令嬢はふっかける
あらすじ回収回その二です。
ベアトリーチェは密かに観察する。父と兄は珍しく罪悪感を覚えて気弱になってる。絶好の機会だ!
「公爵家に償いをして頂いたとて。もう私の噂は社交界中に広まっていますわ。
複数の男を相手にする阿婆擦れ
婚約者持ち、既婚者を誘惑する悪女
私生児を産んだ
など。こんな悪評を持つ私がまともな所に嫁げるはずもありません」
ベアトリーチェは儚げに見えるように下を向いた。
「違うぞ、リーチェ!お前ほど美しく教養深く素晴らしい女性はいない。兄でなければ私が娶りたいくらいだ」
危ない兄の発言に思わず頭が上がる。
「それです、お兄様。お兄様のその発言からタンクレーディ家の兄妹は神の教えに背く禁断の関係にあるとも噂されているのですよ?アルマンド様への狼藉もお兄様の嫉妬から殺しかけたと言われていて、私もう身の置き場が…」
目にハンカチを当てる。涙なんてこれっぽっちもでてないけど。
「リーチェ、すまなかった。リーチェをそこまで傷つけていたとは。目配りができなかった父を許してくれ」
「リーチェ~」
ジュリアーノもクラウディオも涙を流す。さあ、今だ。瞳を潤ませて上目遣いで攻撃よ。
「お父様、お兄様。少しでもリーチェを可愛いと思うなら、少しでも憐れと思うなら。お祖母様の遺してくれた領地ブルラエルべで余生を過ごす事をお許しください。かの地でお祖母様とお母様を偲んで静かに暮らしたいのです」
決まった、と思ったが父と兄の表情が変わる。
「そんな、まだうら若き身で一人引き籠もって暮らすなど早すぎる」
「リーチェ、女一人平穏に暮らすなど難しいぞ。別の貴族や盗賊に襲われたらどうする?」
ち、そうきたか。
「ならば。修道院に入りたいです。お祖母様とお母様の冥福を祈りつつ静かに暮らしたいですわ」
父と兄の反応はいまいちだ。あれか?修道院への寄付金が惜しいのか?この業突張り共。
ベアトリーチェの蔑みの眼差しを受けて、おずおずとジュリアーノが言う。
「リーチェちゃん、修道院に入ったら父様にもクラウディオにも会うことが難しくなるよ」
「そうだよ!リーチェと会えなくなるのは寂しいよ」
それこそを望んでいますが何か?もう貴方達に利用されるのはごめんなのよ。
私を愛しているのだろうけど、二人とも政略や戦絡みになると息をするように私を利用するのよね。結局、政略〉〉〉〉肉親の情なのよ。
諦めずに瞳を潤ませて。
「お父様、お兄様。お兄様もいつかはご結婚されます。その時に私、新しい家族の方の邪魔になりたくないのです。」
「ハハハ、リーチェを邪魔にする家族など要らないさ」
クラウディオ兄様、その執着はなんなの?噂が本当かと思ってしまうわ。全力でこの執着から逃げたい。なんか目から光が消えてるし、怖いわ。
あ、もしかして抜け目ないお兄様が私の噂を放置したのは……。いやいやいや。今、深く考えてはいけない気がする。
「お家存続のために妻を娶り子を成すのは貴族の義務ではありませんか?」
しかし、二人は動じない。
「いざとなれば親戚から養子を取るから大丈夫さ。」
「そうだよ、リーチェちゃん。元々、我が家は傭兵だった曽祖父が興した新興貴族だ。最悪、存続せずとも構わないさ。ハッハッハ」
それで王家にも公爵家にも忖度せず政略に戦にあけくれてるのね。私では二人を止められない。
ああ、お母様が元気でいらしたら。本当に涙が零れてきた。
「お父様、お兄様。ベアトリーチェは、リーチェは普通の女です。お父様方と違って政争に戦闘に明け暮れるのも社交界で王侯貴族の女性方相手に社交をするのも向いていません。私、安心して平穏に暮らしたいのです。
ですからもう、お二人の政略であちこちに嫁がされるのは嫌。結婚なぞしたくない。お二人から離れて静かに平和に暮らしていきたいのです。」
話しているうちに嗚咽が大きくなり子どものように泣けてきた。恥ずかしいけどこの際だから言ってしまえ。
「リーチェは、もうお父様達の都合で離縁されたり、夫や婚約者が傷つけられたり殺されるのかと怯えるのは嫌なのです。もう貴族の娘としての義務は果たしました。田舎で静かに暮らしたい!修道院に行きたい!政略や戦は大嫌いです!」
二人ともなぜか戸惑ったように私を見ている。私を何だと思っているのかしら。
ベアトリーチェは知らない。
嬉々として吟遊詩人を諜報に使い、
社交界に於いては一筋縄ではいかない貴族夫人をも従わせてきた娘を妹を同類だと父と兄が思い込んでいた事を。
ベアトリーチェ自身の持つちからが故に使い潰されない様にと父と兄が牽制し、目が届く所に彼女を置き続けていた事を。
ベアトリーチェが泣き止むのを待ってクラウディオが言った。
「わかったよ。リーチェは平穏に暮らしたい。しかし政略が絡む結婚になるとそれが望めないから嫌なのだな。」
しゃくりあげながらも牽制する。
「第一希望は修道院です」
「うむ……」
ジュリアーノが困った顔をして考え込む。
「わしらもリーチェの顔が見たいし消息を知りたい。修道院はな…」
「遠方に嫁いでも同じではないですか。修道院では駄目なのですか?」
「しかし、儂らや儂らの領地に何かあったら修道院でもリーチェがどう扱われるかわからんし。」
一応、見境なく政争に明け暮れている自覚はあったのか。
クラウディオが言う。
「わかったよ。どのような結婚なら良いのか改めてリーチェに聞こう。私達は政略に生きているが可愛い妹には幸せになってもらいたい。本当だよ。どんな男なら良いのだ。父上と私で草の根わけても探してこよう」
ピクリ。ベアトリーチェは兄を見る。
「絶対ですね。」
「ああ」
「本当ですね」
「神にかけて」
「お兄様の神かけては信用ございません。少しでも違えたり既成事実でごり押ししたら修道院に行きます。それができなければ愛人作って私生児産みます」
お兄様はため息をついて両手をあげられたわ。
「勘弁してくれ。で、条件は?」
お父様は私と目があうと頷いた。
……勝った。よし、実現不可能な条件をふっかけよう。そしたら晴れて修道院行きだ。
「まずは、ちょっとやそっとでは死なない体力と武力を身につけている背の高い方で」
父と兄が頷く。
「このご時世、頭が弱いとあっという間にお家を傾けます。お父様やお兄様以上に政略ができる知性と強かさを持ち…」
「当然だ、それで?」
もうあの方とは結婚はできないのだ、なら言えるだけ言ってしまおう。同等以上の殿方なんて存在しないのだから。
「だからといってお父様達みたいに無粋では嫌です。音楽や芸術に造形が深くて。バイオリンが弾ければなお良いですわ。」
「「ん?」」
ジュリアーノとクラウディオが顔を見合せる。
「私、遠乗りが好きですから乗馬が私よりも達者な方で」
「「……」」
「諸国をお一人で彷徨っても生き抜けるたくましさがあり」
『クラウディオ、これは…』
『父上、おそらく…』
何かコソコソ話をされてるわね。
「いざとなれば力仕事も厭わず選り好みせず、古い事に囚われず新しい物を取り入れる柔軟さを 持ち」
「「……」」
お父様もお兄様も静かに頷かれている。
「分け隔てなく民と積極的に触れあう善き領主」
「実家がどうなっても妻子を守りぬいてくれる頼りがいのある夫、そんな人を望みます」
どうしたのかしら?お父様とお兄様が何だか生暖かい眼差しで私を見ているわ。
「リーチェ……そうだったのか。もっと早くに言ってくれれば。いやあの時はどう考えても駄目だな。でも今なら、大丈夫だろうか、うむ。」
「リーチェちゃん、お父様がピッタリの相手を探すよ。任せておきなさい!」
そうだ、忘れてはいけない。
「半年以内でお願いします。」
きつい納期なはずなのに二人は笑って頷いた。
「「それだけあれば十分だ!」」
妙に自信がありそうな様子が不穏だけど、そうそう条件を満たす方はいないでしょう。
これで平穏な生活が叶いそうだわ。半年の間に身辺整理をしましょう。念願の修道院生活まであと少し!
後半、パッパとお兄ちゃんの脳内にはジャンニ・スキッキ O mio babbino caroみたいな曲が流れている。
最後までお読み頂きありがとうございます。