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令嬢は攫われる

本編最終話です。

 

 今日は新しい婚約者との顔合わせの日。早朝から起こされて侍女たち総出で身体中を磨き上げられている。リモネの改良が忙しいと自分に言い訳し、ベアトリーチェは釣書も姿絵も目を通さなかった。結局、抗えない現実に向き合うのが恐ろしかったのだ。


 「ええい、腐っても私はタンクレーディ家の女。軟弱野郎でもあんぽんたんでも浮気野郎でもこの美貌と頭脳で夫を操ってやるわ!」


 気合を入れ直すと、侍女たちが優しく声をかける。


「姫様、お美しいですわ」

「侯爵様とクラウディオ様がお探しされた方ですもの。素敵な方に決まっていますわ。」

「例え愛人がいたとしても姫様の魅力で寵愛を奪ってしまえば良いのですよ。」


 と励ましながらドレスを着せ、念入りに髪にブラシをかけて金髪に艶をださせ、身支度を整えてくれる。


「ありがとう。頑張るわね」


 ベアトリーチェは鏡に映った自分を見つめた。スクエアカットの衿の濃い緑色のドレスにエメラルドのネックレス。忌々しいが緑尽くしである。いつもより艶やかな淡い金髪がきらめいている。あえて髪型はハーフアップにして長い髪を流した。鏡の向こうの自分に微笑む。


 すっとした鼻筋、少し垂れ目がちな大きな目に輝く碧い瞳。少し小柄な細身の体形で幼く見えるけど私はまだ17歳、伸びしろはあるわ。


 (大丈夫、私は美しい。私は賢い。居場所を作るためにどんな事でもやってみせる。)


 (そうよ!跡取りを産んだら自由に過ごせる。男は何も()()()だけじゃないのよ、ベアトリーチェ!)


 それでも。手が小刻みに震えるのは止められなかった。


 ◇ ◇ ◇


 中庭に降り立つと、兄クラウディオと背の高い黒髪の男性が話していた。その男性が振り向いた瞬間、ベアトリーチェは息をのんだ。


「アル...ベルト様...?」


 緑の瞳の持ち主――アルベルト・モンテフェルト。兄の友人で、子供の頃から慕っていた人。でももう結婚しているはず...


「やあ、ベアリーチェ姫。久しぶりだね。」

「アル様……アルベルトお兄様?どうして...」

「小さなお姫様が立派な貴婦人になったね。そして美しくなった。」


 私に微笑むアルベルト モンテフェルト公爵子息、いや小公爵だわ。


 改めて見るアルベルト様は、最後にお会いした時より背が伸びて肩幅も広くなっている。黒髪に、全てを見通すような濃い緑の瞳。少し日焼けした肌。以前は少し残っていた少年の甘さが消えて大人の男になっている。


以前よりずっと逞しくなっていたが、あの優しい眼差しと笑顔は変わっていない。ベアトリーチェの胸に、押し殺していた想いがこみ上げてくる。


 (ああ、なんてこと。私、貴族の女として義務として政略結婚を受け入れて、()()()を忘れると言い聞かせて生きてきたのに。ずっとアル様が好きで忘れられなかったのだわ。)


 ベアトリーチェは今更ながら自分の執着に似た想いを思い知らされて半ば呆然とした。


「リーチェ、ベアトリーチェ?どうした?おまえらしくもない。」


 兄が声をかける。アルベルト様から挨拶を受けたのに呆けていたらしい。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。恥ずかしい、私としたことが。


「失礼いたしました、モンテフェルト小公爵様。ジュリアーノ タンクレーディ侯爵が娘、ベアトリーチェ タンクレーディでございます。」


 ベアトリーチェは渾身のカーテシーをし、体勢を立て直す。


 (ちょっと待った、ベアトリーチェ!初恋の相手とはいえ何年も会ってない相手よ。アルマンド様みたいな浮気野郎に変わっているかもしれないし。愛人がいて『君を愛することはない』とか言うとんちきになってるかもしれないわ。


 しっかり見極めなくては。三度目の破談はごめんだし、蔑ろにされたまま嫁ぎ先で朽ち果てるなんてもっとごめんだわ。最後まで抗ってみせる!)


 エンリコに忠告を受けてもやはり妙な所で意地を張るベアトリーチェだった。そうそう人は変われないものである。



 兄に促されベアトリーチェは中庭のガゼポにアルベルトと二人、座っている。レモネの木に囲まれたガゼポからは過日、ベアトリーチェが魔力を込めた薄紅色の薔薇が今は盛りと見事な花を咲かせている。


 アルベルトは用意されたお茶に手をつけずにベアトリーチェをじっと見つめている。ベアトリーチェはなんだか面映ゆくて扇子で顔を隠してしまう。


 これだけは聞かなくては。


「アルベルト様、なぜ今になって?」


 「実は...」

アルベルトが静かに語り始めた。


残された長兄の婚約者と急いで結婚しなければならなかった事を。しかし。


「妻を亡くした。お産で...」


 アルベルト様は手で顔を覆った。


「妻は。セシリアはお産が重くてね。子ども諸共亡くなってしまった。」

「まあ、なんてこと。」

「その後もごたごたがあってね。」

顔を上げたアルベルトの目は昏い。

「私は心底思ったんだよ。何のために()()()()()()()を諦めたのだろうか、と。」


 そこでアルベルトはベアトリーチェを見つめた。その瞳には確かな熱があった。


「ベアトリーチェ。君のことはずっと気にかけていた。何度も夜会で君を見かける度に君は美しくなっていった。婚約者とそれなりに仲良くやっているようだったから、声をかけようとはしなかったけどね。君は僕を避けていたし。


 それでも諦められなかった。再婚の話もあったが断った。」


改めてアルベルトはじっとベアトリーチェの瞳を見つめて言った。


 「私は決めたんだよ。もし機会が与えられたら。今度こそ愛する人(ベアトリーチェ)を手に入れて絶対に離さないと。」


 ううっ。アルベルト様に押されて負けちゃいそう。でも駄目よ、ベアトリーチェ。いつ消えるかわからない愛より平穏な生活よ!


「アルベルト様。私、結婚に愛は求めていませんの。いつ失くなるかもしれない愛にすがるよりも平穏な生活がしたいのです。いっそのこと、世を捨てても良いと思うぐらいよ。」


 やはり無駄に強がるベアトリーチェにアルベルトは微笑んだ。


「そういえば()()()()は昔から平穏な暮しがしたいと言ってたね。」


 そうだったかしら?ベアトリーチェは首を傾げた。


 因みに国や領主同士の争いが絶えない昨今の御時世ではかなりハードルが高い条件なのをベアトリーチェはよく分かっていない。


「まず、ちょっとやそっとでは死なない体力と武力、たくましさだっけ?私は若い頃、身一つで諸国を放浪していたからどんな条件でも生き延びる自信があるよ。仕事を選り好みせずに君を養うと誓おう。」


 (うっ。アルベルト様、お兄様から聞いていらした?)


「放浪していた時はバイオリンを弾いて稼いでいた時もあったな。」


 (そうよ、アルベルト様のバイオリンはプロ裸足ですもの。それだけで食べていけるわ。)


「公爵の後継になってからは古狐の父や周りの貴族にしてやられないように必死で立ち回って今の地位を築いてきた。もう周りに良いように口出しはさせない。」

一瞬だけアルベルトの瞳が仄暗く光ったが直ぐにベアトリーチェへ悪戯っぽく微笑みかける。

 「古い事に囚われず新しい物を取り入れる柔軟さだっけ?最近、騒がれるようになった魔道砲は私が主導して開発した。モンテフェルト家の独自技術だから君達タンクレーディ家も含めた諸侯への切り札になるだろう」


 モンテフェルト家の魔道砲とは、これまでの機動性が悪く魔力や魔石を馬鹿食いする大砲と違い、持ち運び易く格段に少ない魔力で運用できる。魔導砲一つで強力な魔道士一人に匹敵する攻撃力を持つ。これまでの魔力が強い貴族や領主の攻撃魔法頼みの戦いを変えうるゲームチェンジャーと噂されている。


 条件がクリアされてしまった。アルベルト様を想って出した条件だもの仕方ないわよね。ベアトリーチェは肩を落とした。


「善き領主でありたいと願っている。なぜならば君の望む平穏には善き治世が必須だから。」

アルベルトはまだまだ熱を入れて語りかける。

 「そうそう。領民の日々の営みは実に興味深いし、私の政が滞りなく成されているか確認は欠かせない。変り者扱いされるけど邸宅の前に広場を造らせて市を開かせてね。広場を見下ろす部屋から民の様子を見ながら食事を取るのを日課にしている。」


 (領民の様子や他国の民の暮らしをご理解されたくて放浪をしたいとおっしゃっていたもの、当然よね。素晴らしいわ。)


「最後に。妻子を守りぬいてくれる頼りがいのある夫だが、これからの行いで判断して欲しい。生命ある限り君を守る。絶対に君を離さない。誓うよ」


 そこでアルベルト様が跪いた。

 緑の瞳が乞う様に見つめている。


「ベアトリーチェ。愛している。

 生涯をかけて貴女が望む平穏を捧げると約束する。そしてこれからの人生を貴女と共に分かちあいたい。結婚してくれないか。」


 エンリコ マリーノ(お祖父様)の忠告が脳裏に浮かんだ。(ベアトリーチェ、もう良いわよね。今こそが手を取る時。失ってはいけない。)


「ええ。アルベルト様。生涯を貴方と共に。平穏を成し遂げる為に私も貴方と共に戦うわ。今度こそ何があっても貴方から離れない。」


アルベルトは彼女の手にキスをした。


「永遠に。」


 ベアトリーチェの目から涙が溢れた。アルベルトはベアトリーチェの頬をつたう涙を拭いて、ようやく手に入れた愛しの恋人を抱きしめた。


 ◇ ◇ ◇


 アルベルトは騎馬でタンクレーディ家を訪れていた。馬車回しに連れてこられた馬は昔、アルベルトが乗っていたノーテネラ号の子どもだと言う。


 父馬そっくりな長い脚に雄大な体躯。艶々とした青毛に知性を湛えた穏やかな瞳。鼻筋に一際大きい流星を持つ見事な牡馬だった。


「メテオラというのだよ」


 そう言ってベアトリーチェにメテオラ号の鼻筋を撫でさせた。


「まあ、ノーテネラに似てなんてお利口なのでしょう」


 馬好きのベアトリーチェの顔が花の様に綻んだ。


「足も父馬に負けずに速くてね、少し乗ってみるかい?大丈夫、私が後ろで支えて上げるよ、昔の様にね」


 気がつくと侍女がベアトリーチェにフード付きマントを着せかけている。父と兄も出てきてメテオラ号を眺めて感嘆している。


「アルベルト、行くのか?」


 兄が声をかける。


「ああ」


 アルベルトはベアトリーチェの肩に手を回し、侯爵とクラウディオへ向き直った。


「タンクレーディ侯爵、クラウディオ。ベアトリーチェに一生をかけて守り抜くと誓いました。もう離れないとも。貴方方の姫君を頂いて参ります」


 タンクレーディ侯爵は一瞬、息を詰めた後に諦めたように笑った。


「そうだな。いつまでも手元に置いておくと()()横槍を入れたくなってしまうからな。くれぐれもタンクレーディ家の宝、我が娘ベアトリーチェを頼んだぞ」


 クラウディオは苦々しい顔でアルベルトを見た。


「アルベルト、あの時反対したことは俺は謝らないぞ。8歳の幼女と即結婚なんか許すわけないだろう!」


 ええ?そんな事があったの?

 ベアトリーチェが混乱している間にあれよあれよとメテオラ号に横乗りに乗せられ。気がつけばアルベルトはベアトリーチェを抱えて馬を走らせていた。


「愛する娘。儂らの事は心配しなくて良い。今度こそ幸せにおなり」


 最後の父の呼びかけだけがかすかに耳に残った。


 アルベルトの言う通り、メテオラ号の足は速い。風を切り裂くように進み面白いように風景が流れていく。

ベアトリーチェがぽつりと言った。


「私、緑の瞳に攫われてしまったのね」


 アルベルトは瞳を輝かせて笑う。


「予告はしただろう?君の大好きな吟遊詩人エンリコ マリーノの歌で」

「ふふっ悪い男だわ、アルベルト様って。いつの間にかエンリコも取り込んで」

「ははっ。それでもリーチェは私を好きなのだろう?」

「ふふふっ。」


 馬は駆ける、二人を乗せて。


 馬が駆けた後には花びらが舞い、二人の笑い声が残るばかり。馬が駆けた後には光が差し、咲き誇る野の花の道が続いた。二人を見た人々は花の女神が黒髪の冥府の神に拐われてしまったと長い間語り伝えた。


 こうしてベアトリーチェ タンクレーディは花嫁修業の名目の元、モンテフェルト公爵家に滞在しそのまま結婚した。生涯を通じてタンクレーディ家に戻る事はなかった。


 花嫁に遅れて届けられた花嫁道具は何台もの馬車を連ねて運ばれた。持参金の一つ、ブルラエルべの地から産出される薬草は長くモンテフェルト公爵家の財政を潤す事になる。


 アルベルトの誓い通り、二人は多少の波乱はあるものの概ね平穏に過ごし死が二人を分かつまで離れる事はなかったという。


 かつて銀髪の吟遊詩人は歌った。


 奪われた男は 馬を駆る

 愛しき人を  攫うため


 恋人を抱き  緑の瞳は

 心に誓う   全てを賭けて

 もう離さない 麗しき人


 後にこの歌「緑の瞳」が元になり歌劇が創作された。リベルタ国だけに留まらず周辺諸国でも人気を博した。今となっては遠い昔の話である。


最後までお読み頂きありがとうございます。これにて本編完結です。お粗末様でございます。

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。エンリコは、ベアトリーチェにとって、とても大切な助言や忠告をしていて、人生のメンターのようですね。そして、その言葉に素直に従ったベアトリーチェがとても印象的でした。 …
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