#43.5 夜より深く、深淵より這い出て
「あまり、この子に知られたくないんだがね?」
不機嫌そうに、少年がユウキを睨む。
窘める声は、歳のわりに老獪な響きを宿していた。
それにユウキは「にゃはは。わりいね」と軽く謝る。
「だが、キミに一度会っておかないとと思ってたんだ。許して、ね?」
「この世界の、創世神に私は用はないがね」
少年は吐息し、ベッドに腰掛ける。
かつては黒かった……今は亜麻色の髪を指で摘まんで弄ぶ。
「でも、キミだって魔神のなりそこないみたいなやつなんがら、ご挨拶しとかなきゃだろー? 一応儀式だから付き合え」
「……立場が逆……な気がするが……創世神自ら面接してるのかね? この世界は」
「この世界由来の神がほぼいないもんでね。適役がいないの。察しろ?」
「……そもそも君自身も外来だったね。そう言えば」
「俺が造った世界なんだから、誤差だろ。あと、君自身に伝言があってなぁ……」
「アイリーンか?」
「アイツ、ハネズって名前だから、その名前はもう言ってやらんでくれ」
「ハネズ……あい分かった」
頷き、少年は吐息した。
「ハネズはこの世界の者だったのかね」
「そだよ。この世界の真祖。世界が生んだ翠子、精霊のようなもの。この世界はずいぶん不安定な存在でな。本来なら、生まれる前に消える定めだったんだ。だが、この世界は生まれる前に死ぬことを許さなかった。だから、死の運命を覆してくれる誰かを求めたんだ。ハネズは……そんな誰かを探すための端末。意味、分かる?」
「なるほど? そして無事生まれたのかね。この世界は」
「まぁ、お陰様で300億年は経ってるよ。ま、それはどうでもよくって。伝言だよ伝言。『ごめんそ☆』だそうだ」
「……」
少年は片手で顔を覆う。
呆れ、そして頭痛に呻いた。
「私が知るアイツは……そういうこと言うときは大体厄介ごとに巻き込む時だと思うが……君の意見はどうかね?」
「100パー同意。だがもうどうしようもない。諦めろ」
笑顔で応えるユウキに少年は深く、深く吐息した。
それから少年は気だるそうに眼を細め……ユウキ以外の視線に目を瞬いた。
視線の主を見、それから首を傾げる。
「……きなこ、と言ったか……悪いね。勝手に体を借りている」
『……あなたは、私の言葉、わかるです?』
「この子は、変に考えすぎる気があるらしい。許してやってくれ」
『ハルトではないです?』
「前世の……さらに前世の人格……と言えばいいかね……」
『難しい話はわからないです。ハルトではないハルトです?』
「名前はとうの昔に捨ててしまった。名乗れなくてすまない」
『……黒いの、って呼ぶです』
「……いい得て妙だが……何故……」
今は黒くないぞ、と少年は困惑気味に呟く。
それにきなこは呆れたような鼻息を吐いた。
『お前の魔力は酷く黒いです。なんか黒いので十分です?』
「……意外と、口が悪いのだな……この子には内緒にしとくから、安心してくれ」
『黒いの、悪い奴じゃないです。印象改めるです』
そういって、きなこは少年の膝に飛び乗った。
『表に出てこないだけで、ずっと見てたです?』
「何故そう思う?」
膝に乗せたきなこの背を撫でなら少年は問いかけ、それにきなこは即答で応えた。
『きなこを撫でる手は変わらないです』
「なるほど。どっちにしろ、この体はあの子のものだから。私は何かがない限り意識の奥で眠ってるだけだよ」
『黒いのはハルトなのに、ややこしいこと考えているです?』
「私とあの子は違うよ。人格が違うなら他人だろう?」
『? 人格が違っても、ハルトと黒いのは根幹が一緒です? 他人とは違うです?』
心底理解できないといった声で言うきなこ。
その閉ざされた目が開き、キラキラとした瞳が少年を見る。
それに少年は困ったように笑んだ。
「きゅっきゅちゃんという生き物は、個というものが曖昧になりがちだと聞くが…… ある意味、一家言ありそうだね。……何をもって個とするか……難しい話だな」
『? 難しく考えすぎです? そこの師匠も難しく考えすぎです?』
「なーんもいえなーい」
諸手を上げて降参と言った体で無気力な声を挙げるユウキ。
布団の上に胡坐を掻き、ユウキは困ったように後頭部を掻いた。
「俺なんかはシステムの優樹とかいう、別人格の俺が別の体をもってるわけで……俺なのか、別人なのかほんと曖昧なやつだからなぁ……」
「……複雑なようだね……」
やれやれ、と肩を竦めそれから少年はユウキを見る。
「この子をどう巻き込むかは知らないがね。この子の身に危険が生じるなら……遠慮なく干渉するが、文句ないね?」
「ないよー。俺、創世神だけど別にこの世界を管理してるわけじゃなくってね。ま、キミ自身が、この世界に害を成すってんなら? 俺も対処するけどね?」
「そんな意思はないよ。何より、この子が許さないだろう?」
「さて、ね? きなこは君たちには可能だと判断したからねぇ……」
『……あまり、本人に言うの、よくない、です』
不機嫌そうにきなこが唸る。
それに少年は苦笑しつつきなこの背中を撫でた。
そしてユウキを見る。目元を和ませた彼は酷く静かな顔をしていた。
「一つ、我儘を言っていいかね?」
「聞くだけ聞くよー」
ユウキは少年を促した。
それに少年は目を伏せて笑みを深めた。
「……いつでもいいんだがね。ハネズに、会いたいんだ。私は……彼女に謝らないといけないから」
「……アイツも君にそう言ってた。……ハルトに言ってないけど、未成年が冒険者になるには推薦状が必要でな? で、10枚集まったんだよねー。その中の一人はハネズだよ。今月あたりに会えるよう手配しよう」
「すまないね」
「俺はかつて君たちに命を救われてる。その自覚はなくてもね。これは借りを返してると思ってくれ」
「詳しく聞いても?」
きなこの背中を撫でたまま、視線もきなこを見続けたまま、少年はユウキに問う。
それにユウキは苦笑した。
「つまらない話だよ。日本には魔力なんてないのに、俺は魔力を主食にする生態をしてた。栄養のない場所で足掻いてた俺に、キミからあふれる魔力は、文字通り、命綱でご馳走だったって話だよ。キミの存在が俺を生き繋いでくれてた。だから、ありがとうを言いたいのは俺の方って訳」
「……奪うだけだと思ってたが……」
意外そうに呟いて、少年は目を閉じた。
「そろそろ戻るよ。あまりきなこを独占しているとこの子が妬いてしまう」
「またね、と言っていいのかにゃ?」
手を振り笑顔で見送るユウキに少年は苦笑した。
「そうだね。またいつか」




