっと音がして、一人の年配の女性が暖簾

をくぐってきた。その顔は凍てつく冬の夜よ

りも白く、どこか魂が抜けたような、深い

『哀』の色に沈んでいた。


「いらっしゃいませ。……今夜は冷えますね」

健太が温かいスープを差し出そうとしたが、

女性はそれに気づかず、レジ横のポスターを

凝視して動かなくなった。


「これ、あの人がずっと探していた映画だわ」


女性の声は、震えていた。聞けば、彼女は若

かりし頃、映画の脚本家を夢見ていたのだと

いう。しかし、現実は厳しく筆を折ってから

は物語の世界から遠ざかっていた。

「このポスターの映画を最後に観て、私は書

くのをやめたの。……でも、今日なぜかこの

路地の灯りに吸い寄せられて」


健太は厨房の奥から、静かに『哀』の札を掲

げた。だが、鉄鍋を火にかけると、中から聞

こえてきたのは、雨上がりの午後のような、

どこか懐かしく穏やかな音だった。

差し出したのは、銀色のお皿に乗った『特製

ハッシュドビーフ』だ。


「お待ち遠さまです。当時の映画館の売店に

あった、特別なレシピを再現しました」


女性は一口食べると、ハッと息を呑んだ。

そのコクのある甘みと、わずかな苦味。

それは、彼女が夢を追いかけていた頃の、

瑞々しい記憶そのものだった。

「……ああ、この味。私、忘れていたわけじゃ

なかったんだわ。ただ、怖くて閉じ込めていた

だけだった」


女性が完食する頃、鉄鍋がポーンと、古い劇場

の緞帳が上がるような音を立てた。彼女が顔を

上げると、ポスターの中の街並みが、一瞬だけ

黄金色の夕陽に照らされたように見えた。


「店主さん、私、もう一度だけペンを握って

みようかしら。このポスターが、私を呼んで

くれた気がするの」


女性は晴れやかな顔でバッグから一束の原稿

用紙を取り出し、夢中で何かを書き込み始めた。

そのペン先には、かつての瑞々しい情熱が宿っ

ているようだった。

だが、その時。静かな店内に、彼女のスマート

フォンの無機質な着信音が鳴り響いた。


「あ、すみません。……はい、もしもし? ええ、

今すぐ向かいます!」


電話の相手は急用の仕事か、あるいは家族から

だったのか。女性はハッとした表情で立ち上がり、

慌ててコートを羽織った。

「ごめんなさい、急な用事が入ってしまって。

……また、ゆっくり伺いますね!」


彼女は慌ただしく店を飛び出していった。

健太がカウンターを片付けようと歩み寄ると、

そこには彼女が書きかけのまま置いていった

『原稿の束』が、一房の記憶のように取り残

されていた。


「あっ!忘れ物だ。……明日、取りに来るかな」


健太はそれを大切に拾い上げ、レジの横へと

置いた。冬の星空は相変わらず冷たかったが、

女性が去った後の席には確かな熱が宿っていた。


健太がポスターの横で静かに咲く『福寿草』に

目を向けると、まるでもうすぐそこまで春が

来ていることを告げているようだった。


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