#55 もっと聞きたいことはあるが時間が短すぎる!!
瞼を開けて目に飛び込んできたのは、黒いシーリングファンだった。
シーリングファンについたライトは消されているが、窓が大きいらしく室内は明るい。
俺自身は、ジャギーなラグの上に寝かされているらしい。
寝返りを打てば、ローテーブルの黒い鉄製の足が見えた。
……俺が倒れてから暫く時間がたっているらしい。
起き上がれば、ローテーブルの上にはお茶会をした跡が。
飲み干したティーカップ、皿の上にはお菓子と開けた包装紙が半々。
「お、少年ー、起きたか―。紅茶飲むか?」
……アバズレがなんか言ってる。
……いや、紅茶くれるらしい。いい加減まともに呼んでやるか……
「いただきます」
しかし癪だ。
「なんだその顔は……紅茶以外がお望みかにゃ?」
「いえ、紅茶いただきます。ストレートで」
「大人だにゃぁ……一応ミルクと砂糖もおいとくお」
そう言いながら湯気の立つティーカップを目の前に置いてくれる。
そしてシュガーポットとミルクポット……ティーカップと同じデザインだ。
なんかのブランドかな?
当然この世界に、前世のティーカップ知識……特にブランド知識はあてにできない。ノリ〇ケもWe〇gwoodも……ナ〇ミもないからな!
紅茶葉もしかり。
この世界……いや、星か。
ネピュラスは地球と近い環境の星ではあるのだが、地球と一緒……というわけでもないらしい。
そもそも、俺の知る2020年前後の地球とは過ぎた年月も違うしねぇ……
日本風な-八番街-だが、海ないしね……-八番街-、実は島国ではないのだ……
似てるけど一緒ではないこの星だから。土の質も、生物も、似ているようで違うから、そっくりそのまま同じものは出来ない……まあ、出来たとしてもそれはそれで盗作だのややこい話になるから、出来ないけどねえ……
……目の前のティーカップに集中すっか。
白い磁気のカップである。
……多分、磁気。滑らかで、外側には小花模様が浮き出ている、シンプルだが可愛いカップだった。
いいなあ、こういうシンプルなカップすきぃ。どこのブランドかなあ……だがしかし、抹茶茶碗ではないので底面を覗き込んだりはマナー違反なので、自力で調べることは出来んな。残念。
カップを愛でていると視線を感じた。
ローテーブルの反対側で、バアル様とルシファー様が微笑み浮かべつつ俺を見つめている。
……美女にそんな見つめられると照れますなあ……
ちょっと頬が熱いことを自覚しつつバアル様を見返せば、バアル様が「ちょ、ま。ごめ」と短く悲鳴を上げつつ鼻を手で覆う。ふっ……勝った。
鼻血を垂らしてハァハァ悶えてるバアル様にルシファー様がボックスティッシュを差し出している。
なんか、仲良さそう。
間に挟まりたい欲求もあるけど、下手に間に挟まったら色んな意味で血を見る気がする。
大体俺は夢より腐よりなので、間より天井になりたい欲求もあったり……難儀だな。何がって俺の性格が。
いや、美女たちの間に挟まりたいって欲求は、(享年)14歳+6歳の男としては真っ当でしょう? でもその反面、仲良し女子の間にはいるのは腐男子の矜持として如何とも……!
「……少年、唐突に変な悶え方しだしたな……」
「少し……心配になりますわね……」
困惑気味なバアル様と、困った表情で頬に手を当てるルシファー様を見て俺は正気を取り戻す。おっと……ついつい妄想が……。
「ハルト様……でしたかしら。カップに興味があるのでしたら、私いいお店を知っていますのよ。よろしければご案内いたしますわよ?」
鈴のような、涼やかな声がする。
長いプラチナブロンドの髪を腰までたらし、3対の漆黒の翼を畳んだ堕天使の女性……俺が意識を失う前にはすやすやと眠っていたルシファー様だろう。
大きな翡翠の瞳には、穏やかな微笑みが乗せられている。
人当たりのよさそうな、陽だまりのような女性だった。
頭上を鮮血のように赤い魔法陣型の天使の輪がゆっくり回転していたり、背中の闇を切り取ったような漆黒の翼やらで堕天使だとわかるんだが……それを差し引いても聖女って雰囲気を醸している。うん、なんていうか……天使だな。
俺的にはバアル様が一番ドタイプだが、ルシファー様もすごく良い。好きなタイプだ。……まぁ、二人にとっては俺はただの一般ペーペー。木っ端も木っ端だろうがな!! 現実を見よう。そして俺はアイドルのように彼女たちを拝むのだ……。
ちょっと賢者モードじみた落ち着き方をしてしまったが、一応正気、ボクゲンキ。
……こう、俺の周囲は母君をはじめに、(感性が)日本人な俺にとっては少々華美、華麗な人たちが多いためか、俺の目って相当美的な方面には肥えていると思ってたんだが……
こうも、華のある美女達に囲まれると……挙動も不審になりますわなぁ……げへへ。
……さて、いつまでも現を抜かしてるわけにもいかないか。
つか、何の為にここに来たんだっけ? 推薦状出してくれた人を見に来たんだっけ。
よくよく考えれば。
この4人、全員高ランク冒険者なのかよ……
冒険者、というものに興味はあるけれど、言うほど知識があるわけではない俺だけど、一般的に高ランクと言われるA級以上が全体の1%未満なのは知ってる。
そんな、1%未満の上澄み勢がこんなにも一堂に会してんだよなぁ……すげぇ。
「ハルト様……?」
ずいぶん固まっていたらしい。不審を覚えたルシファー様の声で俺は我に返り、即思考をぶん回す。さて、どう答えたらいいものか……
「あっと……えっと……うれしいお誘いですが、自分まだ5歳児ですので……お店行っても買うことができないので……お気持ちだけ受け取っときます。ありがとうございます」
まぁ、断るしかないんだよな。もうちょい大人になってから……具体的には一人暮らし……じゃねえな。きなこいるし。自立できたらそういう店にも行きたいものだけれども、今は時期尚早ってな。
あと、様付けは照れるなぁ……
「あの、ルシファー様から様付けされると……畏れ多いと申しますか……俺は5歳のガキですし、呼び捨てで結構ですよ?」
「まぁ……幼子ですのに、しっかりしてますのね……敬称は私の趣味でございますの。お気になさらないでくださいまし。……それに、私あらましはある程度聞いておりますが、改めてお聞きしても? どうして、冒険者になろうと?」
ルシファー様が首を傾げた。
それに俺は目を瞬かせる。
あ、そっか。ユウキに任せき切り……というか、ユウキが勝手に冒険者への推薦状を用意してたから、彼女たちは俺がなんでこうなってるのか、詳しくは知らんのか。
……いや、俺もなんでこうなったか……
でもまぁ、冒険者になる決意はまだ……決まり切ってない……ん、だが。敢えて言うなら
「金の為……ってことになりますかね。やっぱり冒険者は稼げますし。……一刻も早く稼がねばならんので」
「何故です? 貴方の家庭は困窮しているようには見えませんが……?」
「あ……いえ、そうですね。生活には困ってないんですが……俺の夢の為には少々大金が必要でして……そのための足掛かりと申しますか」
「夢……ですか」
首を傾げるルシファー様からユウキへ視線を向ける。
ユウキは黙って……ものすごく生暖かい視線を俺に寄こしつつ微笑んでいる。
うっぜぇ……。
半目で睨めばユウキは俺に近寄って頭を撫でた。
まーじで、前世じゃ同い年だったくせに子供あつかいするー!
いや、こっちじゃ年齢差えげつないし? 事実俺は子供だが!! しっかしこいつに子ども扱いされるのは腹立つ! やめろ! やーめーろー!
「俺の管理してる牧場を買い取るんだってさー」
俺の代わりに説明するユウキは心底面白そうに笑っている。
「へー……」
興味あるんだかないんだかな返事をするのはバアル様で、ルシファー様に至っては「ぼ、く、じょ、う?」と声を出さずに唇だけで呟きつつ首を傾げた。
そんなルシファー様の様子を知ってか知らずか、ユウキは苦笑のまま肩を竦める。
そして、机の上に乗ってクッキーを貪っていたきなこを指差して告げる。
「それの牧場」
「あぁ……きゅっきゅちゃん……」
……まぁ、ユウキの仲間だからか……? そら、知ってるか。
「…………、……きゅっきゅ!」
きなこはクッキーを口に放り込み、しっかり咀嚼して嚥下してから鳴く。
それからマグカップを触手で抱え、ごっきゅごっきゅと中身を飲み干した。
紅茶……だったんだろうか……それとも違う飲み物だったんだろうか。




