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【常世の君の物語】No.14:異朱  作者: 百字八重のブログ


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第3話:市

歌丸の一家と過ごす夜は楽しかった。

歌丸と一緒に風呂に入り、一家とともに食卓を囲み、布団に入っては夜話で盛り上がった。


翌朝、起きてみると既に太陽が真上にのぼっていた。

「ずいぶんとお寝坊さんね。顔を洗ってらっしゃい。お昼にするから」

歌丸と二人、ねぼけまなこで縁側に座っていると、空蝉が笑ってそう言った。

「良太は?」

歌丸が問う。

「もう裏よ」

と空蝉は短く答えた。


一晩経って、歌丸の足は驚くほどの回復をみせていた。

「もう一人で歩けるの?」

異朱はまじまじと歌丸の足を見た。

「日ごろから訓練しているからね、傷の治りも早いんだ」

と歌丸は説明した。

歌丸の一族は「忍」だという。

昨日受けたその説明が、まだ腑に落ちない異朱であった。


異朱が忍の村を後にしたのは、それからすぐのことであった。

空蝉は最後まで引き留めていたが、それを振り切り歌丸と二人、村の門を出た。

一人残してきたおばあが気にかかったし、そして何より、これ以上ここにいたら何か大きくて生暖かいものに包まれて死んでしまうのではないかという気がしたからだった。


「なぁ歌丸、時間もあるし、町の市にでも行ってみないか。案内してくれよ」

異朱がそう言ったのは、なんとなくこのまま歌丸と別れてしまうのが物寂しく感じられたからだった。

「いいよ、市には色々な物が売られている。見ているだけでも楽しいと思うよ」

先を案内しながら、歌丸ははずむ声である。

そんな歌丸の背中を眺めながら、異朱は初めて出来た友達というものにくすぐったさを感じるのであった。


山道を抜けて人里に出ると、ほっと安らいだ気持ちがした。

帰ってきた、という心地がする。

おばあのことは気にかかったが、ここからなら市の方が近い。

二人はそのまま市に行くことにした。

人が5人は通れる幅の大通りに出ると、とたんに人の数が増した。

市が近いのだ。

凍てつく寒さだというのに、市の方から来る人々は、どこか笑顔をたたえているように見える。

彼らを見ている異朱の心も、だんだんと湧き立ってきていた。

やがて大通りの両脇に家屋が増え始め、町に入ったのだということが分かる。

市は町の南端にあった。

そのつきあたりには大きな慈念寺という寺がある。

市はその門前で開かれているのであった。


こう寒いと皆、人を求めるのだろうか、市は大勢の人でにぎわっていた。

どこからこんな多くの人が集まったのだろうと、異朱は思った。

大きな枝を3,4本地面に突き立て、その上に布をかぶせた簡易の小屋が道の両脇に並ぶ。

その中には大体大人の男や女が一人か二人うずくまっていて、足元に品物を並べていた。

季節柄、商品は傘や蓑、刃物や干し物が目立つ。

そこここで店の者と往来の者のやりとりする声が飛び交っていた。

「ずいぶんとにぎやかだな」

異朱が高揚した調子で言う。

「一種のお祭りみたいなものだからね、みんな人が集まって楽しいんだよ」

と歌丸は慣れたふう。

「とりあえず寺の方に歩いて行ってみようよ。寺に近づくほど、商品の格が上がっていくんだ」

「へぇ」

こうして歌丸と異朱は、人込みの中を二人して、慈念寺の方へと歩いて行ったのであった。


寺の方へと歩いていくと、なるほど、小屋の作りが変化してきた。

市の入り口の方ではまるで物乞いの小屋のような有様であったのが、寺の近くにもなると丈夫な角ばった柱に板の屋根と棚をこしらえた立派な小屋が立ち並んでいた。

「へぇこりゃあたまげたなぁ」

思わず異朱が口に出す。

「寺に近づくにつれて、客の格も上がっていくんだ」

見ればなるほど、それまで色あせた衣の上に蓑をかぶった人が多かったのが、鮮やかな衣を何枚も重ねた身なりのいい人が増えているのであった。

普通に生活していては知り合うことのない人々とすれ違うことのできる市というのは、なんとも不思議な空間であると、異朱は思った。


寺の門が見えてきた。

「もう市の端まで来てしまったな。引き返そうか」

と歌丸が言った時だった。

ひとつの小屋が、異朱の目をとらえた。

それは市の端に位置しており、つまり一等格の高い商品を売っている小屋であり、およそ異朱とは縁の無いもののように思われた。

しかしその小屋の前に立っていた釣り目で長身の男と目が合ったのだった。

異朱は歌丸がいぶかるのも置いて、その小屋の方へと歩を進めた。

小屋には、土の色をそのまま表したかのような器や、色とりどりの布が売られていた。

「おや、坊ちゃん、お目が高い。それは備前焼きという。その名の通り、備前という国のものだ。備前を知っているかな」

釣り目の男は目を細め、笑顔のまま話しかけてきた。

「いえ、知りません。遠いんですか」

異朱は、自分でも阿呆な問いをしたと思った。

しかし男は柔らかい口調で異朱に続けた。

「備前は遠いよ。京の都の西の方にある国だ。一年を通してとても暖かな日が続く、恵まれた国でもある」

「へぇ」

見ると歌丸が身を乗り出して男の話を聞いていた。

「坊ちゃんがた、どうぞ器を手に取って見てやってほしい。どうもこの辺りの人は遠慮してか小屋に立ち寄ってくれない。一等地に店を出したはいいが閑古鳥でね、さみしい思いをしていたんだ。あ、でも布には触らないでおくれ、汚れちゃいけないから」

歌丸と異朱はぱあっと顔をほころばせ、おそるおそる器に手を伸ばした。

持ってみると、ざらざらした地面そのもののような触感である。

「この器はね、土の風合いを楽しむものなんだよ。それに固くて強いのも特徴だ」

男は横で朗々と語る。

「俺たちには一生縁の無いものだな」

異朱はそう言いながら、両手の中の土色の器を見つめた。

「そうだね、でもなんだかあったかいね」

器を指でなぞりながら、歌丸が言う。

「うん、あったかい。そうだな、あったかいな。なぜだろう」

二人の静かなやりとりを釣り目の男が見守るように聞いている。

そこへ近づく影があった。

「こんな餓鬼どもに品物の良さなんざ分かるわけはないだろう」

と、だみ声が降ってきたかと思うと、異朱は頭に大きな衝撃を感じていた。

誰かが異朱を思い切り殴ったのである。

異朱はその場に倒れこんだ。

両手の中の器を見ると、なるほど固いと評判の器だ、傷一つついていない。

「何をするんですか!」

歌丸の叫び声が聞こえた。

見ると釣り目の男よりも大きな男が、のっそりと満面の笑みで立っていた。

「はっ。餓鬼が偉そうに」

と吐き捨てる。

「失礼ですが、あなたは」

と釣り目の男が慌てる風もなく男にたずねた。

「俺は元太だ。慈念寺傘下の田畑を任されておる。ここいらで俺を知らねえ奴はいねえ」

いきなり我が身に起こった理不尽に、異朱の内から激しい怒りが湧き起こった。

「駄目だよ、異朱」

そんな異朱の心境を理解してか、歌丸が身をもって制す。

「その怒りは後のためにとっておくんだ」

男に聞こえないように、歌丸が異朱に耳打ちする。

食いしばった歯の隙間から、熱い息が漏れてゆく。

「ここはお前らの来る場所じゃねえ。さっさとどっか行っちまえ」

拳を振り上げ元太ががなる。

歌丸と異朱は店の棚に器を戻すと、釣り目の男に礼をして、逃げるようにその場を後にした。

覚えておけ。

元太に殴られた箇所がじんじんといつまでも頭に響いて、それが内から湧いてくる熱に呼応し、体中をかけめぐるほどに激しく暴れまわるのを、異朱は必至におさえて耐えるのであった。


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