#16 夢に出てくるあなたはだあれ……?
視界を占める暗闇。
何処までも底のない静寂が広がっている。
静かだ。風もない。
耳を澄ませば遠く近く、雫が落ちる音がする。
ぴちょん……ぴちゃん……
水の流れは聞こえないが、ただただ水滴が弾ける音がする。
俺以外に誰もいなさそうな……
そこまで思考した時、ここが夢だと気づく。
昨日見た夢と同じ……か、続き……だろうか?
昨日と同じく、俺は周囲をきょろきょろ見渡しつつ当てもなく歩き出す。
暫く歩いていると、昨日と同じく……声が聞こえてきた。
『……ケテ……たす……け……』
助けを求める声だ。
その声は耳から聞えるわけではなく、直接脳を揺らしているようだった。
大きくも小さくもない、だけどよく聞こえる声。
「誰……?」
声を出して誰何すると、助けを求める声が消えた。
ん? 昨日と違う行動をとったからか、向こうが驚いた雰囲気がする。
『きこ、えるの……?』
恐る恐るといった声。
それに俺は首肯し……改めて「うん」と声を挙げる。
真っ暗だから動作は見えないかと思ったのだ。
『たすけてほしいの』
聞こえて、反応するとみると声は改めて助けを求めてきた。
「君は誰?」
尋ねるが、応えはない。
かわりに、用件を続けて述べる。
『わたしはもう、だめだから。せめて……せめてこの子を助けてほしい』
真っ暗な前方から、にゅっと腕が見える。
腕……というか、触手?
極短毛の体毛に覆われたその触手の上には……一昨日抱っこしたクリーム色のきゅっきゅちゃん。
うぇ?! この子を助けてほしい? どういうこっちゃ?
混乱しつつも問いを続けた。
「いじめられてるのか?」
同時に思考も回転を速くする。
一昨日、抱っこさせてもらったときは救命が必要だとは思わなかった。
なんせ、見知らぬ5歳児の腕で伸びてるくらい人懐っこい子だったのだ。
虐待とか、考える余地がない。
今もクリーム色のきゅっきゅちゃんは触手の上で蕩けている。
安心しきった顔ですやすや眠っていた。
この子が危険にさらされている……と、今でも釈然としない。
が、声が嘘をついているとは思えなかった。
だから、クリーム色のきゅっきゅちゃんは危険にさらされているんだろう。
それが精神的なのか肉体的なのかは謎だけど。
『助けてほしい。あの男がこの子に気づく前に。私が、まだいる間に』
その言い振りなら、クリーム色きゅっきゅちゃんが痛めつけられているわけではないらしい。だが、時間の問題なのだと物語っていた。早く保護せねばなるまい。
が、それ以上に声の主が急を要している。
保護するなら2匹同時である。
……頼めば母君、2匹保護させてくれるかなぁ……
今まで我儘言ったことないし、一生のお願い……通じるかな……?
確かに、俺は母君に迷惑を掛けたくない。
が、それ以上にこのきゅっきゅちゃん達を保護せねばと使命に燃えていた。
『世界の外側』にいるタカトーと約束したのだ。
この世界にいる可哀そうなきゅっきゅちゃんを全員救う、と。
何だったらそのきゅっきゅちゃんでこの世界を満たし……きゅっきゅきゅっきゅするのだ
だから、目の前のこのきゅっきゅちゃんたちを助けなければならないのだ。
「まって、キミも生きてるなら助けたい。どこにいるんだ」
『さっきも言ったけど、わたしはもう、ダメみたい』
力ない、苦笑じみた声が返ってきた。
ダメみたいって……
「諦めないで! 牧場にいるの?」
『もう、感覚がないの。みんなの気配もわからない……私はもうじき、あっちに行ってしまう』
そういう声は、苦しそうだ。
なんとかしなきゃ。
俺は焦りつつ、しかしこの子に居場所を教えてもらなきゃとさらに質問を重ねた。
「せめて牧場の中か外か……いや、外だな。怪我や病気してそうなきゅっきゅちゃんはいなかったはず。事務所の中か?! ……何か情報は……」
焦る俺に、声は笑みを零した。
『ありがとう』
心配してくれて。助けようとしてくれて。
『この子を、頼みます』
触手とクリーム色のきゅっきゅちゃんが闇に消える。
焦った俺は叫んだ。
† † †
「まってくれ!」
伸ばした手の先、天井が見える。
いつもの、見慣れた天井である。
俺は無言でサテライトを起動、即通話機能を開く。
『早いな。どした?』
応えたのはユウキだった。
……こいつ、寝たりしないんだろうか。
改めて時計を見れば5時だった。早すぎだろ。
「朝早くすまん。きゅっきゅちゃん牧場に保護してほしいきゅっきゅちゃんが2匹いるんだが、今、動ける?」
『どいつ?』
「一匹は一昨日抱っこさせてくれたクリーム色のきゅっきゅちゃん。もう一匹は……わからないんだ。だが、こいつの方がやばい。もう死ぬって言ってる。体毛は……クリーム色に近かったと思う」
『……あいつかな? わかった。今から行く。保護できたら連ら……幼稚園か。夕方に行くわ』
そこまで言ってユウキは通話を切る。
……できた友人を持ったものだ。
こんな5歳児のたわ言を真剣に聞いてくれるんだから。
思えば、こんなクソ早朝の通話によく応じてくれたもんだ。
一昨日、再会したばかりなのに。
前世で俺は彼にろくなことをしていたいはずなのに。
どうしてここまで真摯に対応してくれるんだろうか。
いや、邪険にされるいわれもないが、しかしここまで親切にされるほど、俺は彼とかかわってないはずである。
……ユウキに対していろいろと不思議に思うことがある。
ベッドから抜け出して机に向かう。
引き出しを開けると、一昨日もらった煙草の箱があった。
『魔術師の勘。きっとこれが必要になる時がある』
それは、このことだったんだろうか。
弱った、きゅっきゅちゃんの声を思い出す。
『わたしはもうダメみたい』
あの声が頭にこびり付いている。
やめてくれ。諦めないでくれ。
きゅっきゅちゃんが苦しんでいると思うと俺の胸が痛くなる。
俺は、『世界の外側』できゅっきゅちゃんたちに恩があるのだ。
あの温もりを俺は忘れていない。
俺は指を組んで額に添えるような恰好をとる。
祈りを捧げる対象である神は、誰なのか。
ユウキなのか、違うのか。
良く分からないまま祈る。
どうか、可哀そうな目にあっているきゅっきゅちゃん達が、全員助かりますように。




