#3 ハロー世界、ハロー……誰、お前。
……
…………
………………
……くるしっ……
まぶ……え、なに?!
状況の急激な変化に俺は目を回す。
何。何何々!?
「ぎゃーーーーーー……」
思わず叫んだ。
「……めで……きな……こ……らむです……」
何、何何何何?!
「……しま……?」
えっえっえっ?!
……
…………
気づけば。
小さなベッドの上に寝転されていた。
目はあまり見えない。
目を開いてもぼんやりとするだけ。
時折人影が近寄ってきて、俺を抱き上げる。
それはあるいは制服っぽい人で、あるいはパジャマっぽい人で。
前者は複数人。きっと看護師さん。
後者は一人。だからこの人が母親だろうな。
きっと寝ることにも気遣っている人なんだろう。
手触りの良いシルクのパジャマ。
ああ、この世界にも、蚕いるんだなあ……
なんだか。
異世界っぽくなーい。
それはベビーベットから思うことで、口に突っ込まれる哺乳瓶から感じることで、流れてくる粉ミルクから言えることで。
ぼんやりとみえる景色から推測することでもある。
現代日本に限りなく近くねえか。この国。
しかし差異だってある。
例えば種族。
《汝……思考しておるな? 疾く吾と会話するが善い》
……誰だ。この古臭い言葉遣いのテレパシーは。
動きづらい首を傾げて見れば、白い塊が見える。
なんだあ? あれは。
《白い塊なんぞ、不敬な……吾は白龍ぞ》
龍。いるんだ。ドラゴン。
《母君から未だ名を授かって居らぬ故、名は名乗れぬが……暇だ。会話させろ》
なんか会話が砕けたぞ?
と、いってもなあ。俺はこの世界のことなぞ知らんし? 楽しいネタなぞないぞ……?
《あるではないか。汝、墜ち人であろう? 赤子の割には、思考が滑らかではないか。転生者……稀有な人生を送ってきたのであろう。この世界に来たのなら》
そうかなあ……ってか、なんでアンタは赤ちゃんなのにテレパシーなんぞ……
《吾は龍であるからな。転生なぞ朝飯前よ》
異世界転生……ではないのか。墜ち人……墜ち龍ではない?
《墜ち龍とは言わんよ。総じて異世界からの転生者は墜ち人よ。転移者もかくあらん。そしてその疑問も是。吾はこの世界で生まれ、転生した》
ふーん。なんか、大変な目にあったのね。
《龍とて不老でも不死でもなければ天寿を全うしよう。吾は再び生を受けただけよ》
あ。老衰なのね。大往生?
《くくく、稀有な男よな。汝》
面白そうな声で笑う龍。
稀有……珍しいだろうか。
まあ、龍とテレパシーで会話する機会なんて早々ないし。この体験は珍しいだろうなあ。
《違う、違う。主、齢14で死んだにしては達観しすぎて居らぬか。この世界に墜ちたのも合わせて、如何あの世界に絶望した?》
絶望? あの世界に?
俺は意味がわからなくて瞬いた。
あの世界に、絶望したからこの世界に転生したのか……? 俺が?
絶望、していたのか?
《汝、己が心すら偽って生きていたのか。その精神性、真、稀有よの》
ククク、と笑う声が遠くで聞こえる。
俺は白龍から目をそらした。
どうせ凝らしても見えぬ目だ。
変わりに天井を見上げる。
ぼんやりと白く見えるだけ。
そして思考の沼に沈んでいった。
俺は、なぜこの世界に来たのか……?
† † †
寝て、起きて、おむつを変えてもらって、ミルクを飲む。
抱きかかえられれ、背中を擦られゲップする。
「ゲウッ……」
「あら、大きいのが出たねぇ」
嬉しそうに母親らしき声がする。
しばらくトントン背中を叩かれると眠くなる。
「よく寝て、大きくなるんだよ」
幸せそうな、嬉しそうな声。
俺に向けられる、声。
なんだかくすぐったい。
何日か病院暮らすのはこの世界でも同じらしい。
数日間の入院生活の後、俺と母親らしい女性は退院した。
看護師さんが笑顔で見送ってくれる。
「アフターフォローなんかもありますから! 気負わずに、楽しんで……は、無理でも、頼ってくださいね!」
なんて言ってくれる。白衣の天使はほんとにいたよ。
……いや、比喩ではなく。
まだぼんやりする目だから、ちゃんとは見えないけど。近づけば見えるのよ。ぼんやりでも。
あの看護師さん。背中には羽が生えてる。純白の。
天使って種族がマジでいるらしいです。
異世界だった。異世界だった!
他にも獣人や、エルフ、ドワーフなんかもいる。
吸血鬼は夜行性で、看護師さんにもいた。主に夜勤業務をしていて、夜にミルクをくれ、おむつを替えてくれていた。
この病院は母子分離で見てくれていたらしい。
母親が夜に寝れるのは良いことだ。細切れ睡眠はしんどいからね……退院しても夜は寝てくれ。俺は起こさないようにするから。
そういえば、白竜の子は最初の日以降話しかけてこなくなった。遠くに離されたのか、それとも先に退院したのか。はたまた俺に飽きて別の子供に話しかけに行ったか……謎である。よく見えないしね。
ついでに言えば母親らしいドラゴンも見かけなかった。大人は人間にでも化けてるのだろうか……ファンタジーっぽく。
この世界、車もあるらしい。
文明がほんと現代日本っぽい。
異世界っぽくない!
チャイルドシートに乗せられて、しっかりベルトで固定される。
窮屈なのは少し苦手。 体を身じろがせると「暴れないのー」と母親らしき女性の声。
と、言われましても。苦手なもんは苦手なのです。
まあ、しょせん赤ちゃんの抵抗なぞ無いも等しいものなのです。あっさりベルトを締められて、隣に母親らしい女性が座る。
「いいわよー」
という声とともにエンジンがかかった。
「安全運転で頼むわよ?」
「それはもちろん」
男性の声。こちらは父親かな?
父親らしい男性は慣れた手付きで車を動かす。
耳はよく聞こえるが、目はいまいち見えず不便だ。
が、赤ちゃんというものはこういうものらしい。
ぼんやりと見える視界の中、にぎにぎする手は小さい。やっぱ赤ちゃんなんだなあ。俺。
車に揺られるのは心地が良い。
いつの間にか睡魔にやられて意識が溶ける。
「あら、寝ちゃった」
楽しそうな母親らしい声。
「すくすく大きくなるなあ」
嬉しそうな父親らしい声が応えた。
† † †
家は広い一軒家だった。
結構広い庭もあるらしい。
起きて思ったのは(広っ)だった。
リビング、何畳あるんですかね?
テレビ……アナタ、40型ですか? 50型?
生後数日の俺は、母親らしい人の腕の中から世界を見る。まだまだぼんやりしてるけど。
早く動きたいが、首がすわらんと、どうしょうもないのよ。
ベッドの上で自分なりに動いてみるが、のたうっているのが関の山。みみずの親戚だろうか、俺は。
定期的にやってくる哺乳瓶inミルク。
正直精神は14歳のままなので、哺乳瓶ありがたいです。母乳だったらいろいろ憤死してたかも?
味はよくわからないが、不味くもなく美味しい訳でもない感じ。でもこれしかないからね。数カ月はこれなんだろう。……しょぼん。
定期的にミルクを貰い、おしめが気持ち悪くなれば泣いて教えて、時折母親らしい人、或いは父親らしい人に抱っこされて揺らされる。
そんな生活を何ヶ月か過ごしてわかった。
この世界、1日24時間だし1ヶ月30日或いは31日だ! たぶん1年は365日で4年に1度366日だろう!?
なんでそういうとこ前世と一緒なん!?
ご都合主義か!?
キレそうだった。
何が異世界ライフ楽しんで、だ。
そう。
俺は転生しても記憶を保持したままだった。
前世の記憶ももちろんだが、あの白い場所でのことも。
タカトーにあったことも、きゅっきゅちゃんという最愛の生き物のことも。
そして、タカトーが言ってた、この世界に可哀想なきゅっきゅちゃんがいることも、それを救う使命があることもバッチリ覚えていた。
待ってろきゅっきゅちゃん。
俺が動けるようになったら助けに行くからな!
……まあ、10年くらい待ってもらうことになるだろうけど……待っててね!
今は養育者にしっかり俺を育んでもらわねば……体壊したら死んじゃうからね! 協力は惜しまんよ!!
21時投稿にしてたけど、18時投稿の方がいいかなって思った次第で。
暫くは毎日投稿維持できそうです……やったぁ。