再び二人のフェイズ
明音はどうしてもチアに人間である楽しさを知ってくれなかったことを後悔していた。
「やっぱりちんあなごちゃんにも楽しさを知ってもらいたい!」
明音は学校の帰りに水族館に寄った。静かな水族館、いつものように癒される。
ちんあなごのブースに着いた。
「ちんあなごちゃん・・・!」
明音が近づくと、チアは砂の中にもぐってしまった。
「やっぱり・・」
明音は肩を落とす、でもあきらめずに
「お願い、聞いて、ちんあなごちゃんにも人間の楽しさ知って欲しいの
だから。もう1回、入れ替わって!」
明音は水槽に訴えた。 チアは砂の中にもぐっていた。
あの時のことがフラッシュバックする。出られない。仲間が心配そうにする。
「どうしたんだ、チア?」
「大丈夫?」
「・・・・・」
「あの人間さっきからずっと水槽ガン見してくるんだけど・・・」
「分かってる」
ちょっとだけと、様子を見た瞬間だった・・!
水槽の外。
ガラス越しに、あの人間がいる。
まっすぐこちらを見て、必死な顔をしている。
(……また、あの子だ)
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
怖い。
また息ができなくなる気がする。
また「できなかった」が突き刺さる気がする。
でも――
その人間の目は、責めていなかった。
期待でも、失望でもなくて、
ただ、後悔と願いが混ざった、やさしい目だった。
「お願い……」
明音の声は、水槽には届かないはずなのに、
なぜか、チアにははっきり聞こえた。
「今度は、ちゃんと……おねがーーーい!」
明音は水槽に向かって大きな口を開けた。
チアもびっくりしてぱかっと口を開く。
その瞬間。
再び、同じ事が起こった。
(……え?)
チアの体が、ふわっと軽くなる。
砂の感触が、指の感触に変わっていく。
鰓が消えて、肺が思い出される。
同時に。
明音の視界が、急に低くなった。
ガラスが巨大になって、
音が、水の向こう側に遠のく。
「……っ!」
声にならない声が、二つ重なった。
次の瞬間――
水槽の前で立ち尽くすのは、
ちんあなごになった明音。
そして水槽の中で、
砂に突っ伏しているのは、
人間の姿に戻ったチアだった。
ぱち、ぱち。
チアは何度も瞬きをした。
水じゃない。
息が、ちゃんとできる。
「……え……」
手を見る。
足を見る。
震える指。
戻ってしまった。
「うそ」
また、人間だ。
一方、水槽の中。
明音は、砂に半分埋まりながら、
ゆら、っと無意識に揺れていた。
(あ……)
体が軽い。
考えなくていい。
比べなくていい。
(……また、ちんあなごちゃんになれた)
その時。
水槽の外で、
チアと明音の視線が、はじめて重なった。
ガラス越しに、
人間とちんあなごとして。
チアは、はっとして水槽に駆け寄った。
「……明音……?」
胸が、ぎゅっと痛んだ。
今度は逆だ。
(あの子を、ここに置いてしまった)
明音は、水槽の中で、
ゆらゆらと揺れながら、口をぱかっと開けた。
でも声は出ない。
ただ――
その目は、静かにチアを見つめていた。
「わたしはどうしたらいいの?」
明音は必死にゆらゆら揺れる。
お口をぱかぱかしながら訴えている。
しかし、言葉はなかなか伝わらない。
でも必死にしてる姿を見てチアは何かを思った。
人間の楽しさも、苦しさも、
逃げたくなる気持ちも、
ちゃんと向き合う番だと。
「がんばってみる...」
チアがボソっというと
水槽の中で、
明音は、ゆっくりと一度だけ揺れた。
まるで、
「ちゃんと見てきて」
そう言っているみたいに。




