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#47 きなこ、えっぐいなぁ?!

 全員が朝食を食べ終わったあと、きなこは意気揚々と庭に出た。

「きゅっきゅー!」

 高らかにひと鳴きし、どっからともなく杖を取り出すなこ。

 ねじれた木の枝な意匠の、50㎝程の……仙人とかが持ってそうな杖を高らかに掲げ、きなこはふすっと荒く息を吐いた。

 

 杖をくるりと振り回し、地面を杖で突く。魔法陣が地面に展開し、魔力がうねり

 風になって空間に広がる。

 結界だ。

 視覚の情報遮断系と、人避け……認識阻害も入ってる? あと、内側から外側に対する干渉不可もあるっぽいな。外からの干渉は人避けでもって防ぎ、内側からの影響は通さない。そんな結界らしい。

 

 魔術知識がある訳ではないので、何とも言えないが……雰囲気である程度は何故か効果がわかる。何故かわからんが。

 

 結界の範囲はちょうど庭を囲う程度か。

 しっかし、素人目には鮮やかな手並みにしか見えんね。母君は機密漏洩を心配していたが、ここまで瞬時で自然な展開だと、漏洩もくそもなくないか?

 ああ、これを突破できる腕前なら、弟子にでもとるか……なるほど?


 魔術の知識はまーじでないので、詳しいこと言えないけどね?


 ユウキを見れば、ニコニコとほほ笑んだままきなこを見ている。

 その隣で、母君は青ざめていた。

 ……うわぁ、可哀そうに……母君、ありゃSANチェックしてるなぁ……下手に知識あると……いろいろ知っちゃって常識を覆されたんだろうなぁ……と、言うことは、今きなこが行った所業は、一般魔術師にとっては仰天異次元とんでも技術なんだろう。具体的にどこが何とか言えないけどね。なんせ俺にゃそんな知識ないからね!


 ……いいなぁ、俺もSAN値直葬されてみてえなぁ。こう、常識を覆される感覚ってあんま味わえないしなぁ……いいなぁ、いいなぁ、いや、よくねえわ。

 なんか、流されてとんでもねえこと言ってたわ。正気無くすほどの常識を覆される感覚はご遠慮願いたい。正気失って廃人になるのは流石にやだわ。


 現実に目を戻すと、きなこが杖を振り回して魔法陣を複数個展開していた。きなこの周囲をぐるぐる移動しながら構築されていく魔法陣は、起動されることなく消失し、また新たな魔法陣が構築されていく。

 俺にはこの修行に何の意味があるか分からないが、母君は最早化け物でも見たような、顔面蒼白という言葉が相応しい表情をしている。可哀想に……


「なあ、ユウキ?」

「なんー?」

「母君がなんであんな顔してるか理由、わかる?」


 母君に聞いても返答が返ってこなさそうなので、ユウキに聞いてみたら、ユウキは苦笑した。


「んまあ、常識が覆されてるから、としか……」

「魔術師の常識、ねえ……俺はそこら変疎いからなあ……」

 後頭部を掻きつつ、言い訳じみたことを口に転がせば、ユウキは俺を見て目を瞬かせた。

「俺も良くわかんないけどさー」

 良くわかんないって……あーた、魔術師やん。

「出来る奴は、出来ん奴の心情がわからんのだ。特に、初めから出来る奴は、想像すらできん」

 自慢ですか?

 顔に心情が出てたらしい。ユウキは苦笑を深め、更に宣う。

「俺にとって魔術の複数同時運用なんて息を吸うのと同じくらい普通のことだからね。それを異常だと、異才だと慄かれてもようわからん」

「そんなもんかね?」

 釈然としないと思いつつ相槌を打てば、ユウキは「ときにハルトくん?」と続けた。

「お前、両手で文字を同時に書けるか? 日本語でもいい」

「日本語……難しいだろうね。練習すればある程度はできるかも?」

「魔術師の魔術運用もそういうものらしい。一般に広くいる魔術師は片手で文字を書く程度のレベル。偶に両手で同時に同じ文字を書けるやつがいる」

「ふんふん」

「両手できれいな文字で別々の文字を書けるやつが大魔術師」

「きなこは? 大魔術師レベル?」

「きなこのレベル? あいつが今やってることを例えたら『両手両足で別々の言語でもって詩を書いてる』ってところかな」

「異次元やん」

「だから言ったろ?『やれるもんならやって見ろ』って」

 そら、アレをできるなら弟子にもするし懇切丁寧丁寧に指導もするか。

 納得である。


「と、いうことはエルフでもアレをできるやつは少ないのか?」

「きなこレベルは居ないなあ」

 即答だった。

「フェンファーゲンって魔術大国じゃん? 七魔殿とか七聖天とか仰々しいのがごまんといるのに、見ても模倣できないくらいのしかいないと思ってるわけか?」

「そだねー。七魔殿の族長とか、七聖天ですら、『両手で同じ文字を同時に書く』程度のレベルか

 な」

「そうは思えないけどなあー」

「あいつらがうまいのは速記だよ。ハルトくん」

 朗らかに笑いユウキは言う。

「高速詠唱や圧縮詠唱を多用して、それこそマシンガンのように吐くことはうまいんだ。だいたいの大魔術師は無詠唱に近いレベルの高速詠唱と圧縮詠唱の使い手だよ。だが」

 そう言ってユウキは手を翻す。

 瞬間複数の魔術が同時に立つ上がった。

 立体的な魔法陣が複数個、ユウキの周囲を周回する。


「こういう、同時構築は苦手だよね」

「パソコンみてーだな。CPU的な?」

「普通の魔術師は、魔術運用に限ってはある意味CPUっぽい挙動をしてるのかもね」

 クスクスと笑いながら魔法陣を散らしていく。

 桜吹雪のような魔力光を視界に捉え、綺麗だと月並みな感想を抱く。

 透き通った青色の、光が花弁のように散っていく様は幻想的だとしか言えない。

 ほんと、月並みな感想である。


 きなこの魔力光は黄色だったりする。

 イメージ通りというか、体色通りというか。

 しかし、黄色の魔法陣と言えば雷系というイメージがあるのだが、きなこのそれはどうやら違うらしい。

 攻撃魔法を起動させているわけではないので、何とも言えないのだが……ゲームで言うところの属性魔法とか、精霊魔法とか言われる類のものを使っているわけではないらしく、きなこの魔法陣はただ単純に魔力を使って魔法陣を刻んでいるだけのようで……つまるところ電気がビリビリーとか、そういうのが一切ない。地味なもんである。

 いや、黄色く輝いてはいるけれど。魔力光で。

 そして、魔法陣が破棄される傍からヒマワリの花弁のように光が散っているが。

 派手さはいまいちだが風流。もしくは雅だ。

 ……地味とか言ってすんませんでした。月並みに綺麗だとしか言えないのが悔しいくらい、きなこの様子は綺麗だ。

 桜吹雪のように大量に舞い散る黄色い魔力光をアテに酒……は5歳児にゃ飲めないので、オレンジジュースでも飲みたい気分である。


 暫くきなこの修行というか、魔法陣の高速多重起動とその破棄を花見感覚で眺めていると、ユウキが「きなこー、そろそろ終わろうかー」ときなこに言う。それにきなこが「きゅきゅーん」と答え、最後に出血大サービスと言わんばかりに大量の魔法陣を展開した。

 今回最大規模。さっきまで十数個だったのが100以上の魔法陣を展開する。


 ざっと見た感じではどんな効果かわからないけど……この規模で攻撃魔法展開されたら……切り抜けてるかな……無理だな。死ぬな。確実に。


 きなこが杖を振る。

 それを合図に全ての魔法陣が棄却されて魔力光を散らす。

 花吹雪の如き美しさ。

 だが、その光は地面に落ちることなくきなこのそばに吸い寄せられていく。

 散った魔力を再収集して収束させていく。


 集まった魔力は再構築され、今度は魔法陣ではなく物質化し……つまりは魔導結晶へと変化した。


 ほへー。そうやって作るのか、魔導結晶。

 見ただけじゃどういう理屈かわからんが。

 結界に使っていた魔力も回収したのか、結界自体も消えている。鮮やかなお手前である。

 

「おぉ〜」

 全工程が終了したと見て、俺は拍手した。

 ぱちぱちぱち。

 きなこが杖を虚空に格納しつつこちらに寄ってくる。どこかしらやってやった感というか、達成感のある顔をしている。ちょっとキリッとしてるきなこもかわいい。


 さっき作った魔導結晶をユウキに渡すと、ユウキは太陽に掲げて覗き込む。

 数拍。

「まあ、上出来では?」

 その反応、100点とは思ってませんね?

 きなこも俺と同じように感じたのか、悔しそうに地団駄を踏んだ。

「きゅぷぅ」

「そうは言うけどきなこさん。ここまで出来る奴、あんまいないからね? 十分お前やばいことしてるからね?」

 なんてフォローするユウキだが、手で魔導結晶を弄んでいる。

 授業聞きつつペン回しする学生かお前は。とか思っていたが、弄びつ魔導結晶を整えていることに気付いてげんなりした。

 魔導結晶、再加工なんてできるんですね……魔術師全員ができるスキルとも思えないけど。

 しばらく魔導結晶を弄っていたユウキだが、ある程度手で転がした後、きなこに返した。

「もうちょいロスを無くして、凝縮過程を丁寧にしたら100点かなー」

 ユウキ、師匠らしく指導してはる。

 理論だったことを言い始めると俺には理解できないのだが、きなこは真剣な顔でふんふん頷いていた。理解できるのか、すげえな。流石きなこ。


 母君をみると、完全に魂が抜けていた。

 ああ……母君可哀想に……知識がある分常識を粉砕されたダメージがでかすぎたか……


 母君がユウキの常識外っぷりを見たら、それこそショック死しそうだなあ……きなこの師匠しているんだから、少なくともきなこより非常識なのは間違いないわけで。

 いや、ユウキが魔術を使ってるとこちゃんと見たことあまりないけど。


 益体もないことを考えつつ、母君に声を掛ける。

「かあさん、大丈夫?」

「……え、ええ……びっくりしたわ……きなこちゃん、ほんとすごい子なのね……」

 まだ顔色がすこぶる悪いが、正気は取り戻したらしい母君が力なく言う。

 それに俺はどう返事していいやらわからなくて曖昧に笑った。


 知識がないから、ほーんと。母君の衝撃が幾分も理解できんのよねえ。何がどのようにすごいのか、実感がないというか。

 魔法について、勉強したら凄さもわかるんだろうけどねえ……

 こう……魔力を認識は出来るんだが操作出来ないんだよねえ……見えるんだが、扱えない。

 母君は俺が魔力操作出来ないとわかった時点で、魔術師にする道は諦めているらしい。

 そもそも、分家だろうが家柄的にややこしいらしく、俺を魔術から遠ざけたい意思もあったらしい。  

 魔力を操作出来ないのは僥倖ですらあったっぽい。


 ……ふと。


「ねえ、かあさん?」

 俺は母君の顔を見上げる。

 ふと、気になることができた。

「きなこがここまで魔術師として優秀なの、ひょっとして……やばい?」

 具体的に何が、というのは敢えて濁した。

 が、母君は正確に俺の言わんとしたことを察したらしい。

 とっても複雑な、困ったような諦めたような顔で頷いた。

「まあ……よほどのことがない限り、大丈夫だとは思うけど……きなこちゃんとハルトはお母さんが守るからね」

 ……


 ゾッと寒気を感じた。

 コッワ……。


 一般の家庭の、普通の子供に転生したと思ってたんだがなあ……

 最悪命を狙われる状況に陥っていたとは……

 なーんも、悪いことしてないはずなんだがなあ……


 解せぬ。


 きなこの修行を一通り見て、少しきなこと遊び、昼ご飯を食べてからきなことユウキは帰っていった。

 泣きそうにはなったが、今度は素直にお別れできた。

 まあ、また来週会えるのだ。

 また来週……また来週になれば……


「ながいよぅ……」

 弱音を吐いたら母君が頭をなでてきた。

 長い一週間の始まりだった。


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