夜会.1
お盆の間、更新時間はバラバラになりますが、一日一話投稿します。
レイモンド様が仰るには、新人の騎士、文官、研究員を一堂に集めた夜会があるという。
聞いてないわよ、と言いたいけれど、レイモンド様は帰国してすぐに研修で寮に入っておられたので仕方ない。
それから二週間後、煌びやかなドレスが私のもとへ届けられた。
これを、平凡な私が着こなせるのかと不安になったのだけれど。
「凄い。これが本当に私?」
「はい! オフィーリア様は普段はあまり着飾られませんが、お顔立ちは整っていらっしゃいますもの。髪を結い上げ華やかになされば、誰もが見惚れる美しさになるのは当然です」
鏡の中に映る自分の姿に、何度も目を瞬かせてしまう。肌は陶器のように整えられ、ふわりとハーフアップに結い上げられた髪には、小さな花を象った髪飾りが散りばめられている。レイモンド様の瞳と同じ真っ赤なドレスを見た時は、これを着こなすのは無理だと思ったけれど、鏡の中の私はドレスの華やかさに負けていない。
「アンって凄いのね」
「オフィーリア様がもともと綺麗だからですよ」
そんなことはない、と否定しようとした時、扉が叩れ開けられないまま外から声が掛けられた。
「オフィーリア様、お友達が来られましたがお支度は整いましたでしょうか」
「ええ、入ってもらって」
私の言葉に扉が開けられ、姿を見せたのは水色のドレスを着たアゼリア。
「アゼリア! 久しぶりね。体調はどう?」
「大丈夫よ。私夜会なんて初めてですごくドキドキしているの」
お互いドレスを着ているので抱き合えないのがもどかしく、両腕を伸ばして手のひらを合わせる。
「アゼリア、なんて可憐なの! 妖精みたい」
「オフィーリアあなたも綺麗だわ。なんだか雰囲気が変わったように思うのは、たっぷり受けている愛情のおかげかしら」
ふふと笑うアゼリアに私は全力で否定する。
「違うわ。侍女のアンのおかげよ。彼女の腕がとても良いの」
私がアンを紹介すると、アゼリアは初めましてと挨拶をする。侍女にもきちんと言葉をかける、彼女はそういう人だ。
「失礼、ドアが開いていたので入っていいかな?」
レイモンド様の声に振り返ると、卒倒しそうなほど美しい美丈夫がいた。普段は無造作に下ろしている髪を整え、正装しただけなのに眩しすぎる。
その隣には、少し不健康な顔色のジェイムス様。
夜会には新人だけでなく、各部署の上司や先輩方も数名参加される。ジェイムス様は断ったらしいけれど、新薬の褒章も行うのでどうしても参加しなければいけなくなったらしい。
そこで困ったのがエスコートする女性がいないこと。
学生ならまだしも、ジェイムス様の年齢でそれは少々見目が悪い。しかも、普段相手役を頼んでいた従妹は結婚してしまったとか。
それで、私が推薦したのがアゼリアだった。
知り合いのいない夜会で心細いこともあり、そんな私の気持ちを汲んでくださったのか、すぐにレイモンド様はジェイムス様と話をつけてくださった。
「でも、侯爵様の相手が私なんかでいいのかしら。禄にダンスも踊ったことがないんです」
ジェイムス様との挨拶を終えたアゼリアが、私にだけ聞こえる声で囁いた。それなのに、そんな小さな声にジェイムス様がすぐさま反応する。
「俺もほとんど踊ったことがない。二人で壁の華になっていればいいさ」
「兄さん、壁の華は女性に使う言葉だ。アゼリアさん、体調のこともあるし無理はしないで。何かあれば兄を頼ってくれればいい。これでも医学の知識だけはあるから」
「はい、そこは心配していません。だって私をこんなに元気にしてくれたのはジェイムス様ですもの」
ふわりとした天使の微笑は、健康なバラ色の頬も加わりさらにパワーアップしていた。見慣れた私でもぼおっとしてしまうもの。
ジェイムス様を見れば、頬を染め目線を泳がせていた。きっと小声すら聞き取ってしまうほどにアゼリアを意識しているのでしょう。
なるほど、人の恋路は確かに面白いわ、と笑みが溢れそうになるのを何とか耐える。
あの笑顔にはレイモンド様とて、見惚れるはずと隣を見れば目が合った。
「……可憐な天使の微笑を前にしてどうして私を見るのですか?」
「うん? だって好きな女性の顔はずっと見ていたいもんだろう」
「~~!!!」
ボンッと赤くなった私は、慌てて目線を逸らし取り出した扇で顔を仰ぐ。
ああ、ここまでくると心臓に悪いわ。
そんな私の様子を笑みを堪えながら見るアゼリアは、きっと先程の私と同じ気持ちなのでしょう。
そうやって、照れたり、その様子を楽しんだり楽しまれたりして、私達は夜会にやってきた。
気持ち的には「乗り込んだ」だ。
きっと、レイモンド様に恋焦がれていた女性の嫉妬の眼差しが、ぐさぐさ刺されるのだろうと思うと、気が重い。でも、アゼリアがいるもの、と手を伸ばそうとすると、節くれだった大きな手に絡めとられた。
「ここは僕と手を繋ぐところだと思うのだけれど」
「はい、そうですね」
掴まれた指先はそのまま腕に掛けられ、レイモンド様は会場へとつながる階段を上っていく。
通されたのは大広間。大きなシャンデリアが幾つも天井からぶらさがり、そのどれもが眩しいほど輝いている。窓枠も金でできていて、大きな額縁に入った絵や、抱えきれないほどの花があちこちに活けられ、会場をさらに華やかにしている。
夜会は初めてではない。ディオと何度か参加したこともあるし、二人だけのときはちゃんとエスコートしてくれた。
「オフィーリア、どうしたの? ぼおっとして」
「ごめんなさい。テーランド国の夜会を少し思い出していて」
「ふーん」
珍しく不機嫌な声に見上げれば、何やら面白くなさそうに唇を尖らせている。
「レイモンド様?」
「俺は婚約者を連れての夜会は初めてだ……ってごめん。情けないこといった。忘れて」
フッと口角を上げると改めて私のドレスを見る。
「言いそびれたけれど、ドレス、良く似合っている。綺麗だ」
「ありがとうございます。アンが頑張ってくれました。少しはレイモンド様の隣にいても恥ずかしくない仕上がりになっていると自負しています」
「とんでもない。他の奴に見せるのが惜しいぐらいだ。なんならこのまま帰ろうか」
目を眇めて言うと本気に聞こえます。
と、レイモンド様のブロンドの髪を大きな手が上から抑えた。ジェイムス様だ。
「いい加減にしろ。独占欲が強いのは嫌われるぞ」
「そっちこそ、さっきからそのでかい身体でアゼリアさんを他の男の視線から隠しているくせに」
あらあら、と私は目をパチリとし、次いで納得する。あの笑顔を向けられれば誰だってそうなるわ。レイモンド様には効かないみたいだけれど。
曲が流れ始めた。
至る所から飛んできた視線は、まずは私の頭上を通りすぎレイモンド様に。それから私に向けられる。ここで怯んではなるものかと、ぐっと胸を張り背筋を伸ばした。
「オフィーリア、踊ってくれないか?」
胸に手を当て、正式な形で申し込んでくれたレイモンド様に、私は頷き手を差し出す。
ダンスは久しぶりだけれど、身体を動かすのは好きだ。
私はアゼリアに手を振り、ダンスの輪に加わった。
短編のつもりで書いたのを長編にするのは初めてで、試行錯誤しながら書いています。長編なので、そのうち人物深掘りもしていこうかと。恋敵の登場はしばしお待ちください。
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