農業&恋愛シミュレーションゲームで極めていたら攻略対象達にキレられた
「おれより肥えていて、品質の良いブタを育てきってるやつがトリュフを語るんじゃねぇ!!」
たった今、怒鳴られているのか叱られているのか、嫉妬か、負け惜しみなのか、愚痴なのか、判断がつかない口調で叱られていた。
リアルタイムで。
どういうことだろう。
ここは所謂電脳、電子とつく、フルダイブ型VRゲームの中だ。
やり込み要素を謳い文句に私は飛びついた。
生活系、農業、農林、酪農要素が大好物。
キャラクターや生物には高性能AIがプログラム済みなので、現実の人間のように会話できる。
感情も豊かで、という触れ込みのゲームだ。
その説明が出来ないんだけどね。
実は、私の目的は農業系だけであって、恋愛や人間模様を放置、否、やったことがない。
まあ、このゲームだけの話じゃない。
このゲームの農業関連はやり込みを謳うだけあって、発売されて3年も経つのに終わりが見えない。
色んな実績が追加されてきたが、まだまだアップデートで追加されている。
最近ではかぼちゃを黄金に育てる(熟練度MAX)だったのが最高到達だったのだが、アップデートにてカボチャのサファイアなんて品質が追加された。
後々ルビーとかエメラルドだってあり得るということだ。
このゲーム時間でいう年数の30年を過ごしてきたけど飽きがこない。
そうして、せっせとかぼちゃの品質を上げるためにタネを撒いていたり、水を上げようとスプリンクラー(ジョウロはもう卒業)を起動させ、よっこらせと太陽の方に体を向けた。
その先に人影を見つけて、怪訝に相手を見遣る。
「………………………………だれ?」
と、全く身に覚えがない。
「ブタの飼育とトリュフを担当しているケビンだ」
恐ろしく低い声で、人を何人かやってそうな顔を浮かべるケビンと名乗る男。
なんでそんなに殺意高めなのか。
「はいはい、なんのよう?」
ゲーム時間でいう30年間、こんなところに来た事がなかったのに。
もしかして、アップデートによる追加要素が?
それならば面倒だ。
今までの私の住民との交流はゼロに等しい。
現実世界と時間に当てはめても3年前にチュートリアルで会ったのが最初で最後。
「ブタについては別にもう聞くことも無さそうだし、トリュフもなあ」
トリュフ(最高レア度)をとっくに量産済み。
「もしかして色違いのが登場したとか!?」
食べ物にもアップデートが入ったからわざわざキャラクターを使って教えにきてくれたのかな、と寄る。
「いやー、トリュフって料理の使いどころ少なくて、もっとバリエーション増やしてくれないかなって思ってたんだ」
駆け寄りながらトリュフについての不満を愚痴ったら、まるでトマトケチャップを飛ばしたかのような顔と反発が相手から飛び出してきた。
「おれより肥えていて、品質の良いブタを育てきってるやつがトリュフを語るんじゃねぇ!!」
これはほのぼの牧場経営ゲームがいつの間にか、ギスギス牧場経営ゲームに変貌していた私の苦難の日常になっていったお話である。
と、いう回想が頭の中に繰り広げられたのだが、顔面になにか投げられて、後半へ続くというテロップも出来なかった。
「ぶは!なにっ」
地面を見るところりとしたノーマルなトリュフが落ちていた。
どうやら彼にトリュフを投げつけられたらしい。
「なんでトリュフ!?」
投げつけるのなら石とか、木の棒とかなのでは?
「おれがブタ農家だからだよ!」
「なら、ブタにしたらいいのに」
「ブタを投げつけられる農家は居ないっ」
「トリュフ担当のトリュフは良いの?」
「良いんだ。どうせおれのトリュフなんて一番品質が低いんだからな!毎年2位だしなっ!」
「もしかして毎年あるトリュフ大会のこと?」
このゲームには品評会がある。
日本では珍しいけど海外では割とある大会だ。
30年間ぶっちぎり一位なわけだから、彼が2位以下なのは、私が王者ゆえに。
「なんでそんなに怒ってるの」
と、ケビン(ブタ農家)に聞くと彼は顔を真っ赤にしていく。
「ある日やってきたぽっとでの新米農家に毎年一位を奪われるおれが周りから【ノーマルブタ農家】と思われてるからだ!」
「いやだって、あなた万年ノーマルなのは、そういう設定だからで」
ヒロイン、または主人公と並列して品質を上げていったらいつまでも彼と張り合わねばならなくなる。
「浅漬け攻略対象って呼ばれてるのはおれだけじゃない!覚えてろ!」
浅漬け?
私は彼の捨て台詞に疑問を浮かべながら、とんでもないサブイベントだったなと、かぼちゃの芽を確認しにいった。
今の時間って結構経ったから、きっとサファイア色なんだろうな。
次の日、ニワトリ(最高品質)の卵を料理する為に家に入ろうとすると新たなる刺客が立ち塞がっていた。
彼は手に卵とフライパンを持っていた。
え、なに?
また?
「誰?」
「ニワトリ農家のトリィだ」
「で、トリィはなにしに」
なんでこのイベント、スキップがないんだろう。
「お前に年間ニワトリ大会一位を取られ続けたお礼をしにきた」
「また品質の話?」
「ニワトリの話をするな!」
「いやいや!先に始めたのそっちじゃん!?」
いきなり逆ギレされて、思わず指摘した。
「お前は農業の話をするんじゃない。聞いていてイライラする」
「ニワトリという、農業の一角を担うやつのセリフとは思えない」
ハードボイルドのような、影の濃い表情を浮かべ、トリィから顔を背ける。
「昨日はケビンが世話になったらしいな」
「ケビン?」
「トリュフとブタだ」
「ああ、はいはい。チュートリアルキャラね」
「攻略対象キャラクターだ!」
「自覚ありの設定なの?」
「初めはなかったが、30年間の理不尽さに、プログラムが妬みで突き抜けたと皆、みている」
「そんなバカなこと……みんな?」
私はゾクゾクと悪寒に見舞われた。
「ああ」
トリィはにやりと邪悪に笑う。
おい、攻略対象者。
顔見ろ顔。
「この街に住んでいる奴ら全員、お前のことを待ち望んでるんだよ……!」
こいつ、ラスボスか?
セリフが一々悪党なんだよなあ。
はん!とまるでチンピラみたいな捨て台詞を吐いて彼は卵とフライパンを手に去っていく。
卵を投げつけられなくてなによりなのだが、何のためのそれらだったのかは謎。
すっきりしないから、次に会ったら聞いてみよう。
次の日は男ではなく、女だったので安心してたっていたら服の雪崩に襲われた。
(何が起こった!?)
「あんたが私の服を着ないから、いつまで経っても新しい服を作れないじゃない!」
説明と恨みを聞けば、彼女は唯一の服屋を営む夫婦の娘なんだとか。
「買いにこい!」
それだけ言うと服だけ置いていって、去られた。
農業をしたいんであって、私は服とかファッションなんて一ミリも興味が無い。
「服なんてこれで十分じゃん」
初期装備一択。
出荷をしながら、今日も今日とてプレイヤーは満足げに息を吐く。
鼻歌を歌いながら、畑仕事を続ける事にした。
今日も明日も明後日も同じことの繰り返し。
それこそゲームたらしめるもの。
どれだけ住人や、攻略対象が文句を言おうとプレイヤーは絶対にストーリーを進めないし、攻略対象を攻略しない。
「これ、体験版だからなぁ」