攫われた後
小話です。
結婚後の二人。
攫われるようにモンテフェルト家に嫁いでからしばらくたつ。
日当たりの良いサンルームでベアトリーチェはため息をついた。
夫が甘い。甘すぎる。
眼差しが。声が。態度が。
元から優しかったアルベルトだが、モンテフェルト家に入ってからべたべたに甘やかすようになった。……実家でも父と兄は大概甘かったけど、溺愛慣れしてる自分がびっくりする位甘くて気がつくと一緒にいる。
隙あらばキスしてくる…人前でも。
いたたまれないから本当にやめてほしい。
一度、夫に「アル様は私のどこがよかったの?」と聞いた事がある。
「一目ぼれかな。リーチェが目覚める前、初めて小さな君を見た時から君と君の周りが色鮮やかに見えたんだ。」
と返されて顔中が火照って真っ赤になった。かくいう自分も夫の金混じりの緑の瞳を初めて見た時から魅せられたのだからお互いさまか。
それでも夫の甘さに溺れそうで未だに慣れない自分がいる。
市場の前での朝食にベアトリーチェが参加出来なくなってからアルベルトの過保護が加速している。
今も執務で忙しいはずのアルベルトに抱きかかえられてソファに座っている。
周りに侍従も侍女もいるのに!
やんわりと断ると
「だめ?」
と捨てられた犬の様な目で見てくるから断れない。自分でも分かるほど顔を赤くして恥ずかしさに震えながら、なすがままになっているのだ。
サンルームの窓から差し込む陽光がローテーブルに置かれた白磁のティーカップに反射する。彼女が嫁いでから育てたレモンバームやカモミールをブレンドしたハーブティーの香りが柔らかく広がる。
「リーチェ、これなら食べられるだろう?」
と朝摘の苺を差し出される。
ベアトリーチェが育てた物だ。
そう、お茶の時間や夕食には必ずアルベルトに給餌されるのだ。
ちなみに。モンテフェルトに来て間もない頃、ベアトリーチェがアルベルトに食べさせたら。たちまち自分ごと食べられそうになったので、人前ではもうやらない。絶対やらない。金が混じる緑の目をぎらぎら光らせた夫は猛獣のようだった。
『あんなに危ない人だなんて思わなかったわ』
「ん?」
それでも。優しく見つめられると何でも許してしまう自分は相当重症だと思う。
リモネ味のマカロンを差し出される。
「美味しい。」
リモネの風味で後味がすっきりしている。ハーブティーとの相性も絶妙だ。
「甜菜をデラル族と取引できるようになったのはリーチェのおかげだね。」
アルベルトが微笑みかける。
「市井の者もお菓子が手軽に食べられるようになった。」
マカロンがまた差し出される。
今度は苺味だ。笑みが溢れる。
「リモネが役にたってよかったわ。」
「リモネの実が風土病の予防になると知ってデラルの者達が一気に友好的になってくれた。それに、君が風土病の治療に奔走したからね。」
「そうね。まさか結婚してから癒しの魔法に目覚めるとは思わなかったわ。」
アルベルトと共に目覚めたばかりの癒しの魔法を惜しげもなく使い奮闘した結果、モンテフェルトとデラルの人々の間に友好をもたらした。初めて自分の魔法を誇らしいと思えたベアトリーチェだった。
ベアトリーチェが自身の魔力がこもったリモネや苺が使われた菓子を食べた途端、魔力が吸い上げられて彼女は目眩を覚える。
「リーチェ、魔力をあげよう。」
すかさず、アルベルトが後ろからベアトリーチェをぎゅっと抱きしめると治まった。
やはり魔力の相性が良いのか反発が全く無い。
「僕らの子どもは食いしんぼだね」
アルベルトはこうしてベアトリーチェの様子を見ては魔力を分け与えてくれる。
『私の出番は無いようですね。』
と、早々にエンリコが旅立つぐらいに妻へのケアは万全だ。とは言え、アルベルトはエンリコに通信用魔導具を渡していたが。
アルベルトは手を伸ばして優しくお腹を撫でる。
「生まれてくる子どもに平穏な生活を与えられるようにこれからも頑張るよ。」
ベアトリーチェはいたずらっぽく微笑む。
「あら。私はどんな所でも自分の居場所を作れる様に逞しく育てたいわ。」
どんなに大切にされていても、良かれと思ってされた事でもそれが自分の幸せとは限らない。与えられるまま流されたままでは自分の居場所は手に入らないから。
実家で愛されながらも。
結局は政治的な駆け引きに利用されたから、尚更そう思う。
日だまりの中、二人の穏やかな笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
しばらくして生まれた女の子はフェリーチェと名付けられた。母そっくりの魔力でブルラエルべの薬草事業に貢献したという。
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