チア|ひとの外フェイズ
チアは、
人間になってしまった。
体が、重たい。
水が、ない。
なのに、倒れない。
足が、勝手に、立っている。
口をひらこうとして、
音が、うまく出ない。
「……」
声はある。
でも、形にならない。
まわりを見ると、
同じ体をした人たちがいる。
歩いて、
話して、
笑っている。
——まねを、すればいい。
チアは、
口の動きと、音を、つなげる。
短い音。
切れた音。
少しずつ、
単語みたいなものが、
口から落ちていく。
動ける。
思った方向に、
すぐ、行ける。
砂に戻らなくていい。
決まった場所に、
刺さっていなくていい。
体を動かすたび、
胸の奥が、軽くなる。
——自由だ。
けれど。
急に、
手の中が光った。
小さな板。
つるつるしていて、
明るい。
目を向けると、
そこに、文字が浮かんでいる。
明日バタフライの大会だから、頑張ろうね
読めた。
意味も、わかった。
でも。
チアの胸が、
きゅっと縮む。
泳ぎ。
水の中。
早く、強く、
決められた動きで。
わたしは、
ゆらゆら、するだけ。
速く進むことも、
競うことも、
知らない。
自由だった体が、
急に、重くなる。
人の世界は、
動けるけれど、
止まれない。
チアは、
光る板を握ったまま、
外へ出る。
——あの水槽は、
今、どうなっているんだろう。




