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#54.5-2 ???

 ハネズの家は、店の裏手に建っていた。

「まぁまぁ、狭いとこだが寛いでくれ」

 なんてハネズが言いながらリビングへ案内する。

 リビングは、マンハッタン調で整えられており、明るく、そして静かだった。

 ハネズがキッチンへと入っていく。

「紅茶でいいかにゃー?」

「コーヒーが良いです」

「ヴィーちゃんには聞いてないよん。そしてコーヒー豆ないからその望みはかなえられないのだ! 紅茶で我慢しろぉ~」

 にゃははははと笑いながら紅茶葉を用意するハネズ。

 拒否権はないらしい。

 

 紅茶を用意している音を聞きながら、”彼”は震える声で吐息する。

 そして意を決した顔でヴィーを見、問いかけた。

「……怒って……ないのか?」

「何が……って、とぼけなくていいですね。怒ってますよ?」

 恐る恐る尋ねる”彼”に対し、ヴィーは満面の笑みで即答した。

 こめかみに青筋を認めて”彼”は尻で後退る。

「恐れなくていいですよぉ~? と、いうか。いち修道女の怒り如き、魔王様からすれば恐れるものでもないでしょう~?」

「い、いや……魔王とかそういうの関係なく怖いです。じゃ、なくて……!」

「じゃなくて?」

「……いえ、なんでもないです……ごめんなさい……」

 ”彼”がしょぼくれる。声が徐々に小さくなっていく。

 何故か”彼”は正座で縮こまっていた。


「おいおいヴィーちゃんよ。いたいけな幼子を尋問するのがシスターの仕事かぁ? 虐めてるようにしかみえんぞ」

 ティーカップを3つ、ローテーブルの上に乗せながらハネズは言う。

 それから、ローテーブルに置いたティーカップの一つを改めてとり、ソファーに腰掛けた。

 紅茶を一口、口の端に笑みを乗せたまま首を傾げた。

「言いたいことはそれじゃないだろぉ? 素直になれよおまえたちぃ~」

 足を組み、瞳を閉じてハネズはティーカップに口をつける。

 ハネズはそれ以上何かを言うつもりはないらしい。

 ハネズを見ていた”彼”は再びヴィーを見る。


 ヴィーは苦笑を滲ませて肩をすくませた。

「いろいろ聞きたいことはあるんですけどぉ。……勇者がそろった後の方がいいですかね? ハネズの話じゃ、もう魂はこっちに連れてきてるんでしょう?」

「そだよー。まだ生まれてないみたいだけど」

「……私的に疑問なのだが……ハネズ、あっちの世界でもその記憶はあったのかい?」

「なかったね。そこらへんの事情、気になる?」

「気にならないと言えばウソになる。あっちの……」

「アイリって呼んでくれて構わんよー。ハネズさんは世界に対して強いから。あっちでの名前を読んだからって減衰しないの。逆にヴィーは拙い。決してあっちの名前で呼ばないように。下手したらその体が瓦解しちゃう」

「……ハネズに対してもいろいろ気になるが……ヴィーも……蘇生したって解釈でいいのか?」

 恐る恐る”彼”が尋ねれば、ヴィーは静かに首を振った。

「いえ。変性してます。今の私、真祖に近いヴァンパイヤなんですよ」

 そんなカミングアウトに”彼”は可哀そうなものを見る目をする。

「……好物だったのに……? ニンニク……」

 ”彼”の古い記憶によれば、彼女の好物は甘いものとニンニク料理。

 ガーリックバターのラスクなんかは常備していた。

 そんなニンニク好きがヴァンパイヤなぞに変性するのは……好物がアレルギーになることを想像すれば、ヴィーの気持ちも想像できるものである。

 が、ヴィーの反応は想像したものとは真逆の『何をバカなことを言ってるんです』と言った、あっけらかんとしたものだった。

「……ヴァンパイヤというより真祖寄りですからね……。食べますよ。ニンニク。というか、ニンニクすらダメならこんな格好しませんってば……」

 バカを見る目で応えるヴィーに、”彼”は苦いものを味わうような顔になる。

 ヴァンパイヤと言われて率直な感想を述べたが、確かにヴィーの姿は聖職者に相応しい格好をしており、その服には十字架のデザインが刻まれているし、何だったら刺繡は銀糸であしらわれているようだった。苦手だったら一瞬で自殺志願者に相違ない姿である。

 改めて見れば、ヴィーの姿はあの頃と寸分変わっていない。

 だからこそ、”彼”の動揺は激しくなり、目があった瞬間咄嗟に出てきてしまったのだが。

 人間を辞め、ヴァンパイヤとして変性してしまった彼女。

 その原因の一端……どころか大部分を担いでいる自覚がある”彼”としては、彼女に謝罪したいのだが……何から言えばいいか……そもそも何か言う資格があるのかなど思考が沼にはまっていく。

 彼女自身、怒っているらしいし。余計に。

「ハネズさん、あっちには魂だけ転生してたんね。こっちでも生活基盤が整ってた跡だから、魂をこう……2つに割って、片方を飛ばしてたん。んで、君らに出会った。あとは君らの知ってる通り。あっちのハネズさん……アイリーンはあっちの世界の魔術適正が高めだったらしくて稀代の天才魔法使いとか持て囃されたけど、こっちではもっと上がいるから、あんまりハネズさんに魔法のこと聞かないでね」

 ヴィーと”彼”の関係を思い、ハネズは内心苦笑を零しつつ自分事を話す。

 それに対しても”彼”は何か言いたげな……複雑な顔をしていた。

「感謝しろとはいわないがねー。ハネズさんがこういう事情だったからこそこっちでまた再会できたんだぞー。ありがと言ってくれてもバチァ当たらんぞい?」

 胸を張ってふふんと息を吐くハネズに、二人は白い目を向けた。

「結果論では?」

 ヴィーが呟く声にハネズは肩を跳ねさせた。

「そ、そそそそそそ、そんなこと……」

「ありますよね?」

「ある……かにゃぁ……」

 詰めるヴィーにハネズが頬を掻いて視線を泳がせた。

 この二人は、あっちの世界からこっちの世界に来てからもこうやって姦しくやっていたのだろう。それに懐かしさやここに”勇者”がいないことに対する寂しさなんかを感じて”彼”は小さくわらった。

「……懐かしいな。旅のことを思いだす」

「あの頃は、良かった……とは言いたく無いにゃぁ」

 困ったような苦笑を零してハネズが笑う。


 大変な。本当に大変な道のりだった。

 魔王城に届くことなくヴィーは凶刃に倒れ、ハネズはヴィーの亡骸を抱いて消えた。

 ”勇者”と”彼”はそれでも魔王城へと向かったが……

「大体のあらましは、まぁ……聞いてはいるんですけどね。一から説明する……時間はないですよね」

 時計を見つついうヴィーに”彼”は首を振って否定した。

 ハルトには悪いが、”彼”はヴィーとハネズに謝罪と、彼女たちが気になることを答えるために出てきたのだから。

「いや、まぁ……ほぼ言い訳で良かったら軽く説明するつもりだよ。言い訳なところが申し訳ないがね」

「言い訳……ですか」

 首を傾げるヴィーに、”彼”は苦笑を返した。

「どこから話せばいいか……私は、国王直属の諜報部隊の出だとは知ってると思うが、そもそも初代勇者パーティーの斥候職でね……」

 そうして話始めるのは始まりから。

 初代の勇者パーティーとして魔王を討伐したこと、しかし今度は勇者が魔王へと変質したこと。あの世界の魔王とは体の良い燃料であり電池であり、国王の欲望の為に魂が摩耗するまで生命力を搾り取られていたこと。魔王になるという呪いは代々討伐した勇者が受け継ぎ、そのおかげであの国は未曽有の発展を遂げていたこと、そして”彼”自身は不老不死にされてずっと国王の言いなりになっていたことと、陰で暗躍し、国王を殺すために生きていたこと。

 いろいろ話した。

「初代勇者が魔王になる時に、俺も一緒に魔王の呪いを受けたんだ。だけど、魔王は勇者が成ったから、俺は不老不死の呪いだけ受け継いだ。魔王としては不要だけど、俺を自由にするのもそれはそれで国王的には都合が悪いだろう? だから、絶対服従の制約をつけられてね。……まぁ、パシリだったわけだ」

「……ちょいちょい口悪いよね、アッ君」

「あの国王に敬意を持てと?」

「ま、無理だよね。ハネズさんも生理的に無理」

 即答で返ってくる言葉に”彼”は笑うしかない。完全に同意だから余計に。

「ヴィーには……いや、君たちには悪いことしたと思ってる。すまなかった。私は、君たちを利用していた」

「利用……ですか」

 ティーカップに口をつけつつ、ヴィーが半目に目を細めた。

 細められた目に、剣呑な光が宿る。

「貴方が気に病むこと、ないんでは?」

「は?」

 ヴィーの一言に、”彼”が素っ頓狂な声を挙げた。

 全くの予想外だった言葉らしかった。

「いえ、だって……利用したとかいいますけど貴方……私の記憶が正しいなら初めに誘ったのは”勇者”ですし、貴方、私たちのことめっちゃ心配して魔王討伐パーティーなんか行かなくていいって止すらしてますよね? 強行したのは私たちって話ですし。それで利用したなんて酷いなんて抜かしたら私たち……馬鹿か外道かクズですってば。それにあのクソ国王はいつか誰かが止めなきゃダメって今ならわかりますよ。饗応打倒の礎になれたんだから、寧ろグッジョブですよ」

 だから言ったじゃないですか、『お疲れ様でした』って。

 そう締めくくってヴィーは再度ティーカップに口をつける。

「ま、”勇者”焚きつけるためだからってマジもんの魔王ムーブかましたのは減点カナーって思うけど、あの世界、あの国王が死んだ時点で詰みだしねぇ……虐殺はわるいことだけど、でも……介錯だと言ってしまえば……絶対に悪いとも言えないんだよね。事実、あの国以外の人間の末路は悲惨なものだったよ。ま、君の手が真っ赤なことは変わりないし、それが罪であることも変わりないけどね」

「ハネズは優しいな。……そうだね、これは私が永遠に償っていかなきゃいけないことだ」

 両手を見下ろし、頷く”彼”にヴィーは微笑み、ハネズは”彼”の頭を撫でる。

「まぁ、ハネズさんもヴィーちゃんもさ、途中からは外野になったし、外から見たからこそ見えることもあってだなぁ。アッ君のこと、そこまで怒れないんだわ。だから、お疲れと労えもするわけなんだけどね? 問題は”勇者”君ぞ」

 ハネズの言葉に”彼”は黙って目を閉じた。

 そしてだらだらと冷や汗を垂らし始めた。

「……話し合いに応じてくれるとおもうかね……?」

「……”勇者”くんアレで頑固というか、頭硬いからねぇ」

「この体はもう私のとは言いづらいから、切傷事は良してほしいのだが……容赦はしてくれないだろうなぁ……これ、会わない方がよくないか……?」

 なんて呟く”彼”にハネズとヴィーが、驚いたように瞼を瞬かせている。

 まさか、”彼”がそんなことを言うとは。

(こいつ、”勇者”のことを見ているようで見てないんだにゃぁ……アイツだってそこまで……まぁ、面白そうだから黙っとこ!)

 ハネズは快楽主義の愉快犯である。楽しければ何でもする。

 犯罪は今後が楽しくなくなるからしないが、楽しいなら自分の命くらいは余裕で投げ出せる。それくらいには楽しいことが大好きだし、後々楽しいと思えると判断したなら仲間も売る。

 そんなハネズを良く知るヴィーは、悪だくみの気配を感じハネズを一瞥した。

 ヴィーも、元聖職者というからには良識は持ち合わせているのだが……いかんせんハネズの友達である。実害がないなら多少の悪戯は人生のスパイスだと言い切るくらいには毒されていた。

 つまり、『”勇者”くんと遭遇したら有無を言わさず殺されそうだ』と怯える5歳児(in元仲間)の誤解を解かずに観察しようという魂胆である。

 

 仲間割れもしたが、掴みかかるくらいはするだろうけれども、切り殺そうとするほどの激昂は、”勇者”と言えどもあっちの世界に置いてきているのである。

 と、いうか、そうせざるを得ないくらいには、あの世界が酷過ぎた。

『なんで俺たちに相談してくれなかったんだ』と文句は言うだろうけど、”彼”を害する理由にはもうならないと知っているのである。……”彼”以外は。


 そして、肉体を自分のものと思ってないのも意外だった。

(いや、あんな過去があれば残当といえば残当なんだけどね……魔王として死ぬ気だったんだし、転生しても第2の人生エンジョイしよう……なんて性格でもないから、別人格を作り出したんだよなぁ)

 少し可笑しみすら感じつつ、ハネズは”彼”を見る。

「ま、すぐ会うってことでもないしな……うん」

 なんて自分を納得させる”彼”はハネズの知る”彼”とは少し違う。

 新しく生み出した人格が、いい方向に作用した結果なのか、そもそもそういう性格だったのか。

 

 ハネズの知る”彼”は、あの村で過ごした4年と、勇者パーティーとして魔王討伐に勤しんだ2年間だけだ。

 短いと言えば短いが、その間ずっとそばで見ていた。

 ……まぁ、”彼”はずっと役割を演じていたわけだが。

『戦火に村を焼かれて避難してきた孤児の少年』『王国軍に従軍し斥候のスキルを持つ兵士』そして『魔王の核を奪い、魔王として君臨した裏切り者』

 そういう仮面越しでしか見ることは出来なかったわけだが……

 それでも親密になれたと思っていたし、役割を演じていただけだと気づいた時には裏切られたとさえ思っていた……

 だから、少しくらい、意地悪してもおちゃめで済ませれると思わないか?

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