銀幕のナポリタン
閉館を迎えた映写技師が来店。健太の出す『楽』の
ナポリタンがかつての映画への情熱を呼び覚まし、
人生の次章を照らす光となる。
凍てつくような北風が路地裏を吹き抜ける、
二月の更けゆく夜だった。
暖簾をくぐってきたのは、使い込まれた
レザージャケットを羽織った初老の男性だ
った。その目は鋭いが、どこか遠い景色を
探しているような寂しさが漂っている。
「いらっしゃいませ。……外は冷えますね、
お茶をどうぞ」
健太が静かにお茶を出すと、男性は凍えた
指先を湯気に当て、小さく吐息をついた。
「……今日、長年勤めた映画館が閉館してね。
最後の映写を終えて歩いていたら、この店の
灯りが見えたんだ」
男性の表情にはやり遂げた充足感と、明日
から通う場所がなくなる喪失感が冬の夜空
のように混ざり合っていた。
健太は迷わず、厨房の奥から『楽』の札を
取り出した。
「お疲れ様でした。では、心躍る一皿で
お祝いさせてください」
健太が鉄鍋を火にかけると、中からカラカラ
と、古い映写機が回るような軽快な音が響き
始めた。
差し出したのは、熱々の鉄板に乗った『特製
ナポリタン』だ。パチパチとはじける音と
共に、香ばしいケチャップの匂いが立ち昇る。
「お待ちどおさま。
うちの『楽』銀幕仕立てです」
男性は一口食べるとハッとしたように目を
見開いた。
「……この味、初めて映画を観た後に食べた、
あの時の……」
ふたくち目、みくち目。
食べるごとに、彼の瞳に力が宿っていく。
鉄板の熱気が冷え切っていた彼の情熱を再び
温め直しているようだった。
「不思議だ。二月の寒さで心まで縮こまって
いたが、なんだかまた、新しい物語が始まり
そうな気がしてくるよ」
男性が完食する頃、鉄鍋がポーンと幕開けを
告げるベルのような音を立てた。
彼は席を立ち、真っ直ぐな背筋で健太に向き
合った。
「店主さん。いい最終回……いや、いい初日
になったよ。ありがとう」
男性は満足げに微笑むと、脇に抱えていた
筒状の紙をそっとカウンターに置いた。
「……これ、もしよかったら受け取ってくれ
ないかな。もう私には役不足だがこのお店の
温かい灯りには、きっと似合うと思うんだ」
男性が店を出た後、健太がその紙を広げると、
そこにはモノクロの異国の街並みが描かれた
古い映画のポスターがあった。
路地裏の夜空には、まるでスクリーンに散り
ばめられた星のような輝きが広がっていた。
健太がレジ横に置かれた鉢植えの『福寿草』
を見やると、その黄色い花びらが冬の陽だま
りを閉じ込めたように温かく揺れた。




