鉄鍋の咆哮:継承の火、再開発の波
再開発を急ぐ二代目会長・鉄二が、店主・健太に
立ち退きを迫る。亡き父が愛した「おじや」の
記憶を語る健太に対し鉄二は冷徹に未来を説くが、
健太はこの場所を死守する決意を固める。
路地裏の石畳を高い革靴の音が無機質に叩く。
「喜怒哀楽」の暖簾を跳ね除けて入ってきたのは
商店街の二代目会長、鉄二だった。
彼はカウンターに腰を下ろすなり、不服そうに
店内を見渡す。
「相変わらず、時代が止まったような店だ。
健太くん、いつまでこの『遺物』にしがみつ
いているんだい?」
健太は答えず、手元の大根を桂剥きにしていく。
シュルシュルと、途切れることなく透き通った
皮が流れていく。
「親父たちの時代は、これで良かった。でも
今は違う。このエリア一帯を更地にして、最新
の複合ビルを作る。それがこの街を守る唯一の
方法なんだよ」
鉄二はタブレットを机に置き、洗練された
パース図を表示させた。そこには、情緒も、
路地裏の湿り気も、入り組んだ影も存在しない、
清潔な未来図があった。
「立ち退きの返事、そろそろ聞かせてくれないか」
「……俺は、この店を畳む気はありません」
健太が手を止め、鉄二を真っ直ぐに見据える。
「じいちゃんは言ってたんです。誰にも言えない
傷を抱えた人が、ふらりと逃げ込める場所が、
この街には必要だって」
「……死んだ人間に縛られて今を生きる人間を
不幸にする気か?」
鉄二の冷たい言葉に厨房の奥で鉄鍋が「……ゴ
ォォ」と、地を這うような低い音を立てた。
レジ横の福寿草が、まるで冷たい風に吹かれた
かのようにその黄金色の花弁をキュッと閉じる。
「鉄二さんの亡くなったお父様も、二日酔いの
朝にはよくここで一息ついていかれました。
じいちゃんが作る熱いおじやをいつも美味そうに
黙って口に運んでいました」
「……余計な世話だ」
鉄二の瞳がわずかに揺れたが、彼はすぐに冷徹な
表情に戻り、席を立った。
「来月、また来る。その時は、感傷なんて捨てて、
現実的な数字の話をしよう」
鉄二が去った後の店内に静寂が戻る。
健太は研ぎ澄まされた包丁をギュッと握りしめた。
『壊すのは一瞬だ。でも、一度消えた灯りは
二度と戻らない』
この場所を守り抜く。その決意を証明するように、
鉄鍋はまだ余熱を持ったまま低く、力強く鳴り
続けていた。




