異世界にて開門する
(面倒なことになった……)
急遽ヘリコプターに乗って島の国に訪れようとしているアロンソ外交官は、面倒に巻き込んでくれた自国を罵りたかった。
転移事件の混乱で国内の監視が緩んでいたため、過激グループの行動に気が付いた時には、その武装集団は島の国に向かった後だった。
そのついでに、どうも最近別の活動家達も島の国に向かった後らしいという情報が齎され、アロンソには頭痛をプレゼントしてくれた。
予定外だったのは後者で、前者は予定調和だった。
監視が緩んでいたというのは単なるストーリーであり、ルラノーア国は過激派達の行動を知った上で放置していた。
その後、雑多な拳銃で武装した過激派が島の国で暴れ、困り果てたところで手を差し伸べる予定だったのだ。
しかし、後々訪れた活動家達も護身目的の拳銃で武装をしていることが発覚。
両者の火力は差がないことも分かっているし、過激派は口だけ達者の素人集団で軍事訓練を受けていない。そのため下手をすれば、過激派が致命傷を負って事態が鎮静化することも考えられた。
結果、確認を行う必要があったルラノーア国はアロンソと武装した軍人達を派遣して、今現在に至っていた。
ただ事態は島の国にとっても、そしてルラノーア国にとっても最悪だった。
『ああ……外交官殿。海岸で虐殺が起きてます。殺されている側は……服から判断すると恐らく自国の人間です』
「なに⁉」
ヘリの副操縦士が、軍人らしく起こっていることだけを正確に伝えた。しかし、ヘッドセットからその声を聞いたアロンソは、一瞬何を言われたか理解出来なかった。
侵入した二つのグループは拳銃で武装しており、決して虐殺という単語を受ける側ではない筈だった。
しかし事実だった。
「ああ、どうもどうもアロンソさん。残念ながら何事も上手くいかないものですね」
慌てて海岸に降り立ったヘリコプターから、アロンソや兵士が出てきても、その場にいた白石は平然とした顔で出迎える。
場に相応しくないだろう。
十人ほどいる武者達の刀からは血が滴り、地面にはルラノーア国の人間だった肉塊が男女問わず転がっている上に、未だ彼らからは血が流れている。それが五十人もいるのだからまさに惨劇としか言いようがない。
「これはいったいどういうことですか⁉」
「近くの漁村の子供を連れ去ろうとしてましてね。現行犯だったので法を適用して殺しました」
「ですがこれはあまりにも!」
「まあ……価値観の違いとしか言いようがありませんね。子供が連れ去られたのなら親も子も、人生を殺されたに等しい。ならば行った者は死ななければならない。少なくとも島の国ではそう考えられています」
血相を変えたアロンソに対し、普段の緩い雰囲気が全くない白石が淡々と答える。
「ああそうだ。多分、他の集団だと思いますがもう五十人程やって来て馬鹿騒ぎをしたので殺しています。遺体を全て引き取られます?」
「……はい。白石大王……」
「どうしました?」
「……大事になりますよ」
「そうでしょうね。大統領にお伝え出来ますか? 出国管理はもう少し厳重にした方がいいと思います。と」
遺体の回収に同意したアロンソはこれから起こる騒動を警告した。一方、白石も白石で言いたいことがあり、故意だろうが手抜かりだろうがどっちでもいいと伝言を頼んだ。
この事件は瞬く間にルラノーア国で燃え上がる。
到着前のヘリコプターから撮影された、今まさに殺されようとしている同胞。倒れ伏す亡骸。流れ出る血。
帰ってきた亡骸。泣き縋る遺族。生前の人柄を語る者達。
その全てがあらゆる情報媒体に乗って人々の目に焼き付く。
そして少しの欺瞞も。
『漂流した民間人。島の国で虐殺される』
正確な情報は歪められて、偶々島の国に流れ着いた民間人が虐殺されたという事実にすり替わる。
そして国民が望んだのなら、選挙で選ばれた政府も動かないわけにはいかなかった。
数週間後、島の国の海岸はルラノーア国の兵士約五万人で溢れていた。
「どうもどうも。万単位の人間が訪れるって話は聞いてなかったんですけど、なにかありましたかね?」
それに対し出迎えた白石は数人の護衛を従えるだけであり、どこまでも自然体だった。
「白石氏に対し、虐殺事件に関する逮捕状が発行されております。ご同行お願いします」
そんな白石に対して、スーツ姿の人間が兵を後ろに待機させながら白石を逮捕すると告げた。
「ふうむ……よく知らないのですが逮捕は他国の人間が他国に乗り込んで出来るものなのですか? とりあえず入国拒否ということで構いません?」
「我が国はそちらを国家として承認しておりません」
「ああなるほど。そう言うことですか……国交を結ぶって話の筈だったんだけどな……」
すると白石は、国の主として当たり前の拒否を示したが、スーツ姿の人間は表情を変えることなく予定通りの対応をする。
流石のルラノーア国も、白石がすんなりと受け入れないことは理解していた。しかし、現代の兵器を直接見ているのだから押せば引くと判断され、何を言われようが居座り既成事実を積み重ねることが結論されていた。
「建て前がないと行動出来ないのは大変だねえ」
白石が遠慮を捨てて口調を変える。
普段は朗らかに笑っている男だが、今は皮肉屋という言葉が相応しい雰囲気で、唇の端も呆れを帯びた笑みの形だ。
「そちらの本で宣戦布告ってのがあると学んだんだけど」
「とんでもない。これは軍事作戦ではありませんし、宣戦布告は国家に行うものです」
ふと思い出したように白石が言葉を発すると、近くでやり取りを見守っていた軍の責任者である中将が一歩前に出る。そしてあくまで軍は逮捕に付属する護衛であり、そもそも国家として認証してない存在に宣戦布告をするはずがないと否定する。
だが微妙に勘違いが含まれていた。
「うん? ああなるほど。そっちの話じゃなくてこっちの話。書くから少し待ってくれる?」
「書く?」
「宣戦布告文書。星熊君、悪いんだけ牛に括りつけてる荷物から筆やらなんやら持ってきてほしい」
「はい大王」
勝手に話を進める白石は護衛に頼んでから、再びルラノーア国に視線を戻す。
「そう言えば、これまた本じゃあ、捕虜の取り決めとかしないで戦争するのっては野蛮みたいな感じを受けたんだけどどうする?」
「ですから戦争ではなくてですね」
「ああ了解了解。なら次に話を持ち掛けても、やっぱり人殺しの犯罪者と交渉をしない。責任者を逮捕する。って感じかな。もっと単純に行こうぜ。外聞が悪いし法律的に戦争を仕掛けるなんて出来ませんと言えばいいじゃない。俺はそっちの方が好きだよ」
非常に砕けた口調でずっと話を進めようとする白石に、中将は彼の認識の違いを正そうとしたが無意味だった。
「大王」
「ああ、ありがとう星熊君。よっこいせ。えー、本日はお日柄もよく? は流石にないな。島の国はルラノーア国へ宣戦を布告する。うん。分かりやすい。はいどうぞ」
ついには紙と筆を護衛から受け取った白石が地面に座り、どう書いたらいいのかと少し悩んで単純な宣戦布告文書を完成させた。
しかしだからと言ってルラノーア国の面々が受け取るとは限らない。
「受け取ることはできません」
「君達側じゃこれは逮捕だものね。じゃあ上役に伝えてくれない? 宣戦布告されましたってさ」
「その必要を感じません」
「大いに分かるとも。そんな戦争なんて話にはしたくないよね。じゃあ仕方ない。君達の流儀に合わせて、許可なく侵入した犯罪者集団と戦争条約を結ぶことは出来ず、降伏や捕虜に関する取り決めも無理でした。と言ったところかな。え⁉ 戦時条約も結ばずに戦争を⁉ とか後から言わないでほしい。ルラノーア国の皆さん! 今現在、皆さんは我が国に無断入国した武装犯罪者となっております! このすぐ後、皆さんを殺しますのでそれが嫌な方は船に戻ってください!」
宣戦布告文書の受け取りを拒否した中将は、長々と話す白石を無視してスーツ姿の人間に目配せをする。すると彼らも頷いて、手続き通り白石を逮捕することにした。
「どうして隠してたんだ。知ってたら仕掛けなかったのに。みたいなアホなことは言わないでくれよ? 押し入り強盗が返り討ちにあった時にそんなこと言ったって笑われるだけだからね」
その白石の言葉のすぐ後、ぐちゃりという音が妙に響いた。
見せたら面倒ごとになるのが分かりきっているからこそ見せられなかったのだ。しかし、自国の地に遠慮なく入って来たお客様がいる以上はそんなことを言っていられない。
「確か……文民統制だっけ? 看板を愚民に統制されてますに変えた方がいいんじゃね? 政治のおもちゃには似合いの称号だと思うんだけどさ」
平然と話を続けている白石を守るように、彼から星熊と呼ばれた言葉通り熊のような大男がスーツ服の男の首に手を添えると、抵抗の暇なく頭を捩じ切ったのだ。
「え?」
溢れる鮮血に周囲一帯の人間が呆然とした声を漏らす。
なぜ人体がこうも容易く破壊されるのか。なぜ島の国の人間は当たり前の光景を見ているようなのか。
なぜ? なぜ?
なぜ白石の真後ろの空間が歪んでいるのだろうか?
「……さあやろうじゃないか! 」
白石が叫ぶ。
「英雄だ! 俺達を! 我々を倒せるのは英雄だ! 世界の滅びを知ったことかと! それがどうしたと! いいからくたばれと言ってのける者こそが俺達の敵なのだ!」
白石という名の戒めを解く。
異なる次元において平安時代最強、つまりは世界最強だった一角の者達をして完全に消せず、閉じるのが精一杯だった現象。地球世界に存在した地獄の門と並ぶ最大級の暗黒点。いつか世の滅びを齎すはずだった穴にして門。
「成し遂げたあいつらの様にやってみるがいい! あの極東で繰り広げられた世界存亡の戦い!」
世紀末に破滅を齎す筈だった暗黒門の名称が変じ、遠い異国の地でアンゴルモアとも認知された存在。
「田村麻呂が先駆け、秀郷と忠行が礎となった様に!」
恐怖の大王によって叩き起こされるだったアンゴルモアの大王。
「頼光が! 清明が! 俺を閉じたあの日の様に!」
百鬼夜行の原因にして元凶。
「開門!」
なによりかつて鬼門と呼ばれたナニカから。
「進軍せよ!」
『オオオオオオオオオオオオオオ!』
万の異形が現実世界に雪崩れ込んだ。
-暴力が解決の手段であることから目を逸らすのは愚かだが、絶対に勝てると妄信するのはそれ以下である-
平安の化け物(人間)
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