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嘘の世界1

ずれた線の指跡

作者: ハル

期待、という言葉はこの場所では数えられていた。


床から天井まで、同じ幅の線が引かれている。

一本につき一つ。

誰かが来るたび、一本増える。

来なくても増えることがある。


ここは数えるためだけに存在している場所で、入ることはできるが、出た形跡が残らない。



僕は線の前に立ち、指でなぞる係だった。

判断基準は一つだけ。線は左から右へ数える。

それ以外は考えない。


線が増えたら数す。減ったら数し直す。

理由は不要だ。



人は時々来る。

青年、女、名札を外したままの誰か。


彼らは線の前で立ち止まり、しばらく黙ってから言う。

「まだですか」


僕は線を示す。数は進んでいる。

期待は増えている。増えているものは数えられる。

それで十分だった。



ある日、線の間に小さな空白が現れた。


線でも床でもない、薄い間。

僕は数える指を止めなかった。


空白も一として扱う。

それが僕のやり方だ。


数えることだけがここでの正しさだからだ。


女が聞いた。

「それも入るんですか」


入る。そう判断した。判断は揺れない。



ところが、線の増え方が変わった。

左から右ではなく、途中に差し込まれる。


昨日まで四本目だった線が、今日は五本目になり、翌日には三本目になる。


規則が壊れた。

数える対象はあるのに、順序だけが成立しない。



青年が線を指差して笑った。

「期待って、こういうことですか」


僕は答えなかった。笑いは数えない。線だけを見る。


そのとき、誰かが床にチョークで文字を書いた。

「これは何だ?」


すぐに消えたが、消えた跡の粉だけが残った。

粉は線の一本のように見える。

僕はそれも数に入れた。



人は増え、線も増える。

期待という言葉が口にされるたび、空白が一つ増える。


空白は線のふりをして並び、並びの規則を壊す。


僕は数え続ける。

数えること自体は成立している。


気づくと、来た人の数と線の数が合わなくなっていた。


一つだけ、多いか少ないか分からない。

どこを数え直しても、一つだけ余る。あるいは足りない。


女はいなくなっていた。

出た形跡はない。


青年もいない。

線だけが残る。

空白も残る。



僕は最初からもう一度、指を左に置いた。

数え始める。

途中で必ず一つ、合わない。


期待はそこにあるはずなのに、どの線にも一致しない。


僕は指を止めない。数え終わる直前で、また最初に戻る。

同じ数を、もう一度数える。


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