#6 かなえたい願いの第一歩。
が、言われて思い出した。
そうだ。俺には救わねばならんやつが居るのだ。
「あのさ、きゅっきゅちゃんって知ってるか」
問いかけに応えたのは澪夢さんだった。
「ええ、名付けたのは私です」
ええ……奇天烈なネーミングセンス、あんただったの……いや、奇天烈というか、安直?
だってあれだろ? キュッキュチャンって鳴くからきゅっきゅちゃんなんでしょ? あれ。
まあ、いいや。
「外……いや、ユウキに言わせたらシステムのタカトーか。アイツがこっちの世界に苦しんでるきゅっきゅちゃんがいるっていうんだ。俺、そいつらを救いたい」
その言葉に、ユウキは澪夢さんを見た。
不安そうな、でも少し期待した目。
それに澪夢さんは肩をすくめた。
「実際見せてあげればどうです? あそこに該当する子が居るかどうかは知りませんが」
「……居なきゃ、困る」
複雑そうな、何か苦いものを味合わされているような嫌そうな顔を浮かべるユウキ。
数拍逡巡し、ユウキは苦笑を零した。
「とりま、かーちゃんに許可もらってこい。明日、ちょっと遠いけど日帰りの遠足にいくって」
「日帰りですむんだ?」
「5歳を初対面に等しい奴が連れ回すだけでもアレなのに、宿泊までしたら問題だろ。意地でも帰すよ」
呆れたようにため息を吐くユウキ。
普通の家庭なら、普通の親なら、そうか。
5歳がお泊りは心配するか。
そらそうか。
いや、母君や父上がオカシイわけではない。
きっと二人は俺を心配してくれている。特に母君は専業主婦なので、俺を色んなところに連れて行ってくれるし、いろんなことを話してくれる。
とても素晴らしい両親なのだ。
だから、俺は父上も母君も好きだ。大好きだ。敬愛している
まあ、だから本人の前では言わないが内心では父上、母君と呼んでるわけである。
本人の前では言わないが。口に出すときは普通に父さん、母さん呼びである。
世間ではパパ、ママいうらしいが、羞恥心がそれ許さなかった。スマン……。
だって、この世界では5歳だが、精神は前世の14年がさらに乗っているのだ。実質19歳である。
19歳がパパ、ママは……俺には無理だった。
「きゅっきゅちゃん牧場のパンフレット、要ります? 転送しますが」
と澪夢さんがサテライトのウィンドウを展開する。……あれ。
「欲しいです。……が、澪夢さんのサテライトって……?」
基本的にサテライトはアルヴェリア国民だと絶対に契約しなければならない義務がある。
だからどんな人でも傍らにサテライトがふよふよういているはずである。
で、サテライトの見た目は30cmくらいのマスコット型が多い。のだが、澪夢さんの周りにはそれらしいものが見当たらないのだ。
ついでに俺は子供なので消費魔力の少ないシンボル型である。
「ああ、私のサテライトはかなり特殊でしてね。この子がそうなんですが」
と背後にいた妖狐の少女を指さした。
って、居たっけそんな娘。あ、いや。サテライトなら出現したのだろう。今。
クリーム色の狩衣のような服を身にまとった、金色の髪に金色の瞳をもつ、3尾の妖狐だった。
右耳に赤い組紐を吉祥結びにした髪飾りをつけている。かなりかわいい。120cmくらいの幼い少女。
と言っても俺より少し身長が高いけど。
日本人の5歳の平均くらいしかないのだ。今の俺。
もっと身長ほしい。澪夢さん20cmでいいからヨコセ。
『うつぎと申します。以後お見知りおきを』
とお辞儀する姿は優雅。気品を感じますなあ……
「これは親切に……ハルト・アーバインと申します」
ぺこーとお辞儀した。
そんな俺の態度に澪夢さんとユウキの目元が和む。
澪夢さんはともかくユウキにそんな態度とられるとイラっとする。同い年だったくせに子供扱いすんなや。
うつぎさんから貰ったきゅっきゅちゃん牧場のパンフに早速目を通す。
……
…………。
なあ。
「これ、牧場……?」
動画で流れている内容は電気の料金プランのことばかり。
あとはアクセス方法くらいしか書かれていない。
きゅっきゅちゃんがどんな生態なのかとか、どういう観光ができるとか、一切謎である。
つかきゅっきゅちゃんの姿がパンフに見当たらない。発電機らしいでっかい筒が書かれているのみだ。
困惑する俺に二人は苦笑を返す。
「一応、牧場内に放し飼いになってるから。行きゃあみれないことはないぜ?」
「今牧場を管理してくれている方があまりきゅっきゅちゃんに積極的ではないのです。まあ、牧場主もコレですしね」
と澪夢さんがユウキを指した。
牧場主がユウキ……?
意味がわからなくてユウキを見れば、ユウキは苦笑していた。すごく苦々しい苦笑だった。
「長くなるぜ?」
「……はあ?」
どっから話せばいいかな……なんて、ユウキが足を組みながら言う。
すらっと長い足がちょっと大人っぽい魅力を醸している。……タカトーの分際で……!
と、いっても、だ。
前世では同級生だったが、こっちでは結構な年数この世界にいるらしい。お医者さんらしいし。この−街−のNO2と知り合いだし。
そら大人だろうねえ……少しさみしい。
同級生が俺を置いて勝手に大人になっているのは、少し……いや、正直物凄く淋しいものだ。
「何複雑な顔してんのさ」
「……いや、大人なんだな……って」
「……? 何を唐突に……」
困惑しつつ、ユウキは人差し指を立てた。
「いいか? きゅっきゅちゃんってな、実は魔物なんだよ」
すんげえ爆弾発言だった。
魔物は、この世界のどこにでもいる。
そして−街−は魔物から中にいる住民を守る為に結界を張っているのだ。
知性はなく、無差別に生物を襲い、貪り食う。
だから−街−の外には荒野が広がっているらしい。
そして住民は冒険者を除いて−街−の外にでることはない。一生を生まれた−街−の中で終える者が大半なのだ。
「正確には、家畜化された魔物なんだが、元は『外側』にいるシステムのユウキの尖兵なんだよ」
「せんぺい」
その言い草は、まるで『外側』と『内側』で戦争でもしているようだ、と感じた。
「そうだよ。魔物と俺たちは戦争してるんだ」
口に出していたらしい。ユウキが肯定する。
「ま、戦争をしているつもりはお互いないだろうけどね。随分昔から争ってるんだ。この−街−の建造は約2万年前だし」
「今年は女神暦21644年ですから、随分長い戦争ですよね。最早皆さんそんな意識ないでしょうが」
「戦争っても、冒険者vs魔物だからなあ……地味なもんだよ」
そう言ってからユウキは人差し指を立て直す。
「きゅっきゅちゃんが現れたのは1000年前。初めて見つけたのは−8番街−の南西区だった。で、システムの俺が造ったものだとわかったから、牧場を作って隔離したんだ。きゅっきゅちゃんが何もできないように」
「で、作られた牧場がきゅっきゅちゃん牧場でして。魔物ですから、ペットとして飼うわけにもいかず1000年以上牧場で飼い殺しているわけです」
締めくくったのは澪夢さんだった。
飼い殺しって……身も蓋もねえな。
「言い方は悪いですがね……魔物の割に、結界をスルーして−街−の中に潜伏してたんですよ……魔物としての本能が強ければこの−街−は消滅してたでしょうね……」
「お前にゃ悪いけどさ。俺はきゅっきゅちゃんを魔物と認識しているし、あいつらより−街−の民のほうが大事なんだわ。発見当初は仲間も何人か殺されてるしな。恨み恨まれてる仲なの」
そう言ってから、ユウキはサテライトのウィンドウを寄越す。
書かれている内容は所謂フレンド登録だった。
「何かと連絡するかもだしね。明日は一緒に出かけるし。とりま実物みてからでいいんじゃね」
そう言って、指を鳴らして結界を解いた。
「カウンセリング、もう終わったかね」
時計を見れば10分程経っていた。
時間操作とかムチャクチャやるなあ……すげえやつなのだろう。きっと。
「きゅっきゅちゃん牧場って、南西区なん?」
「そだよー」
「ここ、南区じゃん? 移動、どうするんよ」
区が違うと都道府県というか、地方が違うレベルで移動することになる。
基本鉄道とバスだが、区をつなぐ鉄道は、少々特殊なやつなので、一般市民にはお高いのだ。
いわゆる新幹線的な。
「まあ、普通に鉄道とバス使うぜ? 最悪ワープ使ってもいいがな。 俺、冒険者だし」
とユウキがサテライトのウィンドウをだした。
冒険者証が提示されている。
ギルド……正式名称は対特殊生命防衛連合である。
特殊生命は魔物のことで魔物を退治する者を冒険者と呼称している。まあ、純粋に−街−の外を冒険し、地図を作成しているものや、昔の遺構に潜りトレジャーハンターをしているものもいるが……どの道−街−外にでるには魔物に対応できなくてはどうしょうもない。ので総じて冒険者と呼ばれている。
ハイリスク・ハイリターンの代名詞なので、かなり稼げる。その分命の保証はない危険な仕事だが。
……憧れないと言え嘘になるよねー!
俺転生者だし、都合の良いスキルとかない?
こう……無限成長とかさー! チート魔法でもいいよ。……まあ、そんな都合のいいもんないか。アハハハハー。『外』のタカトーも、そんなもんないって断言してたしね。残念だ。非常に残念だ。
「……ハルトくん? 何変な笑いかたしてんのさ」
ユウキが半目を寄越してきた。
あ。顔に出てたのね。俺は曖昧に笑って誤魔化すことにしたが、ユウキが不審そうな顔を浮かべた。
しっかし、ユウキの顔は美形だ。
母君も美人だと思うんだが、ユウキのそれは別格だ。元の高藤優樹の面影もあるんだが、なんというか……誰かから産まれた人間の美しさとは思えない。
あ。クリーチャーヒューマンは神から創造された人類だとはいったが、見た目はオリジンヒューマンと大差ない。美しさも千差万別である。
最初の成り立ちが神の創造物ってだけで、生殖方法は男と女が仲良し(意味深)して……いや、もうぶっちゃけ、男女が生殖行為を行って増えている種族である。
ので母君と父上の遺伝子を受け継いでいる俺も、幼稚園では結構モテている側である。ありがとう母君、父上。
……アルヴェリア王国の義務教育は、法律上では小学7年の中学3年の計10年間だが、一般的には幼稚園か保育園に入れるし高等学校3年も事実上の義務教育だ。まあ、高等学校までは補助金のお陰で実質タダで行けるからね。入れなきゃ損なので一般的には高校までがんばるよね。
もうちょい言えば父上も母君も大卒である。父上に至っては院卒なのだとか。超絶エリート。
という感じで、アルヴェリア王国は教育に力を入れているのだ。
俺もワンチャン大学生活を満喫できるのかねー。
取り敢えずは小学校だけど。
「いやあ、冒険者って危険な職業じゃん? ハイリスク・ハイリターンの代名詞。俺も憧れるけどさ、ユウキってすげーんだなーって」
思考があらぬ方へ脱線していくが、ユウキに笑ってた理由を答える。実際はちょっと違うけど。
や、だって。なろう展開期待してた何って言ったら現実を見ろって馬鹿にされるじゃん。恥ずかしいじゃんヤダー。
「んー? 俺魔術師だしなー」
答えになってるんだかなってないんだか。
「魔術師はやっぱ遠距離だから?」
ゲーム的思考だが、魔術師といえば遠距離からバンバン魔法を撃つイメージがあるし、やっぱリーチ
活かして安全に戦うのだろうかと考えてしまう。
「んー……魔力耐性とか防御面のほうが重要だし、遠距離だから安全ってわけでもないんだが……」
と、ユウキが扉の方へ目線を送り言葉を遮った。
母君が戻ってきた。あっちも話は終わったのかね。
ドアを開けて母君が入ってくる。
澪夢を見て一礼。やっぱ母君は知ってたのね。
俺にも教えておいてくれよ。この人がお偉い人だってさ……母君……。
「おかえり、かあさん。あのね、ユウキさんと明日おでかけしたいんだけど、いいかな? 牧場に連れて行ってくれるんだって!」
子供っぽさを意識して、あえて楽しそうに明るく話す。多分母君は俺のことを悟っているだろうけど、だからってあからさまな態度を取りたくなかった。だって、母君が心配してるのも知ってるし。
ユウキがにこやかに微笑んで母君に説明してくれる。うーん、あいつやっぱ大人なんだなあ……
それに母君は少し戸惑いつつも「よろしくお願いします」と言ってくれた。やったぜ。
と、いうことで、俺は念願のきゅっきゅちゃんと邂逅することになったのだ。明日が楽しみだぜ。