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明音│水の中からのフェイズ

ここは、静かだった。


音は、水に溶けて、やわらかくなる。

光も、青く揺れて、時間の形を失っている。


明音は、ちんあなごになっていた。


(……あ、わたし)


考えようとすると、言葉はうまく浮かばない。

でも、感覚だけははっきりしていた。


砂の中は、あたたかい。

全身を支えられている感じがして、安心する。


ゆらり、と体を揺らす。


(……疲れない)


呼吸は自然で、

頑張らなくても、体はそこにいられる。


水槽の外から、人が近づいてくる気配がした。


ガラス越しに、誰かが立っている。


(……チア?)


はっきり見えなくても、わかった。

あの立ち方。

少し緊張して、でも逃げないで立っている感じ。


(……人間だ)


前は、あんなふうに立っていたのが、

当たり前だったのに。


今は、ただ、ここで揺れているだけでいい。


誰かに見られても、

評価も、順位も、期待もない。


「かわいいね」


そんな声が、水を通して、ぼんやり届く。


(……あ)


胸の奥が、ふっとゆるむ。


(泳げなくてもいい)

(勝たなくてもいい)

(ここにいるだけで、いい)


明音は、ゆっくり体を揺らした。


それだけで、

外の人たちは笑ってくれる。


(……チア)


あの子は、

この場所で、ずっと過ごしてきた。


狭いと思っていた水槽が、

今は、やさしい居場所に思える。


でも――


ガラスの向こうで、

チアがこちらを見ている。


人間の目で、

この水槽を見つめている。


(……楽しかった?)


声にはならない問いが、

水の中に溶けていく。


明音は、砂から少しだけ体を出した。


ぱかっと、口を開ける。


ゆら、ゆら。


それは、

「大丈夫だよ」

みたいな、合図だった。


水槽の中と外。

同じ時間を、

違う立場で、見つめ合っている。


明音は、はじめて思った。


(……人間に戻るの、

急がなくてもいいのかも)


でも、

チアにだけは、ちゃんと伝えたい。


(水の中も、悪くないよ)


青い光の中で、

明音は静かに揺れていた。


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