夜会.2
続けて二曲踊ったところでレイモンド様が知り合いに呼ばれたので離れ、私はアゼリアを探すも、ジェイムス様とダンス中。仕方なく壁の華となり、二人が踊り終えるのを待っていたのだけれど。
兎に角視線が痛い。扇で口元を隠しながら囁く声が、しっかり私にまで聞こえてきた。
「あの女性は誰なの?」
「今までどれほど私達がお誘いしてもダンスをされなかったのに」
「留学先で婚約されたそうよ。きっと母国を離れ心細くされていたレイモンド様に付け入ったのよ」
もう、言われたい放題だけれど、陰口ぐらい言わせておけば良いかとも思う。
そう思って、目の前を通った給仕係からグラスを受け取り口にしたのだけれど。
「私、てっきりレイモンド様はあの方とお付き合いされていると思っていたわ」
その言葉には、思わず声の方を向いてしまった。
私と目が合った令嬢達は意地悪く目を細め扇で口元を隠す。
「確かに、仲が良かったですものね」
「横取りだなんてはしたないわ」
ジェイムス様の話ではレイモンド様は女性嫌いだったはず。とは言え、会話を交わす方がいられたとしても不思議はないわけで。
ここで顔色を変えてしまうと、社交界では負けも同然。それぐらいの心得は持っているので、踊るアゼリアに視線を向け二人の様子を見守ることに徹することにした。
そんな視線に気づいたのか、ダンスを終えたアゼリアはまっすぐ私のもとへやってくる。
「一人なの? レイモンド様はどちらに?」
「知り合いの方と話をされているわ。帰国されたばかりですもの、積もる話もあるでしょう」
「二人とも悪いが俺も一度退席しなければいけない。裏で褒章の打ち合わせがあるのだ」
「分かりました。アゼリアもいますので気になさらず」
ジェイムス様は、すまないと言って会場を後にされた。
と、同時に私達は顔を見合わせる。
「やっとゆっくり話せるわね」
「ええ。ねえ、アゼリアあそこに置いてある食べ物、気にならない?」
指差したほうには美味しそうなケーキや果物。ほかにも軽食が並んでいる。
「オフィーリアが食べれるものがあればよいのだけれども」
「少なくとも果物は食べられるわ。行きましょう」
途中声をかけてきた男性もいたけれど、笑顔で躱し私達はまっすぐテーブルへと向かった。
「ああ、どれも美味しそうね。でもまだ沢山は食べられないから慎重に選ばなきゃ」
お皿片手にアゼリアはむむっと真剣な顔をする。
ウェストは折れそうなほど細いけれど、それでも以前より緩やかなカーブを描くぐらいに肉がついている。真面目に悩むアゼリアに思わず笑ってしまうと、横目で睨まれてしまった。
「もう、私にとっては真剣勝負なのよ」
「はいはい。ゆっくり選んでね。私はっと……」
ざっとテーブルの上を眺める。
ケーキはダメだし、タルトも無理。あとはフィナンシェとマフィンと……。いつも思うけれど、どうしてお菓子って卵を使ったものばかりなのかしら。これでは何も食べられないじゃない。ま、いつものことだけれど。
緑色とオレンジ色のゼリーをお皿にとって、あとはナッツを数粒スプーンで掬う。果物はどれでも食べられるけれど、あまり一度にとるのも行儀が悪いとカットされたリンゴを一切れ選んだ。
「もしかして、オフィーリアさん?」
ふいに名前を呼ばれ振り返ると茶色い髪の体格の良い男性。もちろん知り合いではない。
小さく頷きながら少し後ずさると、彼は慌てて胸に手をあて紳士らしく礼をしてくれた。
「俺はレイモンドの同級生のガートン・モンザックです。男爵位だけれどレイモンドとは仲が良く、あいつから貰った手紙に貴女のことが書いてあったんです。さっきレイモンドと踊っていた姿を見たのでご挨拶をと思い声をかけさせてもらいました」
「そうなんですね。オフィーリア・ダンバーと申します。彼女は私の友人でアゼリア・ファーナンドです」
長身のレイモンド様よりさらに背が高く、肩幅も広ければ腕も太い。騎士かな、と思うも隊服は着ていない。
戸惑っている私に気づいたのか、人懐こい笑みでガートンさんは目の前の菓子を指差した。
「俺の家は菓子屋をやっています。一応、王室御用達でここにあるのも俺の店『モンテリーナ』のものです。裏には補充する予備のデザートも用意しているので好みを言ってくれれば持ってきますよ。ここに出ていないものもあるから」
「そうなんですか!?」
目を輝かせるアゼリア。頬を染めながら私の袖を引っ張ってきた。
「どうしよう、オフィーリア。気になるけれどそんなに食べれないわ」
可愛すぎる悩みに、思わず吹き出してしまう。
「ガートンさん、夜会に出ているお菓子はお店で販売されているのですか?」
「ええ。今までは領地にしか店がなかったのですが、半年後に王都に出す予定なんです。レイモンドは出資者の一人ですし、ぜひ食べに来てください」
レイモンド様が出資と聞いて彼が私に挨拶に来たことに納得する。
目の前のお菓子についてガートンさんは詳しく説明をしてくれるけれど、一向にお皿にとろうとしない私に首を傾げた。
「オフィーリアさんは甘いものがお好きではないのですか?」
ゼリーとナッツしか載っていないお皿を見ながら、ガートン様が残念そうに眉を下げた。確かにこのお皿を見ればそう思われても仕方ない。
「違います。興味はあるのですけれど……私、卵を使っているものは食べられないのです。どれも美味しそうなのにごめんなさい」
「そうですか。俺の店にも時々そういう人が来ます」
「でも、お菓子は好きですよ。実家の料理人と一緒に卵を使わないお菓子を研究していましたから」
「えっ!?」
私の言葉にガートン様が目を見開いた、と思ったら視界から消えてしまった。えっ、どこに。
代わりにさっきまでガートン様がいた場所に立っているのはレイモンド様。
「ごめん、オフィーリア。一人にしてしまって。大丈夫だったか?」
「……え、ええ。アゼリアも一緒だから一人ではないし、ガートン様も……」
どこにいったのかと見れば、壁に張り付いていた。鼻先が少し赤いのが痛そうだ。
「痛った。おい、レイモンド。友人を突き飛ばす奴があるか」
「俺の紹介を待たず声を掛けるお前が悪い」
再び聞く「俺」の言葉。ジェイムス様に対してもだったけれど、レイモンド様が「僕」というのは私の前だけのよう。それにしても砕けた口調といい、このお二人は随分仲が良いみたい。
「レイモンド様、ガートン様はお菓子について教えてくれていたのです。私は食べられませんが、アゼリアは喜んでいました」
ね、と振り返るとお皿の上に選りすぐりの三品を選び満足そうにしているアゼリアと目が合った。……気に入ったのが有って良かったわね。
「そうだ、そのことなんだけれど、オフィーリアさん。さっきの話、詳しく教えてくれないか?」
ずずっと詰め寄ってきたガートン様の肩を、レイモンド様がガシリと掴む。
「なんの話だ、ぜひ俺も仲間に入れてくれ」
「……お前、帰国したとたん人が変わったようだな」
呆れるガートンさんは、それでもどこか嬉しそうだった。
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