#34.5 ???
時は少し戻って……
転送魔法で家に戻ったユウキは、キャリーケースを適当な場所に置き、きなこを抱えたままリビングのソファーに腰掛けて深く嘆息した。
「……ったく、どんだけ無茶したのか」
眠る……というより昏睡しているきなこの背中を撫でつつユウキはぼやく。
きなこを常に青い光で包み続けているが、一向に目覚める気配がない。
まあ、当然ちゃ当然だ、とユウキは嘆息する。
ここにあるきなこの体は、いわば敵を誘い込む疑似餌なのだ。本体から見れば一部も一部だし、それこそトカゲが切る尻尾と同じ立ち位置である。
だからユウキは視点を変える。
目の前の端末ではなく、本体へ。
別次元にある本体へ、魔力を流す。流し続けていた。
集団でしかやらない、魔力燃費が激しく悪い魔法を無理やり単独で掛けた影響は計り知れなく。
足りない魔力をそれこそ文字通り身を削って捻出したきなこの本体は、それこそ、凄惨なまでに小さくなっていた。それを、ユウキは再構築しつつ補填していく。
だが、ユウキを以ってしても、きなこの損傷は激しかった。命に別状がないくらいまでには立て直せたが、あと少し対応が遅れたら、きなこは母親と同様に意味消失していたかもしれない。
「自分が死んだら、ハルトや家族は泣いて悲しむと思わなかったのかね?」
嗜める意図を込めてユウキは問う。
それに、微かな意思が返ってきた。
『……あのままじゃ、はるとのちちうえ、しんじゃってた、です』
意思を通すほどには回復できたらしいきなこだったが、まだまだ弱々しい声だった。
そんなきなこの背中を撫でて、ユウキは、続ける。
「まあ、そだろね。でも、やり方あったろ。色々」
『きなこ、そんなの、しらない……です』
「……最悪、父親が死んでもさ。お前にゃ関係ないだろ? そこまで、情が移ったわけ?」
本当に死んでいいとは思っていない。仮に死にかけていてもハルトの父親はアルヴェリア国民で。
サテライトと契約しているのだから、本当にやばかったらサテライトが自動的にしかる機関に連絡やら対処やらするから、放っておいても死ななかったのだ。
逆に言えば、変にきなこが対応したから余計にややこしくなったとも言える。
だが、そのことは言わず、ユウキは試す言い方をする。
きなこの意図が知りたかった。
『さすが、かみさま、です。ひどいこと、いうです、ね。ちがう、です。あのかぞくを、きずつけたら、はると、おこるです。はるとおこると、だめ、です』
ユウキの意図を知ってか知らずか、きなこは答えた。ハルトを怒らせたくない、と。
悲しませたくない、ではなく。
「なんで?」
ハルトの父親が死ぬと、ハルトが怒るらしい。
悲しむではなく、怒るという。まあ、死因は過労死だろうし、追い詰めたやつに対して怒るだろうか。
でも、所詮は5歳児だ。
母親が怒るというならまた違うだろう。あれはまかり間違ってもアーバインの娘である。
報復の手段だって色々あるだろ。
が、きなこが注視しているのはハルトだ。
何故?
ユウキは思考を表に出さずにきなこに問う。問い続ける。
きなこは弱く笑った。
『せかいが、ほろぶ、です。かあさん、おしえてくれた、です』
応え、きなこは涙した。
『かあさん、おまえがみとったです?』
「気づいてたか。ん。そだよ」
若干はぐらかされた気もしないまでもないが、ユウキはきなこの問いに応じる。
きなこの母親が意味消失する瞬間を見たのは正しくユウキだった。
ユウキを持ってしても、助けれなかったのだ。
『くらすた、かいじょされたです。きなこ、ひとりになったです』
涙でユウキの腕を濡らしながら、きなこは言う。
それにユウキは何も言わない。
ただ、背中を撫でた。
しばらく嗚咽を零していたきなこだったが、ユウキを見上げた。
『……かあさん、なにかいうてたです?』
「ごめん」
『……かくは、あずけとくです』
「返してもいいぞ」
『かあさん、かしこいから、おまえにたくしたです。きなこ、かあさんのかんがえ、わからないから、あずけておくです』
「……きなこは賢いな」
『もっとかしこくなったら、みんなまもれるです? うしなわなくていいです?』
ユウキはどう返すか迷った。
きなこは賢い。
そして、どこまでも優しい。
必要だと思ったら、自身を傷つけることにも躊躇がない。
そんなやつにイエスと軽率に返して良いのだろうか。
「きなこ。お前は、お前自身も大事にしなきゃいけない。それはもう、わかるよな?」
『はると、おこるです』
「なら、全力で応えるか。取り敢えずは、体を本調子になさいな。元気になったら、修行だかんな?」
『きゅきゅーん……』
力なく鳴く声は、修業が嫌だからか、それ以外の理由か……




