令嬢はやさぐれる
あらすじ回収回です。
タンクレーディ侯爵令嬢 ベアトリーチェはやさぐれていた。荒ぶっているというレベルでそれはもうやさぐれていた。なぜなら、二度目の縁談が破談になったから。
今は愛せなくても家族にはなれそうだと思っていた相手。あんな形で破談になるなんて。
そもそも初めの結婚(ベアトリーチェは結婚経験者だった)は白い結婚だった。
当たり前だ、その時 ベアトリーチェは9歳だ。これで白くなかったら変態の鬼畜だ。お相手は32歳のペルザール伯爵。気弱な感じのおじさまで結婚式ではお父様やお兄様を見てはびくびくしていたっけ。
当時、タンクレーディ家は隣国の魔石鉱山を狙っていて同じく隣国と隣接するペルザール家と同盟と武力・物資援助のための政略結婚。夫とはずっと別居のまま5年。ベアトリーチェは亡き祖母から相続した土地、冷涼であるが有数の薬草生産地であるブルラエルべの地から支援物資を戦地や婚家に送っていたし、夫は父兄と前線にいたので。鉱山攻略完了後に円満離婚となった。たぶん。
16歳になり社交界デビューをすると男達が寄ってきた。バツ一とはいえ金髪碧眼のたおやかな美少女らしいし。なにより、絶賛勢力を伸ばすタンクレーディ家の娘。さらに祖母から相続した領地持ち。露骨に家の権勢と金目当てで寄ってくるものだから、純粋な乙女心は傷ついた。
残念なことに既婚者も婚約者持ちの貴族もやってきて隙あらば控え室に連れ込もうとするので怖くてたまらない。なんなの?デビューしたての初心な娘を結婚経験ありだからって弄ぼうとするなんて。王宮って獣の棲み処なの?
連れ込もうとした相手は攻撃魔法は使えずともビアンカ直伝の話術と父直伝の身体強化を用いた護身術で撃退した。後で強面のお父様がことごとく男達を制裁したと聞く。
頼みの貴族女性の方々は。いたいけな少女を庇うどころか軽蔑した眼差しで 見た。
「あの方ときたら、デビューしたてなのにあんなに殿方を誘惑して。さすが貪欲な タンクレーディ家。殿方お一人だけでは満足できないのね」
「さすが幼い時から結婚経験がある方は違いますわね。」
酷い。ずっと別居な白い結婚だ。まっさらな身体なのに、何人もの男と関係を持ったとか私生児を産んだとかあらぬ噂をされて。お母様がご存命だったらとこれ程強く思ったことはない。
社交界って魑魅魍魎の棲み処なの?
逆に情報収集して反撃して負けなかった。亡きお祖母様の領地ブルラエルべで拾った吟遊詩人 エンリコ マリーノ(度々、消息不明になるのが欠点だが)が実に良い仕事をした。
皆様、銀髪金眼の影のある美形がお好きな様だ。本命の彼女を放置した挙句に逆に放置されて傷心している情けない男のどこが良いのか分からないけど。「ハニートラップなんて本職じゃないのに」と愚痴りながらもエンリコが貰ってきたご令嬢ご夫人方の恋文やら聞き出した秘密のホニャララが良い取引材料になった。
後で同じく銀髪、灰眼で美男子なクラウディオ兄様がご令嬢ご夫人達を懐柔したと聞く。
デビューからしばらくして持ち込まれた次の縁談はまともに見えた。
アルマンド デサンティス公爵子息。おっとりしながらも上品な立ち振舞いはタンクレーディ家の男達にはない育ちの良さがうかがえたし、何より優しかった。しばらくしてから謎の小芝居をしだして、さらに女遊びを始めたけど。政略結婚だからそんなもんだと思っていた。
家族として平穏に暮らしていけるなら良い相手かもしれない。
調教しつつ仲を深め、あの方を忘れ向き合おうと改めて心に決めた所だった。
ある日、アルマンドと約束していた夜会の参加を突然取り止めさせられて以来、婚約者と会えなくなった。しばらくしてアルマンドからは手紙が一通届いた。その手紙には公爵家の事情で家を出て紛争の続く東方へ向かうとあった。末尾に
「どうか私の事は忘れてほしい。私もあなたの事は忘れる」
とだけあった。
風の便りに兄クラウディオが謎にぶちきれてアルマンドを半殺しにし、此度の破談となったと聞いた。デサンティス公爵家から賠償としてタンクレーディ侯爵家側に領地を割譲したと聞く。
この時のベアトリーチェは知らないが後にデサンティス公爵家は爵位を返上する事になる。
ずっとずっと貴族の義務と思い自分の気持ちを呑み込み続けてきた。政略の相手に誠実に向き合おうとしたのにあっけない形で縁は消えた。ベアトリーチェは今度こそ荒れた。
私のこれまでの努力はなんだったの?婚約者と向き合おうとすることは無駄だったの?
「お父様とお兄様は私に何をさせたいわけ?
私は戦や交渉の餌なの?囮なの?リーチェは可愛いとか言ってるけど、言うこととやっていることが全然違うじゃない!
もう引きこもってやる!いっその事、噂通り適当な男捕まえて私生児でも生んでやろうかしら?」
この不穏な発言を聞きつけて。
ベアトリーチェがちょっといいなと思っていた黒髪の護衛騎士イレネオは侍女と家族の連係プレーで速やかに配置変えとなる。
◇ ◇ ◇
父ジュリアーノの執務室に呼び出されたベアトリーチェはやさぐれ感満載だった。いつものたおやかで穏和な雰囲気は微塵もない。挨拶もせず腕を組み眼光鋭く紫檀の執務室机の向こうにいる銀髪灰色の瞳の父親ジュリアーノ タンクレーディ侯爵と兄クラウディオを睨みつけている。
「リーチェちゃん…」
「リーチェ…」
「お呼びと伺いましたがどの様なご用件でございましょう?私、次はどこに売り飛ばされるのかしら?」
「あっ、待ってリーチェちゃん、魔力が漏れてる!お願いだからパパの机に芽を生やすのはやめて〜!」
ジュリアーノは急いで机のあちこちから生えてきた芽を火炎魔法で燃やし、生えてこないように念入りに炎で机を焼き付けた。書類は燃やさないようにコントロールしているのは流石である。
『リーチェちゃん、やさぐれてるよ〜。リーチェの安全装置は戻ってきてないのか?』
『それが。また連絡が取れないのです。』
『あのジジイ、肝心な時に!』
愛娘、愛する妹からの言葉と魔法の攻撃に衝撃を受け動揺する二人。
「リーチェちゃん、誤解だよ!
デサンティス家との話はちゃんとした縁談のつもりだったんだよ。」
「お兄様が台無しにされましたよね。そのちゃんとした縁談を」
「すまない、リーチェ。」
即座にクラウディオが頭を下げた。
あれ?なんか思ったのと違う。
「お兄様、どういうこと?」
「デサンティス家の者がリーチェの不名誉な噂をばらまいていたんだ。あいつら斜陽の公爵家の分際で我がタンクレーディ家をなめくさりやがって!」
兄クラウディオが拳を作り呻いている。憤懣やる方ない様子だ。
「え?お兄様、あの私が複数の男と浮き名を流すとか、私生児を産んだという噂をですか?」
「そうだよ、あいつらデビュー前からリーチェを狙っていた。散々貶めてからリーチェを金蔓に使おうとしてたんだ、公爵夫人がな」
クラウディオは机を叩いて激昂した。そこに父 ジュリアーノがつけ加えた。
「さらに言うと、この間リーチェに参加を取り止めさせた夜会だな。あの時、デサンティス家の娘がリーチェを拉致して傷物にしようと企んでいた事が直前にわかった。それを知ってクラウディオが暴走してな」
「あのボンクラ、それに気がつかずに、のこのことリーチェを夜会に連れていこうとしていた。一時が万事だ。身内の動向も掴めず大事なリーチェを守る力がない奴は要らない!」
「賠償代わりにデサンティス家から領地を踏んだくってやったぞ。何、後妻と連れ子の娘をろくに躾られないボンクラ公爵より儂らの方が有効に活用できるさ。」
「ああ、可愛いリーチェがこんなに荒れてしまって。まだ生ぬるかったか。デサンティス一族諸共ぶち殺して豚の餌にするか、重石を着けて川に沈めればよかったか…」
狂戦士の血が荒ぶるのかだんだん話が不穏な方向に流れる。何を言ってるの、やさぐれたのは父と兄のせいだ!
しかし。デサンティス公爵家と戦になってはたまらないし、元婚約者がこれ以上傷つけられたり殺されたりするのは耐えられない。
慌ててベアトリーチェは言った。まずは荒ぶる狂戦士の暴走を止めなければ。このまま放置すればお兄様なら絶対にやる。本当に豚の餌にするだろう。
「わかりましたわ。私の名誉のためにありがとう、お兄様」
「リーチェ…」
兄は頭をあげ感動したようにベアトリーチェを見ている。
だからって容赦しないわよ、気合いを入れてベアトリーチェは父を見た。
「お父様。私 タンクレーディ家の一員としてお家の為に役立つ婚姻をするのは義務だと考えていました。私、初めの結婚と二度目の縁談で普通の令嬢の二倍以上の利益をタンクレーディ家にもたらしましたよね?」
「うむ。確かにリーチェちゃんには苦労をかけた」
「政略に戦に奔走する誰かさん達の代わりに領地のお仕事も手伝いましたよね、普通の令嬢と違って。」
「ああ、リーチェは頑張ったよ。大変に助かっている。」
「さらに言えばブルラエルベで私が育てた薬草は財政を潤しましたし、戦にも役立ちましたよね。」
「そうだね、植物魔法に長けたリーチェちゃんにしかできない事だよ。
ペルザール伯爵が感謝していたよ。リーチェちゃんの育てた薬草で作ったポーションで母君の受けた呪いが解呪できたと。」
さあ、勝負処だ。全ては平穏無事な生活のため。ここはなんとしても頑張らねば。もう政略結婚も政略の餌にされるのもまっぴらだ。波乱万丈で気が休まらない、政略と闘争が大好きな家族に振り回される生活からなんとしてもおさらばするのだ。知力を尽くし手段を選ばず頑張るのよ、ベアトリーチェ!
武者震いを抑え込み。俯いて儚げに声を震わせてしおらしく切り出す。
「お父様、お兄様。私、そろそろ解放されたいのです」
ベアトリーチェの一世一代の勝負。幕が切って落とされた。
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