異国に上陸
奇妙な外交から数週間後。白石は海を渡って異国の地を眺めていた。
「なんと。なんとなんと。こりゃあ凄い」
故郷に辿り着いたルラノーア国の強襲揚陸艦緑一番は、千名程の人員で運用されているのだが、帰りに七名の人間が増えているのは想定外の事態だった。
その想定外を引き起こした島の国の白石大王は、異国の風景にただただ感嘆の声を漏らすだけだ。
「凄いよなあミキ。本当に凄いわ。金属の建物がいっぱいあるぞ」
コンクリートと金属で構成された港に降り立った白石は、準備された赤い絨毯の上を歩きながら出迎えられ、すぐ後ろにいた女に感想を伝える。
「そうですねえ白石さん」
かなり甘い声音が白石に返ってくる。
にこりと柔らかく微笑んでいる女は巫女装束を身に纏っている上に、顔立ちとスタイルもチハヤによく似ていたが、雰囲気は完全に真逆だ。
肩甲骨の辺りまで波打つ黒い髪はまるで水に浮かんでいるようにも見え、黒い瞳は慈母の如き優しさを湛えている。
きつそうに見えるチハヤとは全く別のタイプの美女であり、善も悪も等しく受け入れてしまいそうな危うい包容力を持ち合わせ、出迎えた者達の視線を釘付けにしていた。
ただ、更にその後ろにいる五人にも注目が集まっている。
白い布を纏っている男達は全員が筋骨隆々で視線も鋭く、今さっき人を殺したと言ってしまった場合、気の弱い者なら信じてしまいかねない気配を漂わせていた。
つまりは、どこにでもいそうな中年の白石は見るところがなく、先頭にいなければミキと呼ばれた女の方が高貴な生まれであると思われただろう。
「ようこそ我が国へ。外務大臣のレックスです」
「これはどうもご丁寧に! 島の国で大王をしてる白石です! こちらは家内の」
「ミキと申します」
「護衛の代表は茨木君ですので、なにかそういった類の打ち合わせがある場合は彼に話をしてくれると助かります」
「分かりました」
出迎えられた白石は朗らかに笑いながらミキを紹介し、更に後ろに控えていた人相の悪い大男が護衛の代表だと説明した。
「うわ、これが勝手に動く牛車かあ……なんか緊張してきたぞ」
そして白石は案内された黒い車にミキと乗り込むと、落ち着かない様子でソワソワと車内を見渡す。一方、微笑んだままのミキは落ち着き払っており、ここでもどちらの立場が分からない様相だった。
「それでは出発いたします」
「はい、お願いします! うおっ⁉ ミキ! 本当に牛がいないのに動いてるよ!」
「不思議ですねえ」
運転手の声に頷いた白石だが、いざ車が動くと驚いて目を見開き、首を左右に振って動く景色を確認し続ける。
「おお……」
アスファルトの地面。天高く聳える高層ビル。キラキラと光るガラス。巨大なモニターの中で動く広告宣伝。
それら全てが未知のものであり、文明とは進めばこれほどのものになるのかと、白石を心底感嘆させた。
尤も変わらないものはある。
『あの車列、ニュースでやってた未接触部族の代表を乗せてるのかな?』
『すんげえ遅れてる文明なんだろ?』
『電気もないとか』
『どんな顔してるのかな』
『保護してやらないとやっていけないぞ』
『えー、今慌てて動画を撮ってるんですけど』
『私らが行ったら敬われたりしてー』
『そりゃそうでしょー。携帯端末持っていったら神よ神』
憐憫、同情、興味、打算。そして何より優越感。
「ふふ」
車の中でミキがくすりと笑う。
「どうしたんだい?」
「いえー。人はどこも変わらないなーと思って安心しました」
「ははははは。そりゃそうさ。文明を築ける種は勝利してきた自負と余裕がある」
「ふふふふ。そうですね」
首を傾げた白石だが、ミキの言葉に笑みを浮かべると持論を口にした。
「そろそろ到着いたします」
それから暫し。
風景や人間を楽しんでいた白石達は早速軍の演習場に到着し、ルラノーア国の軍事力を見学することになっていた。
「事前にご連絡していますが、アサ国の外交官の方々も参加いたしますので」
「はい!」
白石は念のための説明を受ける。
アサ国とはルラノーア国がつい発見した国の一つで、なんとか火薬の時代に突入しようとしていたのに、転移事件に巻き込まれてしまった不運な国家だ。
そしてほぼ島の国と似たようなやり取りを経て、外交官を派遣することになり、ここでルラノーア国の軍事力を確認することにしていた。
実際、敷地に入ってすぐ白石は、かなり豪奢で目立つ洋服を着て、カールしている長い金髪のかつらを着た集団を発見した。
「どうもどうも! お話は聞いております!」
その集団。アサ国の人間に声をかけ一通りの挨拶を済ませた白石だったが、途端に彼らが気になっていることを尋ねられる。
「あ、あなた方もこのような文明をお持ちですか?」
「え? いえいえ! 武器なんて弓矢とか剣ですし、移動手段は徒歩が基本で偶に馬とか牛ですよ!」
アサ国の外交官から尋ねられた白石は、包み隠さず自国のことを教えると、彼らの目に安堵と侮りが浮かんだ。
火薬を用いた極めて初歩的な銃を運用しているアサ国は、先進的過ぎるルラノーア国の科学技術に圧倒されていたのだが、ここでようやく自分達より劣る存在を見つけることが出来て嬉しいようである。
それにアサ国の人間は、ルラノーア国の人間と同じく金髪碧眼が多く、どことなく親近感を抱いていた。そこへ黒髪黒目の人間がやって来て、更には自分達より劣っていることが分かったものだから、勝手に自国をルラノーア国寄りで上位の存在だと位置付けたのだ。
(下の奴がもっと下を見てなにになるんだ?)
勿論、そんなことはルラノーア国の面々も分かっていたのだが、彼らにすれば小人が背伸びをしている様な物であり、呆れと可愛らしさを感じさせるものだ。
「どうぞこちらへ」
そんな感情はさておき、島の国とアサ国の面々は軍人達の案内で、見晴らしのいい展望台のような場所に到着した。
「ほうほう。ミキ、あれはなんだろうね?」
「鉄の箱に見えますねー」
目を凝らす白石の視線の先には薄い茶色に塗られた物体が存在し、ミキはそれを鉄の箱と評した。
「手前の物は戦車、奥の物は多連装ロケット自走砲です。ご説明するよりも、直接ご覧になられた方が早いかと思います」
「なるほどなるほど」
軍人の説明に島の国の面々は興味を惹かれ、アサ国の外交官達はこれから何が起こるのだと怯えを宿す。
次の瞬間、世界が爆発した。
唸る戦車の主砲、解き放たれるロケットの嵐、そして空から現れ、地面に対地用のガトリングを発射する攻撃機。
「あ、あああああ⁉ 地面が⁉ そ、空から⁉」
アサ国の人間には何が起こっているか半分も理解出来なかったが、轟音と共に地面が爆発する上に、空からの攻撃は完全に未知であり、どう対処すればいいか分からない一方的なものだ。
彼らの頭の中では反撃もできず一方的に殺される自国の兵が、爆発と共に消え去る光景を幻視してしまった。
更に轟音は続く。
「ひいいいいいいいいいい! もうやめてくれええええええええええ!」
それらは未開の文明を震え上がらせるのには十分過ぎ、もう分ったからやめてくれと這い蹲って許しを請うのは当然だった。
だが白石の顔に浮かんでいたのは寂しさだ。
「これはまた……戦いで活躍する個人。英雄の類は廃れたでしょう?」
「ええ、そうですね。産業を発展させて国力を増し、強力な武器と優秀な兵が必要な時代です。英雄が戦場を支配するというのは、古代のお話になりました」
ぽつりと漏らした白石の言葉に軍人が肯定する。
火薬の時代に突入した時点で英雄の役割は終了してしまい、必要なのは突出した個人ではなく組織だった。
「個人的には寂寥を感じますが、国や時代としては正しいのでしょうなあ」
「はい」
再び白石がぽつりと漏らす。
そして軍人達の顔には、お前達の考えは古いどころの話ではなく、最早化石に等しいものだから、さっさと言うことを聞けという善意が浮かんでいた。
「綱なんかが見たらなんて言うかな?」
「……あの馬鹿がこの光景を理解できるとは思えませんな」
「ははははは。なるほどねえ」
「ふふふ」
護衛筆頭に話を振った白石は、知人に対するあんまりな評価に思わず笑ってしまい、ミキもくすりと声を漏らした。
それはどこか余裕がある行動であり、平然としている様子は周囲にいるルラノーア国の人間に首を傾げさせ……そして神経を逆撫でするものだった。
この数日後、白石達は大統領と面会するのだが、そこでも少々の問題を引き起こした。
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