令嬢は衝撃を受ける
初の異世界恋愛物です。
つたない作品ですがお読み頂けますと嬉しいです。
4/18 改稿。
度々で申し訳ありません。m(_ _)m
それはうららかな日の昼下がり。サロンで待女から勧めて貰った流行りの読み物を読んでいた時のこと。
まあ!私、悪役令嬢扱いされてたの?
ベアトリーチェ タンクレーディ侯爵令嬢は軽く衝撃を受けた。
何故なら、読み物に出てくる悪役令嬢への台詞が最近、婚約者から言われる言葉と同じだったからだ。
「ひどいわ、アルマンド様ったら私のような薄幸の美少女が悪役令嬢なんて。少しおいたが過ぎるのではないかしら?」
ため息をつき嘆くベアトリーチェ。リベルタ国では珍しい淡い色みの金髪碧眼、ぬけるような白い肌の儚げな美少女だ。ぱっと見だけは。
控える待女達の反応は薄く、どこか遠い目をしている。どうしてかって?
北の山岳地帯セプテントゥリ地方からやって来たと言われるタンクレーディ家は新興の部類の貴族だ。根っからの政略好き、豊富な魔力を強みに暴れ回る戦闘大好きな家系で文化的なリベルタ国においては若干浮いているかもしれない。ちなみに家訓は「欲しいものはどんな手を使っても手に入れろ」だ。
愛妻であった優雅な母はとうに亡くなり、父であるジュリアーノ タンクレーディ侯爵、兄クラウディオ、ベアトリーチェの三人家族。
来る政略結婚に備えてか。父ジュリアーノは他の貴族家のように厳しい淑女教育だけでなく、娘を部下であるビアンカ タリオリーニと交流するようにさせた。
ビアンカは有力貴族家でよく使われる通称 影の者。ハニトラも辞さなずに情報収集をする。対外的にはジュリアーノの愛人とみられている。
しかし、意外にも仕事人気質なビアンカとベアトリーチェは意気投合。ビアンカは喜んで出来の良い生徒に色々とそれこそ男心の掴み方から話の聞き出し方、果ては~以下、略を教えこんだ。
「これほどの美貌と才知を持つお方が男共の食い物になるなんてこの私が許しませんわ。男なんて掌で転ばしてなんぼですのよ」
というのが元は貴族の令嬢だったビアンカの弁である。
結果、出来上がったのが政略結婚上等。真実の愛は結婚してから。男は掌で転がすものと覚悟の決まった、しかし父や夫に従順に従うのが良しとされる貴族女性の一般常識から色々とずれた令嬢だった。
リベルタ国の貴族は夫も妻も跡継ぎを作れば愛人を作っても良いという暗黙の了解がある。相思相愛での結婚という半端な夢を見させて娘を不幸にしたくないという親心だったのか侯爵の意図は今もって不明である。
一方で、祖母から相続した領地の統治を手始めに、政治闘争に戦闘に奔走する侯爵と兄に代わり侯爵領の統治を手伝うベアトリーチェ。父兄の強い要望もあり最近できた貴族学園に通わず社交と執務に勤しんでいた。
なぜか本人は自分を平穏を愛するか弱い平凡な令嬢と思い込んでいるが。そんなベアトリーチェが生半可な坊っちゃん婚約者に負ける訳がないのである。
それはタンクレーディ邸で行われた婚約者とのお茶会。
アルマンド デサンティス公爵子息がまたトンチキな事をいいだした。
この婚約者、見かけはオレンジ色の髪に空色の瞳。スラッとした細身の美男子だが公爵家の気楽な三男という事もあってか実に残念な男だった。
「ベアトリーチェ、私は君を愛することはないだろう」
「はあ…」
また始まった。前回は『私は真実の愛をみつけた』だったわね。
最近、似たような事例があって、それを言い出した公爵令息ご兄弟お二人は廃嫡の上、幽閉五十年になったと伝えたら青ざめて震えていたけど。
その前は『私は本当に愛する人と暮らしたい』と言われて。私を本当に愛することはできませんの?と俯いて泣き真似をしていたら慌てて前言撤回されてたわね。
婚約が決まったばかりの頃は真面目で誠実で私だけをみて下さる方だったのに。最近、小芝居を始められるようになって一体どうしたのかしら。箍が外れたようにお花からお花へと飛び回ってるし。
ベアトリーチェはアルマンドをじっと見つめる。見つめられたアルマンドは頬を薄く染めた。
「アルマンド様、何かおっしゃいまして?」
「君を愛することはないと言っているのだ!」
と、少し拗ねたように返す公爵令息。子どもか。
「私もよ。アルマンド様。愛も情もないお家の都合だけで決まった政略結婚ですもの。相性が合わず愛しあえない貴族夫婦なんてはいて捨てるほど沢山おりますわ。」
そこでベアトリーチェはにこっと笑った。
「でも。お互い、しばらくの我慢です。跡継ぎを作ったら貴族の義務から解放されますもの。私、本当に愛する人に出会えるのを楽しみにしてますの」
「そんな、結婚前から愛人を作る話をするなんて…」
なぜかアルマンドは傷ついた顔をした。お前から話を振ったんだろうに。
「結婚前から数多の花と遊んでいらっしゃる方に言われたくありませんわね。
でもお気持ちは分かりますわ。私もアルマンド様を見習って、今から好みの殿方を見繕っておこうかしら?花の生命は短いもの」
アルマンドは半泣きで立ち上り向かいに座るベアトリーチェに跪き膝ににすがる。
「そんな!ベアトリーチェ!僕の太陽、麗しの花!愛しているんだ、つれない姫君。僕の事だけを見つめておくれ。君が愛人を作るなんて考えるだけでも発狂しそうだ」
しかし、ベアトリーチェは扇子で口元を隠し涼しい顔で返す。
「あら?先ほど私の事など愛さないとおっしゃってなくて?私、嘘をつく殿方は嫌いよ?」
つーんとそっぽを向いた後に徐ろに蔑んだ眼差しで婚約者を見ると、みるみるうちにアルマンドは顔を赤らめてうっとりした眼差しでベアトリーチェを見つめだした。
侍女達は思った。こいつ変態だ。
「君の愛が感じられなくて不安になったんだ。ごめんよ、愛しの姫君。僕には君しかいないんだよ」
そう言ってアルマンドは婚約者の右手をとり口づけするふりをした。
おいおい、どの口が言うんだ。ベアトリーチェと侍女は内心ツッコミを入れた。
「あらぁ。確か、お通いになっている貴族学園とやらであの伯爵令嬢やかの子爵令嬢ととても楽しく過ごしていらっしゃるようですわね。酷い方」
「ああ、僕の輝く星。そんなに僕の素行が気になるのか。気にかけてくれて嬉しいよ。わかってくれ。一番愛しているのは君だ、ベアトリーチェ。」
愛する人は複数なの?
ベアトリーチェは内心突っ込みをいれつつ、ぺらっぺらに聞こえる愛の言葉を華麗に流した。
「さあさ、アルマンド様、アル様。本日はこちらのお菓子を召し上がって?」
ベアトリーチェはアルマンドを隣に座らせてから細長い指にアマレッティにチョコラットを挟んだ丸い菓子をつまんだ。
「さあ、どうぞ? 」
アルマンドの前に差し出すと、彼は彼女の指から直に食べた。ベアトリーチェは少しびくっとした。
たちまちアルマンドはご機嫌になった。ちょっと怖かったけどチョロいわ。
ビアンカに教わった通りに上目遣いで婚約者を見る。
「アル様」
そう言って隣に座った婚約者に身体を寄せると、アルマンドはなぜか哀しそうな目をして身を離した。
「僕の宝石。無理はしなくて良いんだよ。そう言えばね。最近、こんな異国の曲が流行っているんだ。『緑の瞳』というのだが、銀髪の吟遊詩人が唄っていて評判なんだよ。僕は楽器はあんまりだけど少しは歌えるからね」
銀髪の吟遊詩人?
私は聞いてないわよ?
内心、戸惑うベアトリーチェをよそ にアルマンドは口ずさんだ。
麗しき人 なぜ悲しむ
婚儀が決まる 晴れの日に
遠くを想い 麗しき人は
恋しさに 涙をながす
ああ忘れじの 緑の瞳
それは、政略結婚が決まった女性が全てを捨てて愛する人と逃げていく唄だった。
「不思議だね。この唄を聴くと君のことを思い出す。」
婚約者はどこか切なそうに呟いた。
ベアトリーチェは何度か瞬きをしてから微笑んだ。
いくら浮き名を流しても小芝居を繰り返しても怒りきれないのはベアトリーチェに後ろめたさがあるからか?いや、振り切ったはずだ。貴族の娘として義務は果たさなければならない。あえて声をたてて笑った。
「もう、何をおっしゃるの。私は泣いて待っていたりしないし逃げたりなどしないわ。貴族の娘ですもの。アルマンド様。あなたとはきっと良い家族になれると思うの」
「ありがとう。麗しきベアトリーチェ、結婚するのが楽しみだよ。」
そう言うもののアルマンドの目はどこか傷ついている様に見えた。
今こそ、アルマンドと向き合わなければならないのだろうとベアトリーチェは背筋を伸ばしてアルマンドを見つめる。
「あら、私の言葉が信じられない? 確かに私とアルマンド様の愛の形は違うみたい。私の愛は順番はつかないし『運命の』『唯一の』という飾りはつかないわ。私にとっては愛は愛ですもの」
それを聞いたアルマンドは俯く。ベアトリーチェは慌てて言った。
「あなたを責めている訳ではないのよ。愛の形が違うのは当たり前ですわ。だって私はアルマンド様ではないのだから」
ベアトリーチェはアルマンドの両手を取り、俯くアルマンドをのぞきこんだ。
「ただね、こうしてお話をして、一緒に出かけて、一緒に暮らしていって。そうしていくうちにお互いの愛の形が相手に沿うように変わっていく。そうしてアルマンド様と家族になっていけると私は思うのよ。この縁が続く限り私はあなたを裏切らないわ」
アルマンドは感極まった顔になった。そしてベアトリーチェの前に跪き手の甲に口づけた。
「ベアトリーチェ、愛する人。今は言えない事がある。それでも僕も誓うよ、僕は君を裏切らない」
「わかりましたわ。でもおいたはほどほどになさってね。私が許しても父と兄が許しませんわよ」
こうして楽しく婚約者と仲を深めていたベアトリーチェ。これが婚約者と会う最後の時間になるとは想像すらしていなかった。
婚約は思いがけない形で解消となった。
その顛末を聞きベアトリーチェは本当に衝撃を受けた。
最後までお読み頂きありがとうございます。