チア|ひとの波フェイズ
チア|ひとの波フェイズ
外に出た瞬間、
空気が、ざわっと変わった。
光。
声。
たくさんの目。
人が、近い。
「明日の意気込みは?」
「三連覇がかかってますが?」
言葉が、上から降ってくる。
わたしに。
わたしじゃないのに。
胸の奥が、
急に、せまくなる。
足は動くのに、
どこへ行けばいいのか、わからない。
口が、勝手にひらく。
「……ふぁっ……」
小さくて、
場違いな音。
水の中では、
それでよかった。
でも、ここでは、
誰も、揺れてくれない。
声が、
さらに、重なる。
不安が、
波みたいに、押し寄せる。
そのとき。
「明音、こっちだよ。早くいこ」
手を、引かれた。
あたたかい。
迷いがない。
振り向くと、
そこにいた。
里香。
鞄には、
小さなシマエナガの
アクリルキーホルダーが揺れている。
白くて、丸くて、
空を知っている形。
人の波を、
すいっと抜けて、
連れていってくれる。
——助かった。
胸の奥が、
やっと、息をする。
帰り道。
夕方の色。
「大丈夫だった?」
里香の声は、
やさしくて、
低い。
わたしは、
言葉を探すけれど、
見つからない。
だから、
小さく、うなずく。
それだけ。
家に着いて、
母親が声をかけてくる。
「明音、おかえり」
でも、
その声は、
遠い。
わたしは、
まだ、水の外にいる。
布団に入っても、
眠れない。
明日のこと。
泳ぎのこと。
バタフライ。
胸の奥で、
不安が、ゆらゆらする。
「……ふぁ……」
小さく、
ちんあなごの癖が、
溜息のように夜に落ちた。
高校時代の里香が登場します、このころから、シマエナガが好きだったんですね




