公爵令息は愛を手放す(後)
後編です。
ある嘘つき男の後悔。
4/8 改稿してます。
あの夜から二週間後。
アルマンドは馬を駆っていた。疾走するほどに、胸の痛みが少しだけ和らぐ気がした。
気がつくとリベラ国首都オルビアを臨む高台にいた。雨が降り始め、街は霞んで見えない。
「あの辺りに……タンクレーディ邸があったか。」
思った途端、視界が滲んだ。
頬を伝う熱いものを必死に拭っても、止まらない。
「俺は、最後まで嘘つきで男だったな。何が忘れるだよ……忘れてくれだよ。」
ベアトリーチェに最後の手紙を出した。色々な思いがぐちゃぐちゃになって、短い手紙になった。
『自分は忘れる。君も忘れてほしい』とだけ書いたが。
本当は忘れて欲しくない。
忘れられない。愛していた。
それなのに、失ってから気づいた。
もう会えないのに。
雨は止まなかった。
「雨だ、ただの雨だ。」
そう言い聞かせた。ずっと、そうやって生きてきたから。
「雨」は止まず、ついにアルマンドは地面に崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
次兄シジスモンドが亡くなった後、奴らが目をつけたのは成長してきた俺だった。
不自然なスキンシップ、熱を帯びた視線。吐き気がするほど嫌だったが、兄の二の舞は避けねばならなかった。
生き延びるため、俺は嘘をつき続けた。
奴らに抵抗できるように剣を握り攻撃魔法に力を入れ、毒に身をならした。できる事は何でもやった。笑顔で彼女たちを宥めた。
「早く家を出たい。」
それだけを願っていたからベアトリーチェ タンクレーディとの縁談は降って湧いたような幸運だった。
「タンクレーディ家の令嬢」という強大な後ろ楯を持つ領地付きの美しい令嬢。
密かに神に感謝した。『愛が無くとも大切にしよう』と箱入り令嬢の夢を壊さないように「夢の貴公子」を演じていた。
婚約者と一緒にいる時だけは不思議に心が安らいだ。そのまま何も気がつかず過ごしていれば良かったのかもしれない。
だが。いつからだろう。天罰だったのか。
「アル様」
と呼ぶ時の婚約者の少し熱を帯びた目が誰かに重ねていることに気がついてしまったのは。
自分に触れようとする婚約者の手が僅かに震えているのを見てしまったのは。
夜会である男を避ける婚約者に気がついてしまったのは。
可愛いベアトリーチェ、嘘をつくのが下手すぎるよ。それとも俺が嘘つきだから分かったのかな。
政略結婚だ。相手も呑み込む物があると頭では分かっていたけど。
それでも俺は盛大に拗ねたのだ。ベアトリーチェに俺だけを見て欲しかったから。
だから俺に寄ってくる女達と戯れた。
「アルマンドお兄様、私が可愛いのでしょう?政略の婚約者より。」
マリーアからベアトリーチェへの悪意を反らしたかったから笑って頷いた。
兄上は継承を早めるべく密かに動いていた。父を油断させる為にも毒婦達をこのまま懐柔しろとも兄からも言われていたのもある。
もっと早くからヴァネッサの悪意に満ちた微笑みに気がついていれば。
ベアトリーチェにまつわる悪質な噂が何処からきたのか調べていれば。マリーアの憎悪に満ちた眼差しを見逃さなければ。俺は馬鹿だった。
それでも、彼女だけは「本当の俺」を見てくれた。 小芝居をすれば呆れ、本音をぶつけてくる。 ……たったそれだけで、なぜか胸が熱くなった。
本心を伝える事は恐ろしくてできなかった。婚約者には俺への気持ちが無いと分かっていたから尚更。
「愛しているんだ、つれない姫君。僕の事だけを見つめておくれ」
これは本当。
「一番愛しているのは君だ」
これは嘘。君しか愛していない。
信じてはくれないだろうけど。
でもベアトリーチェ。
「私は真実の愛をみつけた」は言わなければ良かったと心底後悔したよ。君がモンテフェルト家の『真実の愛』騒動の話をする時、どんな顔をしていたか気がついてた?俺はあの男への想いを断ち切れない君を見て心底絶望したよ。
だから。『緑の瞳』を聞いてもなお「相手の形に沿うように愛の形を変えてよい家族になろう」「裏切らない」と言ってくれた君の言葉には嘘が無かったからとても嬉しかった。
早くあの二人を排除すれば君を手に入れられる。家族になれる。
次に会うときには君に本当の事を話して告白しよう
そう舞い上がったのが俺の痛恨の失敗だった。ヴァネッサの強欲、マリーアの俺への執着と性悪さを甘く見て足元を掬われた。
運命のあの日、俺を出迎えたのは君ではなく、金髪を結わずに流しヴェールを被ったビアンカ タリオリーニ嬢。ジュリアーノ タンクレーディ侯爵の愛人と言われる女だった。
不審がる俺は車中でヴァネッサ達の計画を初めて聞かされて己れの不明に奥歯を噛み締めたよ。間違いであって欲しいと直前まで祈っていた。
が、あいつらは決行した。
媚薬を飲んだ振りをしたビアンカ タリオリーニ嬢をマリーアが誘いだし、男達が待つ部屋に連れてきた所で全てが終わった。
父も計画に関わっていた事がわかり我がデサンティス公爵家の命運は尽きた。兄と俺は間に合わなかったのだ。
さらに下級貴族の令嬢達も被害にあっていた事が判明した。令嬢達は媚薬を飲まされて連れ出されて慰み者にされる。遊んだ貴族から金を取り、被害者の令嬢の家からも口止め料をださせる。それを父が主導していたのだ。
領地を譲り屋敷を売り賠償にあて、公爵位を返上する事でかろうじて兄上と俺は罪から逃れる事ができたんだ。
だが、失ったものは大きすぎた。
「……もう、会えない」
そう思う度に息が上手くできない。雨は激しくなり、土に塗れた拳から血が滲む。
早く本気で「愛している」と伝えていれば。俺を愛していなくとも君は真摯に聞いてくれただろうに。
ああ、あの男アルベルト モンテフェルトも同じ気持ちだったのだろうか。
◇ ◇ ◇
「お前が大切に守ってくれるだろうと思って黙っていたが。」
胸ぐらを掴まれ思いきり壁に叩きつけられた。マリーアと夜会に参加していた時にモンテフェルト小公爵に廊下に引きずり込まれたのだ。
視線で殺せるものなら殺したい、と言わんばかりに睨めつけられる。
「はっ。会うたびに私を睨みつけているじゃないですか、モンテフェルト小公爵?」
「あ?最近の貴様はなんだ?妾の娘やらと遊び回っているじゃないか?」
「婚約者公認ですが、なにか?」
ガキッ!頭のすぐ横に拳が振り下ろされる。全く嬉しくない壁ドンだ。
金が混じる緑の目で見据えられると魔力の圧が胸を締めつける。 これは何だ?
だが、俺も引かない。
魔力を全身に巡らせ、魔力を跳ね返した。そして緑の瞳を睨み返して言ってやったんだ。
「『家の為』とあの子を手放した貴方に今更何を言われる義理が?しかも彼女は貴方を避けているじゃないか。タンクレーディ家に認められた婚約者である私と違ってね。」
「クソッ」
アルベルトは悔しげに手を放した。
「ベアトリーチェを不幸にするなら、その時は手段を選ばず取り返す。忘れるな。」
◇ ◇ ◇
アルベルト モンテフェルト小公爵がヴァネッサたちの企みを暴きベアトリーチェを救ったと知った時、俺は負けたと思った。
近くにいられなくともあの男はベアトリーチェを守ろうとして、本当に取り返しに来た。今度こそあいつは何があっても手放さないだろう。
わかっていても辛い。苦しい。
明日には東方の辺境に立つ。
この世の女性はベアトリーチェ、君だけじゃない。それでも。今だけは。
アルマンドはとうとう泣き崩れた。
◇ ◇ ◇
「アルマンド。行くのだな。私も後始末がつき次第、合流する。彼方で待っていてくれ。」
長兄エドゥアルドが幾分かすっきりした顔のアルマンドに声をかけた。
「はい。辺境で待っています。」
拳を合わせ、二人は誓った。
——デサンティスの名を、再び掲げるために。
オルビア市街を出てから、最後に一度だけ後ろを振り返る。
「……ベアトリーチェ、俺はやっぱり嘘つきだ。」
気持ちを伝えず嘘に逃げた弱さを。
君を守れなかった不甲斐なさと無力さを。
君を失った時の悲しみと屈辱を。
俺は生涯忘れない。決して逃げ出しはしない。次こそは大切な者を守り抜く。
だからベアトリーチェ、幸せに。
こうしてアルマンドは数人の供とともに東へ旅立って行った。
◇ ◇ ◇
その後、東の辺境で「白金のデサンティス隊」と呼ばれる一団が勇名を轟かせた。 その中心にいたのは、「西から来た者」――アルマンド・デサンティス。
炎のように勇猛で、決して後退しない男。 彼は生涯、「守り抜く」という誓いを果たし続けたという。
アルマンド編、お読み頂きありがとうございます。
Inspired by Maneskin
THE LONELIEST