メニューは「喜」「怒」「哀」「楽」の四種類だけ
客の感情に寄り添う「喜怒哀楽」の献立を出
す定食屋の跡継ぎ・健太。悩みや怒りを抱え
る客へ最適な一皿を出し、心とお腹を温めて
いく。
商店街の喧騒から逃れるように一本脇へ入っ
た、細い路地裏。その突き当たりに店を構え
る『めし処・きどあいらく』の店主、健太は
毎朝仕込みをしながら今日の日替わりを考える。
この店の品書きは少し変わっている。
『喜』『怒』『哀』『楽』の四種類しかない。
先代の祖父が「客の心に合わせた飯を出せ」
と始めたこのスタイル。
健太は客が暖簾をくぐる瞬間の顔を見て出す
料理を決める。
お昼どき、一人のサラリーマンが入ってきた。
肩を落とし、ため息をつきながら椅子に座る。
健太は迷わず『哀』の札を厨房に掲げた。
出したのは出汁の香りが鼻をくすぐる、熱々の
『煮込みうどん』と『炊き込みご飯』だ。
「……沁みるなあ」
男は、仕事のミスで上司に叱られた冷えた心を
湯気と一緒に飲み込んでいった。
次にやってきたのは、顔を真っ赤にして鼻息の
荒い女性客だ。
健太は無言で『怒』の札を出す。
フライパンを煽り、香ばしい醤油とニンニクの
匂いを充満させる。
『ガッツリ・スタミナ豚キムチ定食』だ。
女性は無心で白米をかき込み、食べ終わる頃には
「ふう、スッキリしたわ」と怒りをエネルギーに
変えて店を出ていった。
午後の暇な時間、一人のおばあさんがニコニコ
しながら入ってきた。
健太は『喜』の札を選び、彩り豊かな『季節の
天ぷら御膳』を揚げた。
孫が生まれたという報告を聞きながら、サクサク
という小気味よい音を店内に響かせる。
そして最後、閉店間際に駆け込んできたのは、
大学生のグループだった。
彼らには迷わず『楽』を出す。
大皿に盛られた唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ。
まるでお子様ランチを大人サイズにしたような
『わんぱくプレート』だ。
「うわ、最高じゃん!」
若者たちの笑い声が、油の弾ける音と混ざり合う。
一日の営業を終え、健太は自分用に余った食材で
『まかない』を作る。
それは、四つの感情が少しずつ混ざったような、
どこにでもある野菜炒め定食だ。
「ま、明日も頑張るか」
看板の電気を消すと、今日も一日、誰かの心が
少しだけ軽くなったような気がして、健太は静かに
暖簾を片付けた。




