#75 遠足は家に着くまでが遠足である。つまり、家に着くまで楽しいもの。
東北地区から南区に帰るには2通りのルートがある。
外周ラインを通って東区、南東区、南区に戻り、さらに南区の最果てから家に帰るルート、もしくは東北区から中央区を通り、南区の駅についてから家に帰るルート。
俺の家は南区でも中央区寄りの場所にあるので、中央区を通るルートの方が圧倒的に早い。
ついでに、俺が冒険者の場合は、浅桐神社の近くにある特防連関連施設から南区の駅までワープで一発である。やっぱワープはずるい。
……ついでに、ワープは冒険者じゃなくても使える。が、くっそ高いので、実質の冒険者専用ツールと化しているだけである。
一般人が使用すると1回でパソコン1台買えるくらいの値段だが、冒険者だと割引も適用され新幹線で大阪から東京に行くくらいまで軽減される。破格である。
冒険者になると、高速鉄道とワープの料金がどっこいになってしまうので、そら冒険者はワープ使うよって話である。
結構いい時間になってしまっているので、あまり寄り道はできないのだが、中央区の駅構内で休憩を取り、ついでにお土産と、電車の中で食べるおやつを何点か買って、高速線にまた乗り込む。
高速線は全席指定席なので、俺はきなこの入ったキャリーケースを膝の上に置き、座席に座る。ついでに俺が窓側、通路側にユウキである。
キャリーバックの窓から、窓の外の景色をきなこに見せつつ、キャリーバックにさっき買ったおやつを一つ入れる。
ポテトを棒状にしたスナック菓子である。俺のお気に入り!
「きゅ?」
「食べていいよ。……静かにね」
「きゅっ!」
心得た、といった声の後、ぺりぺりとお菓子の封を解く音がして、ぽりぽりとお菓子を食べる音がし始める。
音だけでもかわいい。
俺も別のお菓子……細長い棒状のビスケットにチョコレートをコーティングしたアレを口に入れる。
「あ、俺も欲しい」
とユウキがいうので、2袋入っていたうちの一袋を渡した。
「あざーっす。この恩は来週にでも」
「んー……ふぃふぃふぇふふぇほ」
「何言ってるかわかんない」
お菓子を口に挟んだまま喋ったので、碌な発音にならなかった。
案の定聞き取れなかったらしいユウキが眉を下げて呻く。
咀嚼し、嚥下し……お茶を飲んでから「きにせんでも」と言えば、ユウキは眉を下げて笑った。
「毎回昼飯奢ってもらってるしさー。これくらいはあげる」
「ありがとう。しっかしうめぇな、これ」
「たまに食いたくなるよね。ポッ●ーみたいで」
イワナガヒメ様の駄菓子屋にも売ってるからたまに買う。
チョコレート菓子より、和菓子の方が好きではあるんだが、でもたまに食べたくなるよね。アーモンドチョコとか、コレとか。
お菓子を食べたり、お茶を飲んだりして……最後は電車の揺れに負け、睡魔に誘われて夢の国へ旅だったりもしたが、あっという間に電車の旅も終わる。
最後は南区の駅からバスで、家の最寄のバス停まで走り、数分歩けば家に到着である。
「ついたー!」
「きゅきゅーん」
長旅もこれで暫くお預け……って、来週は中央区行かなきゃだっけ。
俺が成人してれば最寄りの特防連施設でも行けたんだが、何分俺はまだ子供で、推薦状を使っての冒険者登録である。
テスト設備の関連に中央区に行かねばならんらしい。
俺的に会ったら興奮する神様に会えるから頑張れ、とユウキに言われたが……
誰だろ? 会ったら興奮する神様。
「推薦状は書いてくれなかったけど、お前個人が気になるから、行くわ。らしいぜ」
会いたいなら推薦状書いてくれたらいいのになー。
とユウキは言ってたが……必要数3枚のところ10枚集まったんだよな? まだ欲しいか? 十分では?
「ただいまー」
家のドアをくぐって言えば、曾おばあ様が「おかえり」と迎えてくれた。
「お邪魔しますー」
「きゅっきゅー」
ユウキに続いてきなこも鳴いて、キャリーケースから抜け出る。
おやつのゴミをゴミ箱に入れ、母君の下へと跳ねていくきなこ。
俺はリュックを片付けようと自室に戻った。
リュックを片付ける前に、中のものを出そうと口を開けば、空だった。
魔導結晶とか、入ってたと思うんだが……きなこが片付けたのかな。
そういえばアイツも虚空に収納する技術あったっけ。
いいよなぁ……便利だよなぁ……虚空収納。
理屈が良く分かんないけど、あれだろ? 四次元ポケットだろ? 羨まし。
そんなことを考えつつ、片づけをし母君のプレゼントやお土産も部屋に置いて、洗面台に行って手洗いうがいをする。
それからリビングへ戻ると、母君がソファーに座っており、きなこを撫でていた。
「お帰り、ハルト」
「ただいま、かあさん。……体調、どう?」
「んー……ちょっと、芳しくないけど、大丈夫よ」
「え、やっぱ無理したんじゃぁ」
「そういうわけじゃないの」
芳しくない の一言に俺は青ざめるが、母君は困ったように笑って流す。
「ちょっと、気持ち悪くなるときもあるんだけど……家事してる方が気がまぎれるから……無理はしてないわよ?」
「背中撫でるくらいしかできないけど、言ってね……? オレンジジュース飲む?」
「さっきのんだから大丈夫。大丈夫だってば」
苦笑い気味の母君。
心配で心配で仕方がないんですよこっちは!
ユウキは少し離れた場所で首を傾げていた。
それから曾おばあ様に何か話しかける。
声が小さくて聞き取れなかったが「魔力……乱れ……」だけ聞き取れた。
魔力の乱れ? ……まぁ、専門家だもんな、あいつ。
「ハルト君やーい。君の部屋借りるねー」
「あ、だったら僕も行く」
「君はきなことかーちゃんと語らってなさい。セレニエも借りるぜー」
「え、私もですか?」
「見たいでしょ?」
「曾おばあ様も見るなら僕も……」
「悪いなハルト君。この儀式は二人用なんだ」
「三人ですらないだと?!」
「じゃぁ、きなこも来る?」
「きゅっきゅー!」
きなこが嬉しそうにユウキの肩に乗った。
あっずるい!
「というわけで満員だ。悪いな!」
「酷い! いじめだ! 良いもん! 母さん独り占めするもん!」
くやしくなんか……ないんだからね!
……実際、儀式見ても俺じゃ理解できないしなぁ……
はっはっはっと笑うユウキと、ユウキに引っ張られて連れていかれる曾おばあ様、そしてユウキの肩に乗ったきなこを見送り、俺は母君に向き直った。
「何話してたのかな、ユウキと曾おばあ様」
「なんだったんだろうね?」
俺は一端キッチンへ行って冷蔵庫からお茶を出す。
コップに注いで、飲みながら戻り、母君の隣に座った。
数拍の沈黙。
うーむ、なんか喋った方が良いかな。
母君と二人きりになるタイミングなんて、今までも数えきれないほどあったはずなのに、不意に二人きりになるとちょっと緊張する。
何喋ればよかったっけ……。
普段なら、自室に行ったりも出来るんだが、残念ながら今回に限っては自室をユウキによって占拠されている。おのれ……。
「そういえば」
沈黙を破ってくださったのは母君だった。
「そろそろ夏休みじゃない? おじさんが、遊びに来ないかって」
おじさん……父上の弟……だったかな。
「哲司おじさん?」
「そう、哲司おじさん。去年一昨年って、風邪ひいたりなんなりで行けなかったけど、今年は幼稚園最後だし? って」
「行きたいけど……きなこ連れてって大丈夫かな」
「大丈夫じゃない?」
「そういえば、きなこ、修行の結果……人間モードを体得したらしいよ」
「にんげん……モード?」
「そう、人間モード。人に擬態できるんだって。流石きなこ」
「へ、へー……」
まぁ、そんな反応になるよね。
困惑と、驚愕の入り混じった複雑な顔をした母君は腕を組んで少し考える素振りを見せる。
それから「人型になれるんだ……」と独り言ちた。
「市民権、とりに行く?」
ユウキからある程度話が言ってるからか、それとも知性ありしと感じるペットに市民権を与えようとする文化がこの-街-にあるかどうかしらないけれど、母君はそういって首を傾げた。
「みんなそういうよね……来週、ユウキが僕の冒険者資格取るついでに連れてってくれるってさ」
「あぁ……推薦状もらった人と全員会えたんだ」
やはり、ある程度どういう事をしているのかユウキから話が行っているようだ。
推薦状は全部で10枚貰ってて、今日までにユウキと澪夢さんを除いて7人あっているから……一人足りないな?
「ううん。一人だけ残ってるけど、タイミング会わないんだって」
「冒険者……冒険者、かぁ……」
少し考える素振りをしながら母君が呟く。
不安、心配、それに何やら形容しがたい感情がないまぜになった声色に、俺は首を傾げることになる。
「やっぱり心配?」
「心配もあるけど……ハルトが選んだ道だしね。それとも止めてほしい?」
「止められたら困るから、ありがたいけど……いいの?」
決して息子が心配じゃないわけではないのは百も承知だ。
母君は俺を信用して好きにさせてくれているのは分かる。
が、あんまりにすんなり好きにさせてもらっているので、逆に不安になってしまう。
「……マザーストップするわよ?」
やっぱ失言だよね。
そういう反応、少しありがたいと思ってしまう。
やっぱいろいろ、毒されてるねぇ……。
「ごめんなさい。ありがとう」
あんまり突っ込むのは良くないらしい。
まぁ、心配しないわけないよねぇ……
熱くなった頬を掻いて、眉を下げていると頭を撫でられた。
母君が慈愛に満ちた顔で笑っている。
……すこし、おもばゆいというか……居心地悪いというか……




