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撫でようとする手。払いのける手

 陰謀とも言えない稚拙な企みが行われている。


 ルラノーア国大統領府で、五十代ながら金髪碧眼で非常に整った顔立ちのブラウン大統領と、軍の責任者であるマーカスが向かい合っている。


「それで、保護は可能なのだろうね?」


「はい閣下。負ける要素があるとすれば、洋上で艦隊が隕石の直撃を受けた時だけでしょう」


 冗談めかしたブラウンの言葉に、マーカスもまた砕けた答えをする。


「提出された資料を確認しましたが」


「剣、弓、馬。我々、銃。我々、勝利」


「仰る通りです」


 大真面目な話をしようとしたマーカスだが、ブラウンが大昔前に流行した宇宙人のような片言で話すと、これまた大真面目に頷いた。


「少なくとも金銀の細工は確認されている以上、無資源の岩で成り立っている国ではない。欲を言えば石油があれば万々歳なのだがな」


 言葉にはしなかったがこのブラウン政権、多数の汚職が発覚してかなり支持率が落ちていた真っただ中に、異世界転移という途方もない大事件に巻き込まれていた。


 そのためある意味、この事件で窮地を脱してはいたものの、依然として危機的状況にあるのは間違いなく、なにか大きな成果を欲していた。


 それだけではなく、軍部も似たようなものだ。


「今度はしっかりと働いてくれ」


「はい」


 ブラウンの言葉でマーカスは顔を顰めそうになった。


 基本的に平和で周囲は友好的だったこの国は実戦など遠い昔のことであり、穏やかな時間に慣れ切っていた。


 そのせいで転移事件直後、高位の指揮官と連絡が取れない。スクランブル発進をするどころか担当者が飲酒。配置ミス。その他様々な、軍としての面子を保ていない事態が起こっていた。


 結果、市民や議員から役立たずと罵られ、軍はここ数十年で最大の危機を迎えていると言ってよく、目に見える成果が必要だった。


 そんなところに転がり込んできたのが、千年近い技術格差がある島の国だ。


「世論操作は?」


「可哀想な国を保護しなければ。支援が必要な弱小国家。このままでは他国に利用されてしまう。といったところでしょうか」


「よろしい」


 ブラウンの問いにマーカスが結果だけを淡々と伝える。


 ルラノーア国の全てが劣った国の確保を望んでいた。


 政界は支持率のために。経済界は利益のために。軍部は安全保障のために。そして民間は優しさという名の優越感のために。


「ひょっとすると民間団体の行動の方が早いかもしれませんが」


「はは。確かに」


 マーカスの冗談にブラウンが笑う。


 既にルラノーア国の民間では、島の国を助けるための団体が発足しかけており、保存食や衣類、毛布の類が集まっていた。


「そろそろ到着するかな?」


「はい閣下」


「あまり会いたくはないが、これも仕事の内か」


 時計を確認したブラウンにマーカスが頷いた。


 転移事件後、初めて訪れる一国のトップを迎えるため、ブラウンも組み込まれていた。


 しかしながら、野蛮な国の野良犬に噛みつかれるのではと心配しているブラウンは、出来れば副大統領あたりに丸投げをしたかった。


「それが終わったら支持率を確認しないと……」


 溜息を吐きそうなブラウンだが、この言葉の意味を白石が理解すれば彼も溜息を吐いただろう。


 言ってしまえば顔がよく誠実そうだからという理由だけで、党に担がれ大統領まで登りつめた彼は、政治的センスのない素人同然だ。そして政治に興味がない層や若者達の票を取り込んだはいいものの、結果を出せず今に至る。


 そんな彼にとって、野蛮で未開の国の元首が訪れて支援を乞う姿は格好の宣伝材料であり、どうしても直接会う必要があった。


 彼が下劣なのではない。


 劣った哀れな者を救って称賛される。それを好むのは知恵ある生物の性であり、逃れられない業に等しい。


 ただそれで救われる者がいればそうするべきなのだが……当事者が望んでいないなら話はかなり変わる。


「なにか武器の類や刃物を所持していませんか?」


 ルラノーア国が成立した当初、木の大机と呼ばれた土地を中心に活動したため、そのまま木の大机と呼ばれるようになった巨大な大統領府で、白石達は非常にまともな対応を受けていた。


「持っていません!」


 自信満々に答える白石を筆頭に、未開の文明人が短刀やらを隠し持っているのではと疑った職員達が、金属探知機を通る一行を注意深く観察している。


 警備を司る者達からすれば、転移事件が起こった忙しい時期に他所の人間を招くのは嫌だったのだが、【高度な政治的判断】で押し通されてしまっていた。


(まあ、意味があるかは分からんけど当たり前だわな。そういえば金属探知機だっけ? かね君は引っかからないよな?)


 これを警備上の必要な措置だと思っていた白石だが、武器ではなく肝心なことを調べられていないと、心の中だけで肩を竦める。


 特にミキなどは目をぱちりと見開いており、非常に新鮮な気持ちを味わっていた。


「それではこちらにどうぞ」


「どうもどうも」


 そして白石達は会談の行うための部屋に案内された。


 ◆


 その日、多くのルラノーア国の人間がテレビの前にいた。


『本日は転移事件後、初の首脳会談が行われます』


 国民が注目しているのは当然、奇妙な事件の後に初めて行われることになった首脳会談だ。


『ここで島の国について改めてご紹介しましょう。こちらが幾つか撮影された写真になります』


 ニュースキャスターの言葉と共に映像が移り変わり、外交団の一部が撮影した写真が紹介された。


 そこに映る人々は老若男女問わず薄汚く、田畑を必死に耕していた。


 勿論これは加工をされており、ご丁寧に汚らしく見えるような写真ばかりだ。


『やはり、随分と大変なことをしていますね』


『全て手作業ですか……』


 憐憫を感じた出演者達が、神妙な顔で映し出される写真を評する。


『文明レベルは我々の千年前、と言ったところでしょう。全て人力で行われており、科学のような言葉は存在しないように思えます。化学肥料や効率という言葉も同じでしょうね』


 招かれた学者が淡々と述べ、島の国が随分と遅れていると評する。


『それではもしよからぬことを企む勢力がいた場合……』


『単なるテロ組織でも、小銃を持ち込めばとんでもないことになるでしょう』


 常識的なことを言っている。言っているのだが、それを広めているのは非常識の分類に入るかもしれない。


 これを放送したことで、島の国は妙な理想に燃えている者達にとって理想的な国として認知された。


 つまりは正しいことをしているつもりなのに賛同者が増えず燻り、現体制に不満を持っている者達のことだ。そんな者達にとって劣った未開の国は、教化して理想を作り上げるのにぴったりでに映るだろう。


 しかも、理想ばかりを求めて現実を見ないから指示されないことを理解していない者達は、変なところで行動力がある場合が多い。


 そしてもっと悪いことがあった。


 ルラノーア国に派遣された、歪んだ拡大主義的を持つ国家の外交官がこの放送を見ていたのだ。


『ようこそ我が国へ』


『お邪魔させていただいております!』


 様々な説明や推測が行われた後、ついにブラウンと白石が会談を行い始める。


 この時点でルラノーア国国民の中で勝敗は定まった。


 長身で非常に整った顔立ちのブラウンに比べ、白石はにこやかな表情を浮かべているものの、覇気や威厳など欠片もなく、整っているとも言い難い。


 それだけでルラノーア国の人間は優越感を持ったのだ。


『奇妙な事態の最中ながら、こうして出会えたことを光栄に思います』


『こちらこそ!』


『島の国の方々は土の民を名乗られていると聞いています。なにか由来があるのですか?』


『ふうむ。なんと表現するべきか。敗残者? 厄介者? そういった類の意味ですね。あんまり面白い意味はないです。捨てられ、追放された様な者達が集まって我が国が作られました』


『なるほど』


 その優越感を補強することも白石の口から飛び出す。


 テレビを見ている者達が想像した島の国は、罪人の流刑地がいつしか国となったというもので、自分達の様なきっちりした生まれの者とは違うと思った。


『こちらの支援を喜んでいただければ嬉しいのですが』


『ええ、ええ! 情報提供だけありがたく受け取らせていただきます! 他は求めておりませんのでご理解ください!』


 侮り、楽観、願望。そのツケを払っているというべきか。


 劣る国の元首が支援を感謝するという構図を求めていたブラウンは、そうなるだろうという楽観のまま口を開き、きっぱりと否定されて固まった。


『階段をすっ飛ばすと碌なことになりませんからね。国民にも聞いたのですが、我々は今のままやっていこうと思います』


 その瞬間、ルラノーア国から見た白石は可哀想な国を治める者から変わり、国の利益の邪魔をする者。攻撃の矛先を逸らすために利用できる相手。なにより貧しい国民を我が身可愛さでそのままにしている、悪逆なる圧制者となった。


『我々は劣っているように見えるでしょう。野蛮に見えるでしょう。幼子のように見えるでしょう。しかしながらそうやって暮らしてきたのです。何もかもを壊す急激な変化は望んでいません。転移事件の直後、世界は変わらざるを得ないのに甘いことを、夢想を言っていると思われるでしょう。しかしながら……異なる次元から様々な世界が集まったのです。そんな国が一つくらいあってもいいのではないでしょうか』


 白石は暗に国家として自立しているのだから、依存先の都合で立ちいかない状況に陥る善意を押し付けてくるなと宣言したに等しい。


『という訳で平和にやっていきましょう!』


 そう締めくくった白石だが、無理なことは肌で感じていた。


 一度自分が正しいと信じれば、人はどんな馬鹿にも残虐にもなれる。そして思っている以上に操作されやすく思い込みが激しいのだ。


 ◆


「ふう……」


 針の筵というに相応しくなった大統領府から、殆ど追い出されるように去った白石は、案内されたホテルの一室で溜息を吐く。


 他国の元首を迎えるに相応しい格式を持ったホテルの部屋だが、白石の気疲れを癒すことは出来ない。


(何を言ったところで来るだろうな)


 白石はルラノーア国が島の国を保護……という名の侵略を仕掛けてくるのは決定路線だと感じており、回避は不可能だと判断していた。それに、白石個人もルラノーア国を、というか人間の社会そのものをあまり信用していない。


(まあ……そうだろう。過去は現地の人間の虐殺。最近は合わない政治体制の押し付けによる崩壊。結局、関心と理解じゃなくて利益と理想論を優先するからこうなる)


 白石はここ数日ずっと、ミキが案内の人間へにこりと微笑み、歴史を記した本がないかと尋ねたことで、易々と手に入れることが出来た本を片手に持っていた。


 そこには必然と言える過去の悲劇と、当然と言える最近の失敗が記載されており、中にはルラノーア国が一枚噛んでいる事態もあった。


(次は頑張ろうね。みたいな子供の遊びを大人が大真面目にするなら付き合えねえんだわ。少なくともこの世界で成功の実例が存在しないと頷けねえよ)


 子供の善意は微笑ましいが、ルラノーア国への依存しか齎さない善意に付き合えるはずもない。白石は自国が試験的第一号に選ばれることは断固拒否の構えだった。


「選挙、面白いことをしていますね。私は非常に好感を持ちました」


 考えが落ち着いた白石に、微笑みを浮かべたミキがルラノーア国の政治体制を称賛した。


 ただ、もしこの言葉を聞いたルラノーア国の人間は喜んだだろうが、続けられた解釈には唖然としただろう。


「最初は何を言っているのかと思いましだけど、一番力を持っている者が代表になるのは、どこも同じなのですね」


「……うん?」


 ミキがあまりにも単純な思考で導き出した答えを、白石は果たしてそんな感じだっただろうかと首を傾げる。


「金、権力、繋がり。全て力の内でしょう?」


「ああ、なるほどなるほど。確かにそう考えることも出来るなあ」


 続けられたミキの解釈に、白石は大きく頷いて同意した。


 縁がなかった政治体制を自分なりに解釈したミキは、世間に最も強い力を振るい、それによって自分を無理矢理でも選ばせることが出来た者が頂点に立てるのだと考えた。


「まあでも、私達はもっと分かりやすいですけど」


「ははははははは! 仰る通り!」


 その分かりやすい政治体制に比べても、島の国はもっと単純だと評したミキに、白石は心の底から笑った。


「それにしてもやっぱり、我が心の故郷はなかったかあ……」


 笑いの発作が収まった白石は話題を変え、どこか残念そうに。そしてほっとしたような顔になる。


「ちなみに来ていた場合はどうされます?」


「そりゃ恒久的平和条約一択!」


「色々やっちゃいましたからねえ」


「ま、まだ現象だった頃の話だから……アレだって倒せたんだからやっぱあの国おかしいって。藤原、源、加茂、安倍がいませんように……」


「ふふ」


 二人の思い出の中にある国を語り合ったが、白石は何やらトラウマを刺激されたようで頭を抱えて唸り始めた。


「そろそろ寝ましょうか」


「そうだね。明日も色々忙しいし」


 一通り話し終えたミキが促すと、白石も慣れないベッドに向かう。


「おやすみなさい。一番強い人」


「はははは」


 この日最後にミキから放り投げられた言葉に、白石は苦笑するしかなかった。


 ◆


 それから数日後、白石達はルラノーア国を離れることになるが、メディアの見出しはほぼ似たようなものだ。


『白石大王帰国。圧制は続くか』


『歴史の悲劇は繰り返される』


『島の国は他国に狙われている可能性が高い』


『農村部にはなんの権利もないと思われる』


 確定した事実ではなく売れる情報を求めている業界は、穏やかに暮らしているから見守ろう。などという発想を持たず、少しでも刺激的な文字と言葉を作り出す。


 別にそれが自国で完結するなら、趣味の範囲と言い換えてもいいのだが、やたらと行動的な者をその気にさせてしまう自覚はあっただろうか。


 事件が起こったのは白石が帰国して一か月後のことだ。


 偶然にもルラノーア国から、まずは支配階級打倒を掲げて平民の開放を目指す集団が五十人。


 次にそれを知らず数週間遅れて、善意から子供に素晴らしい国を触れさせてあげようと考えたグループが五十人。合わせて百人程が時期がズレて島の国に無断入国。


 武装集団による無差別な攻撃。子供を狙った拉致集団の活動。


 いずれも島の国の法では死刑である。

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