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赤い屋根の家(あかいやねのいえ)

掲載日:2025/12/10

黒川村くろかわむらの細い路地の突き当たりに、古びた白い家がひっそりと建っている。人々はその家を 「赤い屋根のあかいやねのいえ」 と呼んでいた。屋根瓦はくすんだ赤色で、雨が降っていないのに、いつも濡れているように見える。それは長年誰も近づかなかった理由のひとつだった。


田中博志たなか ひろしは十六歳。家族と共に黒川村へ越してきたばかりで、なんと新しい家は赤い屋根の家のすぐ隣だった。引っ越し初日、博志は自分の部屋から隣家を見つめ、妙な寒気を覚えた。


理由は屋根ではない。


家の庭に立つ一本の 古い桜の木 だった。


普通の桜は空へ向かって伸びるが、その桜は違った。幹は歪み、枝々は下を向き、まるで家を覆い隠すように垂れ下がっていた。その姿は、木が家を守っているのではなく——閉じ込めているようだった。


「なあ父さん、隣の家って、ずっと空き家なの?」


荷物を運び終えた父は、短く答えた。


「そうだ。…あそこには近寄るな、博志。」


「なんで?」


「いいから。」


そんな言われ方をすれば、気になるなというほうが無理だった。


その夜、博志は布団に入ってすぐ眠りに落ちた。しかし午前二時を少し過ぎた頃、急に目が覚めた。理由は分からない。ただ胸がざわつき、部屋の空気が異様に冷たかった。


そのとき——


トン…トン…トン…


乾いた木を叩くような音がした。


隣の家のほうからだ。


博志は息を呑んだ。耳を澄ませると、次は別の音が聞こえてきた。


ギィ…ギィ…


何かを引きずるような音。


博志は布団の中で固まったまま、朝が来るまで一睡もできなかった。


次の日、学校で友達になった石田陸いしだ りくに昨夜の出来事を話すと、陸の表情は一瞬固くなった。


「本当に聞こえたのか?」


「うん。」


陸は図書室へ博志を連れて行き、司書の佐藤先生を呼んだ。


「先生、隣の赤い屋根の家のこと、知ってますよね?」


その言葉を聞いた瞬間、佐藤先生の顔色は青ざめた。


「……あなたたち、博志くんの家は、あの家の隣なの?」


「はい。」


佐藤先生は小さくため息をついた。


「なら、覚えておきなさい。あの家については、軽々しく話してはいけないわ。」


そして語り始めた。


「昔、あの家には中村羅之なかむら らのという木工職人の家族が住んでいた。妻と、さくらという名前の小さな娘さんがいたのよ。家族仲も良くてね。」


しかし先生の声は徐々に暗くなっていった。


「ある夜のこと。午前三時頃、村の人は家から悲鳴と物音が聞こえたと言うの。でも、数分で静かになった。朝、心配した隣人が家に行ってみると……。」


「……どうなってたんですか?」博志が聞いた。


「誰もいなかったの。争った形跡も、血も、遺体も、足跡すらも何もない。家族三人、跡形もなく消えていた。」


陸が唾を飲んだ。


「それから毎晩、決まって午前二時か三時に、音が聞こえるようになった。木を叩く音。何かを引きずる音。中村さんが作業している音だって言う人もいれば……。」


「足音だという人もいる。」佐藤先生は言葉を切った。


「……家族を探して彷徨う誰かのね。」


博志の背中に寒気が走った。


その夜、午前二時過ぎ、博志はまた目を覚ました。


だが今日は音はしない。


静寂。


少し安心して息を吐いた瞬間、カーテンの向こうに 影 が映った。


細長い影。人のような、けれど形が歪んだ影。


影はゆっくりと首を傾けた。


——こちらを覗き込むように。


博志は震える足で窓に近づくと、影は霧のように消えた。窓を開けて外を見ると、隣の家は真っ暗。しかし屋根の赤い瓦だけが……


濡れていた。


雨は降っていないのに。


次の夜。博志はついに確かめることを決め、懐中電灯を持って家を抜け出した。赤い屋根の家の庭に足を踏み入れた瞬間、空気は一気に冷え込み、息が白くなった。


古い桜の木は、枝を垂らして家を覆うように広がっている。まるで何かを守っている、あるいは閉じ込めているように。


博志が家の扉に手を伸ばすと——


トン…トン…トン…


家の中の 壁 から音がした。


「だ、誰かいるの……?」


音は止まり、代わりに——


ギィ…ギィ…


今度は屋根裏から。


博志は震えながら扉を開けた。重く湿った空気が流れ出る。家具には白い布がかけられ、ほこりが舞った。


懐中電灯を向けた先、小さな屋根裏への扉がゆっくりと……


カタ……カタ……


震え始めた。


そして突然——


バンッ!


扉が開き、中から一本の 異常に長い腕 が伸びてきた。


青白く細い、爪が黒く変色した腕。


ついで、もう一本。


そして、歪んだ首と黒い眼窩の顔が現れた。


「……さくら……どこへ……?」


しゃがれた男の声。


博志は叫んだ。


「中村さん……ですか……?」


その瞬間、化け物はぴたりと動きを止めた。


次の瞬間——


ドタ…ドタ…ドタ…!


不自然に折れた足で床を叩きながら、異様な速さで博志へ近づいてくる。


博志は転び、懐中電灯を落とし、真っ暗な中で手探りでもがいた。


暗闇の中、手の甲に何かが触れた。


細くて柔らかい……


子供の髪の毛。


博志は悲鳴をあげて家から逃げ出した。外に飛び出して振り返ると、家はただの静かな空き家に見える。


けれど赤い屋根には、べったりと 黒い手形 が付いていた。


その手形から滴り落ちていたのは、雨水ではなかった。


どす黒い血だった。

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