君去りし後 (後)
時間軸は五話終了後。
リーチェを見送った後のパッパとお兄ちゃんです。傷心の二人で飲んだくれています。
4/8 改稿しています。
二人を乗せた青毛の馬体が徐々に小さくなっていく。空から光が差し花びらが舞うのが見えた。
「行ってしまったな。」
儂らは呆然と立ちつくしていた。
「ええ、とうとう行ってしまいましたね。」
息子のクラウディオは深く息を吐いている。
「ああ、覚悟はしていても可愛いリーチェがいなくなると寂しいな。心に穴が空いたようだ。」
クラウディオは少々放心しているようだ。儂と同じくベアトリーチェを可愛がっていたからな。儂は肩を落とし、ため息をついた。
我が妻マッダレーナの忘れ形見は17歳で北の死神にとうとう攫われてしまった。
あれは、リーチェが8歳の時のことだ。幼いあの子があの男と結婚すると言い出してから嫌な予感がしていたのだ。
アルベルトが16歳になって儂と互角に戦えるようになった途端にだ。早すぎだ!
リーチェをまだまだ手元に置いておきたい、マッダレーナが嫁いだ年と同じ18歳までは。託すにたる男に嫁がせたい。だから直接的にも間接的にもアルベルト モンテフェルトには色々と課題を吹っ掛けた。
その間に5年間限定の白い結婚とは言え、9歳のリーチェを別の男と結婚させた。
隣国との緊張が高まっており魔導具製造の資源になる魔石鉱山を早急に押さえておきたかった。武力協力と引き換えに取引した解呪のポーションを他家に出すには魔導契約が必須。その為にベアトリーチェとの結婚が必要だった。
時期が悪かったとしか言いようが無いが、16歳でデサンティス公爵子息と婚約させた。
アルベルトが長兄の婚約者と結婚したからな。アルマンド デサンティス公爵子息自身は魔力、魔法、武勇にも優れていてリーチェを託すにたる人物だと儂もクラウディオも思ったから。
まさか、デサンティス公爵達がベアトリーチェの悪質な噂を流していると気がつかずに。戦場ばかりだった為に動きを察知するのに後手を踏んだのだ。
それを掴んで儂らに知らせたのはアルベルトだった。頭が上がらなくなった儂らはついにあの男に降伏した。
儂らがやった、嫌がらせの様にしか見えない所業。あの男は絶対にベアトリーチェをタンクレーディには戻さんだろうな〜。そんな気がする。
まあ、結婚式には会えるだろう。
会える、よな?
◇ ◇ ◇
居室に移り、秘蔵のワインを開けた。今日位はよいじゃないか、愛娘のリーチェがいなくなったんだから。
「...このワイン、塩気がするな」
グラスを傾けながら呟く。
「父上、それは母上が好まれた...」
クラウディオはソファの背にもたれかかりながら答えた。
「はあ。わかっている。」
グラスを握りしめ、目を閉じた。
「しかし。ろくに魔法が使えない出来損ないと噂されたモンテフェルトの三男坊がああも化けるとはな。」
グラスを回しながら思い出す。十二年前、クラウディオに連れられてきた同じく13歳だったアルベルト モンテフェルトは前髪で目を隠し、魔力もあまり感じられない自信なさげな少年であった。
それが今や『北の死神』と称されるモンテフェルト公爵家の後継者だ。他家に嫁いでいながら公爵家を牛耳っていた姉を追い出してから実質、公爵家の支配者となっていると聞いた。
クラウディオは父親のグラスに注ぎ足しながら言った。
「父上、初めから言ってましたよね。アルベルトには途方もない潜在魔力があると。枷を嵌められていただけですよ。」
注が足されたワインを飲み干す。
「今や儂らを凌駕する魔力と魔法の技量だものな。最後はリーチェに気がつかれないように儂らにピンポイントで魔力で圧をかけおって。」
リーチェは儂らを戦闘狂と言っていたが反対じゃないか。戦場にいるのかと思う威圧だったぞ?
「放浪中は東で傭兵をしていたらしいし。最近は北の国境でデラル族を撃退したと聞きます。あいつは魔力が見えるから誰よりも早く先制できるのですよ。」
最後に手合わせした時のあいつの反応速度は予知しているんじゃないかというレベルだったな。
「感知も儂らと同等か?」
儂は身体を前に乗り出して聞いた。
「それ以上ですね。」
クラウディオは指でテーブルを軽く叩きながら説明した。
「魔法を発現する前の魔力の流れや貯めが見えるそうです。ろくに魔法を使えなかった頃でも、この私の魔法攻撃を回避できてました。今じゃアルベルトの魔法の発現速度もこの国一、二を競う速さ。私と父上で戦っても互角に持ち込めるか怪しいな。
何より魔導砲を開発してるのが大きい。今の段階でも、私達には及ばずとも魔導部隊クラスの魔導士と同等の攻撃ができるし。小型化できれば暗殺も容易い。魔法使い殺しになるのも遠い話ではないでしょう。」
と儂が注ぎ足したワインのグラスを弄びながらクラウディオは言う。
魔力をぶっ放すだけのそこらの貴族では太刀打ちできん。それだけではないぞ。儂はアルベルトが乗ってきた青毛の馬を思い出しながらワインで口を湿した。
「そもそも、なんだあの馬は。魔力持ちの馬なんぞ初めて見たわ。馬具には防御魔法がかかっていたか?」
「そんな感じでしたね。アルベルトが昔、暴れ馬で公爵家の誰をも乗せなかった父馬のノーテネラ号を従わせたんですよね。あの馬も魔力持ちで不審者は蹴り飛ばすわ魔力飛ばして威圧するわ、凄かったな。不思議にリーチェには懐いてましたけど。その子どもで更に魔力が強そうだ。メテオラ号は下手な馬車よりリーチェを安全に運べますね。」
あの男、色々な意味で成長しすぎだわ。
ああ、リーチェの結婚が嫌で色々条件をふっかけていたらとんだ化け物が出来上がってしまった。
これが飲まずにはいられるか。
「えらい事になったな〜。こうなったら拝み倒して魔導砲は供与してもらおう。魔石鉱山の魔石で取引できれば良しとする、か。」
儂らも身体強化でごり押しする北東の隣国にまだまだ対抗せねばならんからな。一般兵が魔導士並の攻撃力を持てるのはありがたい。元々は隣国に利用される前に手元におこうと攻略した魔石鉱山が活用できそうだ。
◇◇
やさぐれるクラウディオと一緒にワインを五、六本空けてからブランデーと飲み進めるうちにふと思った。
エンリコ マリーノ。儂の曽祖父にして大魔法使い。儂とクラウディオは内々ではエンリコ爺様と呼んでいる。見かけはクラウディオと同じ年頃に見える化け物だが。
ここ数年、エンリコ爺様がタンクレーディに居着いてくれん。ベアトリーチェの願いを聞いて各地の情報を集めてくれるのは有り難かったが。
そこでようやく儂は思い出した。久しぶりに一ヶ月ほど滞在したエンリコ爺様が、昨日出立する時に北へ行くと言っていた事を。アルベルトの異様な魔力と魔法の成長。なんだろうな、ますます嫌な予感がするわ。
「クラウディオ、もしかして…。エンリコ爺さまはアルベルト殿に魔法を鍛えていたりとか、していたか?」
クラウディオはソファにだらしなく座り、頭をふらふらさせながら答えた。
「鍛えてましたよ〜。十二年前に初めて会った時からアルベルトを気に入って。魔力が視えるのが面白いと言ってましたね。」
そこでクラウディオはくすくす笑い出した。
「あれはおかしかったな〜。魔法に目覚めたばかりの5歳のベアトリーチェと一緒に13歳のアルベルトが同じ内容の訓練してたんですよ〜……『俺も同じ訓練させられたけど』」
息子よ。なぜそれを早く言ってくれなかった。ああ、こいつも基本、戦の事しか頭にないからな。
「ああ〜。爺様は昔からアルベルト殿に肩入れしていたのか…。」
ここ数年のエンリコ爺さまの動向を思い返す。東に偵察に行って最近は北で魔導具造りをしていたと昨日言ってたな。儂はいよいよ落ち着かず顎に手をやり髭を撫で付けた。
「儂ら、もしかして爺さまも怒らせていた?」
ぴくっとクラウディオが肩を跳ねさせる。
「うっ。結果的にエンリコお爺様お気に入りの二人をあれだけ引き裂いた形になったから?」
クラウディオが頭を抱えて呻く。
「いやいやいや、そもそも十歳にもならない子どもと結婚とか血迷ったこと言い出したアルベルトが悪いんじゃないか!妹の身を心配した俺は悪くない!父上も俺も悪くないぞ!
それに、白い結婚が終わる前に結婚したのがアルベルトじゃないか!
あ~あのジジイ、理不尽だよ。にこにこしながらしれっと嫌がらせか~。」
ああ、いつも胡散臭い笑顔をしたエンリコ爺様がしてやったりと笑っているのが視えるようだ。もう一杯ブランデーを飲むか。やってられん。
「確かに儂らはやらかしたな。
ベアトリーチェに期間限定とはいえ白い結婚させたり。うかつにもデサンティス公爵家との縁組を進めたり。」
悪い癖だ。政略や謀になると夢中になって何でも利用する。愛しているはずの娘でさえ。あれだけ生前マッダレーナが儂に頼んだのに。そして後から気づいて悔やむのだ。
三ヶ月前にベアトリーチェが平穏に暮らしたい、修道院に入りたいと泣き出した時を思い出す。あれは堪えたな。マッダレーナと約束したはずなのにあの子を泣かしてしまった。
白い結婚が、破談がベアトリーチェを傷つけているとは想像もできんかった。子どもの頃からずっとアルベルトを想い続けていた事も。
今さらながらあの子へしてきた仕打ちに胸が痛む。手にしているグラスの中の氷がからりと鳴った。
「それだ!エンリコ爺様は言ってましたよ。爺様は魔力を使い潰されるのが嫌で母国から出ていったって。あのまま、デサンティス公爵家でリーチェが使い潰されるなんて事になったら俺たち爺様に殺されたかも。あの人ならやる!絶対にやる!」
うるさい。クラウディオが何か喚いている。儂もそろそろ酔いが回ってきたな。視界がぐらぐらする。
「三カ月前に、リーチェにアルベルト殿の話をするはずだったがな〜。ろくに話さなかったのも悪かったか〜。」
我ながら呂律も怪しくなったな。
「父上、あのやさぐれて魔力漏らして机に芽を生やしていたリーチェに話せますか?話しても何を今更とか言って修道院に飛び込みそうだったじゃないですか!」
先にお前がデサンティス家にぶちきれたくせに。
「旦那様、クラウディオ様、そろそろ水を。」
控えていた執事長のニコロが見兼ねて儂とクラウディオに水を差し出した。
「父上、爺様がボヤいてましたよ。リーチェを抑えるのが大変だったと。」
そこにニコロが追い討ちをかける。
「恐れながら旦那様、庭師達に大変な苦労をかけました。泣きながら訴えていました。ベアトリーチェ様が庭にミントを生やして回ると。」
儂ばっかり責められてもな。安全装置がふらふらと出歩いてるのが悪いだろ。
「いや〜、爺様いなかったし〜。その後もリーチェは聞く耳を持たなかったし〜。」
釣書は渡したけど目を通さなかったのはリーチェだ。儂もわざわざ可愛いリーチェを攫っていく男の名前なんか言いたくなかったし〜。
「父上、子どもですか?爺様、絶対それにも怒ってますよ。あああ、どうしよう。ああ見えて根に持つんだよ、エンリコ爺様。デサンティス家でもブチ切れてたし。」
酔いが覚めないようだな、クラウディオ。状況異常解除するか。そ〜れ!向かいのソファに座る息子に向かって右手を振る。詠唱なんざせんよ。そんな隙みせたら敵にやられるもんな。
「落ち着け、クラウディオ。ま、花嫁の持参金はタンクレーディ家の威信をかけて立派に揃えるだろ?ブルラエルべも持参金につけるし。」
クラウディオが呆れたように儂を見る。状況異常が解除されたらしい。すんとした顔をするクラウディオの手元には水のグラス。魔力を込めすぎたかな。
「何言ってるんですか、父上。ブルラエルべはベアトリーチェがいなければただの荒地ではありませんか。」
ブランデーをクラウディオのグラスになみなみと注いでやる。ほら、飲め飲め。
「植物魔法と癒しの魔法を併せ持つベアトリーチェがブルラエルべの地に魔力を注ぐ事であれだけの効能を持つ薬草が採れる。リーチェには最良の嫁入道具だろう。」
デサンティスの女狐共に最後までばれなくて本当に良かった。ベアトリーチェの力が奴らに見つかったら死ぬまで利用されて使い潰されただろう。これこそを儂もクラウディオもエンリコ爺様も恐れていたのだ。
ああ、知らなかったとは言え、やっぱり爺様の地雷を踏みつけたな。儂も酔ってるな、もう少し水を飲むか。
ニコロが氷魔法で冷やした水が喉の渇きを癒やしてくれる。状況異常解除は自分にかけても良いんだが素面になるからな。ひたすら酔いたい今夜は使いたくない。
クラウディオがため息をついた。
「ま、例え私達がいなくなってもベアトリーチェの血は残る。これで良いのかもしれまん。」
「確かに北の死神なら守り抜くだろうからな。」
ただし奴が死ぬ時はリーチェを道連れにしそうだがな…。
儂は自分が死んだ魚のような目をしているのを感じながら思った。
今日、リーチェが着ていたドレスも宝飾品もみんなアルベルトが用意していたものだ。縁談が進んでから送りつけた大量の緑のドレスに宝飾品。リーチェが目を通さなかった大量の手紙。極めつけは爺様に歌わせた『緑の瞳』。
妹への思い入れが強すぎるクラウディオもさすがにひいてたな。失った者を取り戻したからには、執着は増える事はあれど減ることはないだろう。
ま、それでもリーチェが好いた男だ。幸せなら良いのだろう。下手に引き裂いたり邪魔したら儂ら殺されかねんし。
ああ、やりきれん。また飲み直すか。
改めてブランデーを手酌でグラスに注ぎながらクラウディオに話をむける。
「なあ、おまえもそろそろ結婚をしないのか?」
儂は息子の空になったグラスを指さしながら聞いた。クラウディオは諦めたように笑い、グラスを差し出した。
「まだ卒業できぬのか?」
「ええ。私も大概諦めが悪い。ぬけだせない様です。」
不毛な初恋をこじらせすぎるクラウディオも困ったもんだ。
「クラウディオよ。そろそろ腹を括れ。儂とマッダレーナは政略で出会ったのだぞ。何が幸いするか分からんぞ。」
「はい。」
クラウディオはまだ不本意そうな顔をしている。
「早速、候補の令嬢をリストアップいたしましょう。」
ニコロが若干嬉しそうだ。儂みたいになかなか決まらんかもしれんがな。
「なあ、クラウディオ。ベアトリーチェが産む子どもを見るまでは儂らは死ねないな。まだまだ無茶苦茶はできないか。」
「リーチェの子どもかあ。」
クラウディオは遠い目をして呟いた。
「男の子でも女の子でも可愛いだろうなあ。それを楽しみに頑張るか。」
儂は瓶を手に取り、にやりと笑った。
「おい、クラウディオ。自分の子どもはどうした?」
クラウディオが笑い飛ばす。
「父上、それこそリーチェの子どもを養子にしても良いじゃないですか!」
「そうだな!ハッハッハッ」
「断られたら断られたで北へ押しかけて戦場で暴れまくりましょう、ハハッ」
「それも楽しみだな!ハッハッハッハッ」
マッダレーナがかつて言った通り、ベアトリーチェが儂らをかろうじて人に引き留めてくれている。エンリコ爺様がついていてくれるなら大丈夫だろう。
いつかのマッダレーナの微笑みを目に浮かべながら思う。
それでも。
いつか儂は戦場で死ぬだろう。
ああ、マッダレーナ。
最期の時に君は儂を迎えにきてくれるだろうか。
◇ ◇ ◇
結婚式でかつての愛妻そっくりな笑顔の愛娘をエスコートしてジュリアーノ タンクレーディが号泣するまで後少し。
(娘の)結婚が嫌で色々条件をだしたら、化け物に育った男に娘を攫われました。
最後までお読み頂きありがとうございます!次回はクラウディオ視点の予定です。