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君去りし後 (前)

ジュリアーノ タンクレーディ侯爵視点。

パッパとマンマの話。少しシリアスです。


4/8改稿しています。

 戦こそが儂の全てだった。君に出会うまでは。


 今も戦が儂の全てだ。


「侯爵閣下!10時の方向から敵が表れました!」

「ふん、狙い通りだ。あの馬鹿どもが罠にかかるのも時間の問題だ」


 鼻腔を刺激する血の臭い。剣を振るい、炎を撒き散らす。岩で敵を押しつぶし敵を追い詰める。この瞬間だけは生きている実感が湧く。


 マッダレーナ、お前がいなくなってからは特に。


 ◇ ◇ ◇


 どこにでもある政略結婚だった。 


 儂は戦で暴れる事だけが生き甲斐だった。侯爵家の存続の為。家と家を結び子孫を残すためだけの結婚。だから仕事をこなすように結婚に臨んだ。


 マッダレーナはこの時18歳。金髪碧眼の吹けば飛んでしまう様な華奢な娘だった。


 戦狂いのタンクレーディと悪名の高い儂に嫁いできてくれただけありがたかった。大抵の貴族の娘は儂の外見と地位には惹かれるが中身を知ると蜘蛛の子散らすように逃げていったからな。


「政略とは言え縁あって結ばれた結婚だ。末永くよろしく。」


 初めての顔合わせに儂はこんなそっけない言葉をかけた。だが娘は花がほころぶ様に微笑んで言った。


「ジュリアーノ様とお呼びしてよろしいでしょうか。幾久しくよろしゅうお願いいたします。」

「ああ。私は戦ばかりで気が回らない事があるだろう。何かあれば執事長に言いたまえ。」


彼女はきりりと金髪を流した背筋を伸ばして答えた。


「ええ。父よりタンクレーディ侯爵家のご事情は伺っております。戦のない日々など考えられないと。」


 優雅な振る舞いに似合わず強い意志を覗かせる碧い瞳と花の様な笑顔。今思えば妻に心囚われたのはこの時だったのだろうか。


 結婚しても相変わらず儂は戦に策謀に夢中だった。それでも。


「ジュリアーノ様、ご武運を。どうぞご無事でお戻り下さいまし。」


 と見送られ。戦場にはマッダレーナからの『どうかご無事で...この度送った薬草は傷の手当に...』という手紙と差し入れが送られ。


「ジュリアーノ様、お帰りなさいまし。よくご無事でお戻りくださいました。」


 と、どんなに遅くとも笑顔で出迎えられる。女性にしては凛々しく見える容貌のマッダレーナは微笑むと儚い花の様に見えるのだ。そのギャップもたまらなかった。


 いつからだろうか。マッダレーナの声が、笑顔が戦場で無茶をしようとする儂を引き止めるようになったのは。


 マッダレーナに会うまでは戦場で果てるのが本望と思っていたのに。


 いつの間に共に過ごす時間が増え、他愛ない話を交わし儂はマッダレーナに癒された。


 離れている時は何を贈ればマッダレーナは喜ぶだろうかと思い悩み。一時、ドレスや宝飾品を贈りすぎてマッダレーナにやんわりと注意される事もあったな。


 マッダレーナはなにより香り高い花を好んだ。だから事ある毎にあれが好きな百合(ジッリョ)や薔薇の花束を送った。笑顔を見たくてあれが好む香り高い薔薇やカモミール(カミッラ)ラベンダー(ラヴァンダ)を庭に植えさせた。


 クラウディオが生まれた時のマッダレーナは香り高い花の様に美しかった。クラウディオを抱くマッダレーナを抱きしめてこの世の幸福とはこういうものかと思った。


 クラウディオは儂そっくりだ。外見も性格も魔力も。魔力の発現も早く末頼もしい。

わが妻マッダレーナは立派な後継を産むという役割を果たしてくれた。


 だのに。周囲はそれで満足しなかった。


 更にクラウディオの様な魔力が強い子を、と儂の知らぬ内にマッダレーナに家の者は圧をかけた。


 確かにマッダレーナは並みの貴族女性以上に豊富な魔力を持っていた。しかし魔力が高い子ほど妊娠出産で母親の魔力と生命力を酷く削るのだ。次の子は死産、その次の子は流れた。そしてさらに次の子を身ごもったマッダレーナはとうとう寝付いてしまった。


 儂は病床の萎れた花の様なマッダレーナの細くなった手を両手で握り言ったのだ。


「子どもはクラウディオ一人で十分ではないか。クラウディオに何かあったとしても親戚筋に継がせればよい。周りがなんと言おうと私はお前の身体の方が大切だ。」


 しかしマッダレーナは意志のこもった眼差しで儂を見つめて言ったのだ。


「ジュリアーノ様、それでも私はもう一人子どもを生まなければなりません。」

「なぜだっ。マッダレーナ。家の者が、おまえの実家の連中が何か言ってきているのか。私が黙らせる。私はおまえがいてくれれば良いのだ。」

「いいえ。」


 マッダレーナが遠くを見る目をして言った姿を今でも忘れられない。


「ジュリアーノ様。これから先、貴方とクラウディオが人であり続ける為に私はこの子を産まなければならない。そう感じるのです。万が一の事がありましたらこの子を優先してください。」

「そ、そんなこと…」


 妻は直感が優れていた。先見をしているのかと思うほどに。戦場にいる儂への手紙で敵の待ち伏せや調略を予見しどれほど助けられたかもわからない。


 儂が惹かれてやまぬ強い意志のこもった目でマッダレーナは言いきった。


「私の一世一代のわがままです。産ませてくださいまし。お願いいたします。」


そして笑顔を見せた。悔しい事に笑顔を見せれば儂が逆らえない事を妻は良く知っていたから。




 ……とは言うものの。このままではマッダレーナが死んでしまう。儂は一縷の望みをかけてマッダレーナをブルラエルベで静養させる事にした。


 魔女が祝福した土地と呼ばれるブルラエルベ。かの地に根付く癒しの魔力が功を奏したのかマッダレーナは奇跡的に回復した。こうしてマッダレーナがブルラエルベで生んだのがベアトリーチェだった。母子共に無事で儂は胸を撫で下ろし、クラウディオは小さな妹を可愛がった。


 ベアトリーチェはすくすくと育った。母譲りの金髪碧眼を持つ、やっと生まれた末娘。儂は可愛くてたまらなかった。しかし、リーチェは魔力の種類が儂ともマッダレーナとも違い魔法が発現しなかった。


 マッダレーナはそんなベアトリーチェの事を心配していた。儂は無事に育つだけで充分だと思っていたのだが。



 またしても家内の雑音が産後体調がはかばかしくないマッダレーナを、小さなベアトリーチェを追い詰めたのだ。それを儂が知ったのは、妻が病に伏してベアトリーチェが泣き出した時だった。


「うわ~ん、リーチェが魔法を使えない出来そこないだからお母さまが病気になっちゃった~。」

胸を掻き毟られるような声だ。

「お父様、ごめんなさい。お母様、リーチェが役立たずでごめんなさい~。

リーチェ、いくら頑張っても魔力が使えなくて。うっうっ、お兄様ごめんなさい〜。うわ〜〜〜っ」


 五歳になるかならないかの幼子の悲痛な声。幼い子どもにこんな事を言わせてはならない。儂は小さな背中を抱きしめ、日向の香りがする金髪に顔を埋めた。


そして抱き上げてようやく泣き止んできたリーチェの涙を拭い、目をあわせて言ったのだ。


「何を言う、ベアトリーチェ。おまえはそこら辺の貴族よりも魔力を持っているんだ。おまえの魔力は特別なのだ。焦る必要はない。決して出来損ないでも役立たずでもないぞ。」


 マッダレーナ、心配をかけてすまない。

 ベアトリーチェ、傷つけてすまない。

 儂は不届きな使用人を即刻追い出した。


 しかし、妻は日に日に弱っていった。間をあけたとは言え、度重なる妊娠と出産が身体を痛めたのだ。よくもったというべきか。


「どうか…ベアトリーチェを、ブルラエルベへ、連れて行って、あげて。そこでなら…リーチェは…目覚めると思うのです。」


マッダレーナの冷たくなりかけた手を握りしめながら、儂は唇を震わせた。


「わかった。マッダレーナ。必ずベアトリーチェを連れていく。約束しよう。」


 マッダレーナは虫の息の中、あの強い眼差しで儂を見つめて言った。


「クラウディオとベアトリーチェを…お願いいたします。ジュリアーノ様…お慕い…して…いました。」


 これがマッダレーナの最後の言葉だった。


 そして。ベアトリーチェが植物魔法を発現した時。儂は改めて誓ったのだ。リーチェを何が何でも守り抜くと。誓ったはずだったのだ。


最後までお読み頂きありがとうございます。後編に続きます。

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