#34 きなこさん、入院ですってよ
「……冒険者って、未成年はなれないんじゃなかったか?」
嫌とは言いづらい立ち位置なので、やんわり回避のためにいう。
「れーむくーん?」
が、そんなことで諦めるユウキでは無論なかった。
や、わかってたけどね……
『……さっきからなんなんです。貴方。鬱陶しい……そういうのはリズさんにでも聞きなさいよ』
澪夢さんがそう吐き捨ててから数瞬。深く、長いため息を吐いてから、説明してくれた。
『基本的にはハルトさんのおっしゃるとおり。……正確には15歳以下……正確には中学を卒業するまでは冒険者登録はできません。が、親の許諾から始まり、いくつかの条件を満たせれば冒険者登録が可能です』
いっそがしいのに、澪夢さん。ユウキのパシリみたいなことをさせられて可哀想に……
澪夢さんはもっと怒っていいのでは?
下っ端の父上ですら残業、休日出勤が常態化してるくらいなんだし、澪夢さん寝る暇あるんだろうか。
……まあ、澪夢さんはいいとして。(どうせ俺が心配してもどうしょうもないしね)
現状でも、冒険者になる方法はあるらしい。
いや、俺もいつかはなってみたいなーとか思ってたよ?
でもさあ。俺、いま5歳。
それで命を投げ捨てるような職につけとか言われても……ちょっと、いや、すんごく怖い。
ええ……5才児が冒険者になって金稼がないとだめなくらいの治療費請求するんかね……
そら、タダで直せとは思ってないけどさあ……前世が(一応)友達だった好で手加減とか……
とか冷や汗ダラダラで考えていたら、ユウキが俺の内心を悟ったらしい。
呆れたような苦笑をした。
「いや、きなこのためだぞ? あと、今すぐ冒険者やれとはいってない。……そだな、いつきなこが目覚めるか不明だがどうとはいえんが……目が覚めて、動けるようになったらこいつに魔術を教えるつもり。きなこ次第だが、まあ、遅くても10年くらいで一般的な魔術師くらいにできると思う。で、そっからは実践がものをいうから。君、きなことパーティー組んで前衛しない? って話」
あ、あー……それなら。
「というわけで、しばらくきなこは預かるねー。ちょこちょこきなこの状況連絡はするし、たまにはこっちにくるけど、基本的には俺ん家で預かる感じで。……悪いね、せっかく一緒に暮らしてたのに」
「いや……きなきを衰弱させて逆に悪いっていうか……ごめん」
「ハルトくんは悪くないよぉ。もちろんお母さんも。……きなこも、報いたかったんだよ。きっとな」
そう言って、ユウキはきなこを抱えたまま立ち上がり、母君の方へ向かう。
母君はへたりこんで泣いていた。
基本的に感情の起伏がほぼなく、喜で固定されてるような人なので、泣いている姿は初めてみるレベルだ。なんか、妙に新鮮である。不謹慎だが。
多分こちらの会話もほぼほぼ聞こえてないんじゃあ……?
「ということでおかーさーん? きなこ一旦連れて帰りますねー。絶対元気にして帰しますんでー」
「おっ……おねっ、がっ……しま゛……」
ひっくひっくえぐえぐ嗚咽を漏らしながら喋るので、大変辛そうだ。
俺は母君の方へむかい背中を撫でた。
まだまだ大きな背中である。が、か弱く、頼りない背でもある。
キャリーケース(もともとユウキが持ってきたやつ)にきなこを入れてユウキは帰っていった。
なんか、頭痛がする。
いろいろあって、嵐のように過ぎていった気がする。
……とりやあえず、休もう。
そう、決心して俺は母君を寝室へ誘導してから自室のベッドに沈んだ。
† † †
……
きなこの居ない家は、照明をつけても何処か暗い。
普段ニコニコ笑顔でハキハキ動いている母君も何処か影を落として、動きも緩慢だった。
かくゆう俺も、何もやる気が起こらない。
幼稚園は、欠かさず向かうが、行くだけである。
何も手がつける気にならず、ぼーっと空を見ることが多くなった。
進展があったのは1週間後。
変化は父君のほうが早かった。
その日は平日だったが、幼稚園は休んだ。
ついに幼稚園に行くのも辛くなってしまったのだ。
部屋から空を眺めていたら、インターホンが鳴る。
母君が応対に向かった。
客は、澪夢さんだった。
「澪夢さん」
「こんにちは。少し……時間よろしいですか?」
長身で、ガタイの良い体に濃紺の長衣を纏った彼は、今日は一人で来たらしい。
この−街−の、実質のNo2が身軽なことで。と、思わなくもない。
「ご主人の話なので、揃って聞いていただければと思います」
「では、リビングに……」
母君、めっちゃ緊張してる。
かくいう俺も、緊張とか、澪夢さんの放つ雰囲気とかでビビって体がガックガクですがね。
2回目なはずなんだが、前回よりなんか、威圧感が凄い。前回なんで平気だったんだ俺。
まあ、澪夢さん自身は自覚ないだろうなあ……
こてっと小首を傾げて不思議そうに母君と俺を見ていた。
「……コーヒーで宜しいですか?」
「お気になさらず」
きぱっと答える澪夢さん。
……うーん。大人……というか社会経験がない俺としては、こういうときどうしたらいいかわからない。
じろじろと見つめるのも不躾かなーとかおもいつつ、やっぱみちゃう。
……なーんでこう、イケメンはどんな姿でも映えるねえ……
べつに着飾ってるわけじゃないのに、いや、着飾ってないからこそ、シンプルに見とれてしまうのだ。
これが引き算の美学か……
「なんでしょう?」
こてっと小首をかしげる澪夢さんに俺は慌てて両手を振って謝った。やっぱ不躾だったか……
それぞれにコーヒーと緑茶が渡り、一息。
話を切り出したのはやはり澪夢さんだった。
「結論から話しましょうか。ご主人の業務態度を鑑みまして、昇格することにしました」
お、おう?
「と、いうか。ぶっちゃけますけどね? ご主人の上司がむの……ご主人に仕事を押し付けまくってまして。実質上司の仕事と自分の仕事、さらに部下の仕事のフォローまでしてまして……そりゃ、ああいう働き方になりますよね……気付かず申し訳ありませんでした」
頭を下げる澪夢さんに母君は焦っている。
「ご主人の上司をとばしまして。空いたポストをご主人に任せようかと。業務は出来ると実証済みですしね。ついでに業務も見直ししまして、以前よりは格段に早く帰れるかと」
「はい……ありがとうございます」
「つきましては、今までの精算ではありませんがね? 明日から2週間ほど休暇をご主人に言いつけておりまして。家族サービスするよう言ってますので、急で申し訳ないですが家族でゆっくりしてください」
そう言ってから澪夢さんはコーヒーを一口。
「……おいしいですね」
かくして。
父君が明日からしばらくバケーションに入った、らしい。
……久々の家族水入らずだにゃあ……
澪夢さんは忙しいのか、言うこと言って、そそくさと帰っていった。
「ご主人にもよろしく言っておいてください」
とか言い残して。
……Arkは本来、超絶ホワイトなのだそう。
今回は、上司が父上に仕事を押し付けて、実質2倍以上働いていたから、こうなっていた、と。
しっかし、サンプル数2だが、俺の知るArk職員は両方ブラックよろしくな働き方をしているので、どの程度緩和するのか……どこまでホワイトなのか……謎である。
が、まあ。
一段落? 一応最悪の事態は抜けたようなので。
父上が帰ってきたら、しばらくは日常に戻ることに努めつつ、父親がいる普通の家庭を満喫することにしよう。
……きなこがいないことが淋しいが。
定期的に連絡すると言っていたが、次連絡きたら、俺からも面会に行けるか聞いてみるか……




