#27 その喫茶店で食べるべきはチーズケーキ。はっきりわかんだね。
「おまたせー。じゃ、喫茶店行こっか」
にっこにこ笑顔である。
母君もあまり物欲がない方だが、可愛いもの(きなこ)に貢ぐのは悪くなかった模様。
知っちゃったかあ。貢ぐ快感。
……いや、違うか。
「きなこちゃん、クッキーとか食べるぅ? 流石に喫茶店でケーキ食べたら目立っちゃうから、お土産に何個か買って帰りましょうかー。何がいいかしらねー? フルーツとか好きかしらー?」
ニッコニコ笑顔できなこに話しかけている母君。
母君ー? あのー? ほんと目覚めちゃってません? いや、きなこ……魔物なので何与えても支障ないけどさあ……甘やかし過ぎないでね……?
何個かって、『きなこ用に』何個か、だよな……あの言い振り。大丈夫? 破産しない?
いらぬ心配だと思いたいが……ちょこちょこ言動が怖い。
ま、そこらへん、指摘しないし注意もしないので、俺も相当である。
たまに買い物だしいいんだよ。たまなんだもん。いいじゃない。……いいよね?
……内心で言い訳しても、ね。
喫茶店はペットショップからさほど離れていない。数歩歩けば店が見える。
商店街とは言うものの、前世のそれとは打って変わってこっちの商店街は人でごった返している。
喫茶店や定食屋、ファストフード店もあれば、刃物屋や雑貨屋、文具屋、服屋など生活に必要そうな店は一通りある。
ついでに服屋は、個人店もあるがチェーン店もある。前世で言う◯ニクロやしま◯ら的なあれだ。
こう、大企業のチェーン店と、個人店が近距離であって、個人店大丈夫か? と思わないこともないが、顧客層が違うのか、まあまあ個人店の方にも客が入っていくのを見かける。まぁ、個人店も個人店で、大企業に負けない戦略を立てて頑張っているのだろう。……デザイン的に、俺は顧客に成れそうにないから残念である。
……いや、俺の趣向はどっちかといえば……シンプルで、動きやすくて軽いものが好きだからね。今は母君が買ってきてくれるので、多少カラフルな服装もあるが、俺自身が服を買い始めたら黒一色とかありえる。
今着ている、モカ色のチノパンにチェックの半袖シャツとかは完全母君のセンスである。
……まぁ、まだまだ時間はあるしね。
少しくらい、ファッションとかもお勉強していいかもしれない。
前世の記憶があるとはいえ、俺は悠人ではなく、ハルト・アーバインなんだし。
まぁ、だからって、動きにくい服とか、カラフル過ぎる服を着てる自分は想像できないんだが。
とか、考えていたら喫茶店に着く。
母君のお気に入りであるこの店には、裏庭にテラス席がある。
こじんまりした庭だが、様々な木々が植えられており、四季折々に違う装いを見せてくれる。そんな庭を見ながら食べるチーズケーキは格別である。
「ここのベリーケーキは絶品なんだからぁ。あとで買って帰りましょうねー」
「きゅっきゅちゃん!」
ペット(というかきなこ)がいるので、テラス席に案内された。
「ケーキセット2つと、ペットクッキー一つ。……紅茶とベリーケーキと……ハルトはどうする? いつもどおり?」
店員に母君が注文する。
ほぼほぼいつも通りの注文なので、すらすらと注文される。
「ホットココアとチーズケーキ」
俺もいつも通り。
ほんとは抹茶とか和菓子の方が良いんだけどねー。
この喫茶店に和菓子も抹茶もないのだ。
せめて煎茶くれ。……置いてないんだなー……悲しい。
この近くだったら……雪花庵の支店があるんだっけ……。
一度でいいから本店で食ってみたいんだよなぁ……本店の、焼き立てみたらしだんごがクッソうまいらしい。……あと、銀ぎつねの獣人さんが看板娘しているそうな……みってみてぇー……。
俺が一人で行けるようになるまで、いるかなぁ……銀ぎつねの店員さん。
「きゅっきゅちゃぁ」
足元から呆れた声が聞こえた。
きなこだ。
呆れた表情でふしっと鼻息を吐いていた。
「……なあに? きなこ」
「きゅっきゅっきゅ」
リュックから顔を出して嘆息している。
……自力で出たのか……。
店員やその他の客が近づくとリュックの中に引っ込むが、いなくなるとまた顔を出すので器用なもんである。
が、その表情……なんですかねー?
俺に対して呆れてる? なんでさ。
「きゅぷぷー……」
リュックごときなこを抱えて目線を合わせれば、きなこが触手を伸ばしてきて、触手で俺のほっぺたを挟んだ。むにゅーっと俺のほっぺたを潰してくる。
「なーにしてくれるんですか。きなこは」
「むーきゅきゅっ」
なんだか、怒っているような気がする。
「なぁに怒ってるんですかーきなこさーん」
「んきゅ?」
素直に尋ねたら、きなこの手が止まった。
「きゅぺ?」
こてっ、と首を傾げられる。
えっ、意味なく八つ当たりを受けてたですか俺。
「自覚ない怒りです? きなこさん? 自覚ない怒りで八つ当たり食らってましたか? きなこさん?」
「きゅっ……きゅきゅーん」
責め過ぎた。
きなこが泣いた。
滂沱の涙を流してリュックに引っ込んでいった。
「ごっ、ごめん……」
「あーあー、泣かせちゃったぁ。きなこちゃん泣かせるなんてハルトさいてー」
面白おかしそうに茶化してくる母君。
母君? 貴女そんなキャラでしたっけ?
でも、俺は何も言い返せないのだ。
きなこ泣かせたの事実だし。
おろおろしつつきなこの入ったリュックを覗くと……
なんか、めっちゃ小さくなってた。
ほんと物理法則無視した小ささだ。
リュックの底の方に、手のひらサイズくらいのきなこがいる。
「……ほんとごめん。ごめんってば……」
あやまるがきなこの反応がない。
きっ……きなこさん?
「お待たせしました。ケーキセットです。チーズケーキの方は……?」
店員さんの声だった。
俺が手を上げると、目の前にチーズケーキとホットココアが置かれる。
ほっかほっか湯気の上がるココアは、甘すぎずくど過ぎず、何度でも飲みたくなる味をしている。
チーズケーキは……見た目はただのスフレチーズケーキなんだが……こう、何が違うのかな……ここじゃないと食べれない味である。
フォークを指すとしゅわしゅわと音を立てて切れていくチーズケーキ。
底にはレーズンがちりばめられていて、よいアクセントになっているのだ。
ほんと、この店のチーズケーキは別格にうまい。
「ほらきなこちゃん、ペットクッキー来たわよー。ここのクッキーもおいしいんだからぁ。はい、あーん」
「にゃーん」
「あら。猫ちゃんモード? それならお外に出れるわね」
「にゃぁ」
リュックを引き寄せて母君がペット用クッキーをきなこに与えようとすると、きなこが猫モードで出てきた。
食の誘惑にはかなわないようだ。
そんなきなこもかわいい。
ペットが食べても大丈夫なように作られたクッキーは、人間が食べると味気ない。
が、サクサクしていて食感は楽しい。
きなこは母君からクッキーを受け取ってサクサクと齧りだす。
暫くもぐもぐしてから「うにゃぁ!」と喜んだ声を挙げた。
おいしそうで何より。
……きなこって、食欲に弱いよなぁ……
なんていうか、おいしいものに目がないっていうか……クッキー一つで機嫌がよくなるって……大丈夫?
こう……食に釣られて懐柔されたりしないですかね……?
ちょっと心配-。
「き、きなこさん?」
「んにゃ?」
「父さんや、母さんはいいけど、さ? 知らない人からおやつ貰ったりしたらだめだから、ね? ダメよ? 知らない人におやつあげるからとか言われてもついてっちゃだめだからね? わかった?」
「にゃぁー!」
あいっ、ときなこは前足を元気よく前に出して返事する。
が、やっぱ心配。ねえ、わかってるー?
「わかってるー? ダメだからねー?」
「ふふっ」
また、母君の笑い声。
……あの、母君の笑顔は嬉しいんだが……その、笑い方はなんか、嫌……
なんていうか……生ぬるい笑顔が、心地悪い―……。
「ハルトってば、お兄ちゃん通り越してきなこちゃんのお父さんね」
「だ、誰が……誰がお父さんですか……」
すんごーく、心にきた。
お父さん……お父さんって……
もう、床に手をついて崩れ落ちそう……ショックで。
5歳でお父さんはないでしょーがよぅ……俺、泣いちゃう。
まだまだ子供ですよー? 俺はぁ……
ちらっ、と母君をみれば母君はふふっと笑っていた。
その微笑み方なんか嫌なんだってば……
早めの反抗期に入りそうですよ……? 母君?
今日食べたチーズケーキは、なんだかいつもと違って味がしなかった。
† † †
家に帰ったら、ペットベッドはもう配達されていた。
早速俺の部屋の、ベッドのそばに配置する。
「これが、今日からきなこのベッドねー」
「きゅーきゅっきゅ!」
あいっと触手を伸ばして元気よくお返事するきなこさん。
相変わらず、元気良いお返事である。ちゃんと理解できてるんかね?
ベッドの脇に、きなこ用のペットベッド、その隣にバスケットを置いて、きなこ用のおもちゃや毛布を入れている。
そして、きなこ用に小さな折り畳み机を置いている。これは主におやつを食べる用だが、お絵描きやパズル、おもちゃで遊ぶ用でもある。
あと、絵本を置く本棚を購入。きなこはサテライトと契約していないので、俺や母君のいない時間は絵本が読めなくなるためだ。紙媒体のふわふわ羊さんシリーズも明日全巻届く。やったー。紙媒体も紙媒体で味があるんだよねー。うふふ。俺も楽しみ。
いつか、作者さんにファンレター送りたいなぁ……。
まだまだ俺は字が書けないからね……アルヴェリア共通語えっぐい難易度なんだよ。何なんだこの言語。ほんと誰が考えたんだ。難易度がヘルだよフザケンナ。
喋ることはかろうじてできるんだが、書くのが難しい。
……喋るのもね、難しいんだぁ……アルヴェリア共通語。
母音は5音なんだけどね。あ・い・う・え・お。
なんだろ。俺が日本語を知ってるせいかな……ややこしいんだよね。
思考が日本語だからかね? こんがらがるんだよなぁ……。ぷぇ……。
文字は日本語とはかけ離れてるから、こんがらがることはないんだけどね。
逆に、とっかかりがなくて良く分からん。
いや、ね? 丸のつながりにしか見えないもん……なんだぁ? これ。
……紙媒体のふわふわひつじさんシリーズが読めず、サテライトだよりになっているゆえんでもある。
そーだよ! 読めないから紙の本で読めないんだよ! 悪いか!!
本来俺は紙媒体が好きなんだよ! 前世は金がなかったからネットの海を彷徨い、今世は文字が読めないからサテライトだより……
うわあああああなんだってんだあああああ! 俺は俺の力で紙で本を読みたいんだあぁあああああああああ!! 畜生!!
……誰にキレてるんだ……俺は……。
「きゅぺ?」
俺が落ちこんだことに気づいたきなこが、触手を伸ばして俺の頭を撫でてくれる。
なんか優しいなぁ……。撫でかたが暖かい……。
なんかそのやさしさが妙に沁みる。それは『世界の外側』にいたきゅっきゅちゃんと変わらない。なんだろうね? この感覚。
「……きなこ、俺は勉強頑張るよ。共通語、読めるようになる。がんばる」
「きゅっきゅきゅ?」
「……きゅっきゅちゃん語もがんばる」
「……きゅきゅぺ……」
肩を叩かれる。ぽむし、ぽむし。
なんか慰められている気がする。
……がんばろ。
……。
晩御飯は煮魚だった。
煮魚と菜っ葉のおひたし、炊き込みご飯を胃袋に納め、きなこはさらにデザートとして喫茶店で買ったベリーケーキを食べた。
「きゅっ」
小さく鳴いて固まった。
そして滂沱の涙を流した。感動で。
あまりのおいしさに直面すると、きなこは泣くらしい。
ぼろぼろと涙を流して泣くきなこの顔はかわいい反面、なんだかいたたまれない気持ちになる。
それはあるいは……きなこの生い立ちを知っているからか。
きなこの性格を……その純粋さを、知っているからか。……その、両方か。
泣きながらケーキを食べるきなこの背中を母君は撫でていた。
「ゆっくり食べたらいいからねぇ……」
母君の声はとてもやさしい。




